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第1話 ノイエ①

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オルツォ侯爵家のオルツォ・マルーク・ノイエと、彼の乳母の娘であるヴィーゼル・エリザベートは所謂幼馴染みである。
ということは、彼の兄のオルツォ・シュテファン・マルコとも同様に幼馴染みという訳で……


いいや、順番でいえば反対だ。
兄の幼馴染みだから、俺の幼馴染みなんだ。
エリザベートとの付き合いは、自分よりも兄の方が長い。

ただ、それだけの理由で彼女が兄を選んだのだと、ノイエは思いたかった。
そうすることでしか、自分を保てなかった。
つまらないプライドだった。



兄はオルツォ侯爵家の嫡男だった。
エリザベートはオルツォの家の寄子である男爵家の令嬢。
次男の自分ならともかく、兄は名門と言われるこの家を継ぐ身だ。
もしも、兄が妹の様に可愛がったエリザベートを生涯の伴侶に望んだとしても。
両親、特に母は絶対に許さないだろう。
最低限、後継ぎを産む侯爵夫人の実家は子爵位辺りの爵位がないと。
ノイエはそう思って、兄に対して油断していたのだ。



彼は昔からずっとエリザベートが好きだった。
好き、どころではなく熱愛していた……一方的に。
ひとつ年上なだけなのに、彼女には頭が上がらなかった。
しっかり者の彼女からは、優しく諭すように色々と注意を受けた。
優秀な兄シュテファンのように、器用に動けないノイエの背中を押してくれた。
『ノイエ』と、幼い頃はふたりだけの時は呼んでくれた。

しかし、幼い子供じゃなくなり、お互いの立場が理解出来る年齢になると、ふたりきりであっても、彼女は『ノイエ様』と呼ぶようになり……
それもこちらからやめてくれという前は『オルツォ様』だ。
加えて、とにかく自分とはふたりきりにはならないように注意しているようで、ノイエは苛立った。


寄親の侯爵家令息と、寄子の男爵家の娘。
その立場を、崩してはならない。
自分に対して丁寧に応対するエリザベートに苛立ちながらも、どこか余裕も感じていた。
俺が望めば、エリザベートは抗えないと。


エリザベート本人に気持ちを伝えるよりも、両親から彼女の父、ヴィーゼル男爵に申し込んで貰おう。
中等部に入学したら。
俺が13、エリザは14。
エリザのデビュタントの前には、婚約を結んでしまおう。
誰かにパートナーを乞われる前に。
自分はまだ彼女をエスコート出来ないが、どうにかならないかストロノーヴァの曾祖父に相談してみて。
それでも無理なら、未だに婚約者のいないシュテファンに代わりを頼んで……

全ては想像であり、現実ではなかった。
全て、ノイエの頭の中にしかなかった、未来。
計画の第1歩になる筈の中等部入学式前に、ノイエはそれを知らされた。

半年前に兄シュテファンが、自分の初恋のひとエリザベートに婚約を申込んだ事。
身分差に遠慮して即答は出来ないと返事をした彼女の為に、兄が両親を説得した事。
兄は公爵閣下にお願いなどせず、自分だけの力で両親を説得したのだ。


ノイエは打ちのめされた。
恥ずかしくて、変なプライドが邪魔して。
気持ちを打ち明けることさえ出来なかった。
自分だけでは何もせず、曾祖父の力を借りて、両親を従わせようとした。

シュテファンとエリザベートが結ばれる。
頭ではわかっているのに、心がそれを拒否した。
『俺が年下だからだ』
そこに、エリザベートが出した答えを求めた。


 ◇◇◇


「お前が学院に入ってからの話だが。
 正直、きついぞ」

シュテファンからエリザベートとの婚約が成立したと聞かされて、呆然としていたノイエに、上機嫌の兄は話し続けた。


「俺の時は、同じ学年に第2王子殿下がいらしたから、幸運だったが。
 これからの6年、学院の中でトップはお前になる。
 王家も公爵家も、お前より5年以内の男子は居ないからな。
 どうしても、皆の注目はお前に集まる。
 この意味はわかるよな?」 

「……はい」

高位貴族達は王家の出産に合わせて、子作りをする。
将来、側近や妃に選ばれる様にと。
兄も第2王子に合わせて誕生したが、ノイエの代には王族も公爵家の子息もいなかったので、自然と身分が一番高いのがノイエになる。

だが本当は、それだけで自分に注目が集まるなど理由はわかっていなかった。
それよりも兄とエリザの婚約話に胸が張り裂けそうになっていた。


「オルツォのお前は出来て当たり前、出来なければ家名の面汚しと呼ばれる。
 お前は周りの者からは優先的に扱われるが、それを当然と思うなよ?
 いい気になるなよ?
 出来なければ、その家名に相応しくないと思われれば、掌を返される」

「……」 

いい気になっているのは、お前だ! と。
叫びたかった。
半年かけて、両親を。
あのストロノーヴァであるというプライドの塊の母を説得して、望むものを、エリザベートを手に入れた。
お前は世界を手に入れたつもりになっているんだろう?
俺から奪ったくせに。
俺の方がエリザとは仲良かったんだ。
俺がもう少し、早くに動いていたら、お前は今笑えていなかったのに。
お前なんか……赤い瞳じゃないくせに。


……違う、いい気になっていたのは、俺だ。
一族の男子で赤い瞳を受け継いだのは、俺だけだった。

ストロノーヴァの両翼、オルツォの次男。
だけど、俺は赤い目をしていて。
俺だけが赤い目をしていて。

俺だけがストロノーヴァ公爵家の当主の私室まで入ることを許されていたから。
自分は特別だと、いい気になっていた。



気持ちはどんどん荒んでいき、どうでもいいことに腹を立てて。
その時期が過ぎると、次は投げやりになった。

しばらく公爵家から出ていたミハン叔父上が戻ってきて、周囲は身を固めさそうと躍起になっていたのに、本人にはその気が無さそうで。
諦めた当代と、イオン祖父が俺をミハン叔父上の養子にしようと、話し始めているとか。

それもこれも、もうどうでもいいかと、思うくらい。
人生を投げていたのだ。
高等部を卒業したら、トルラキアを出よう。
ただ、それだけを決めて。
その日が来るまで、毎日を過ごすだけ……


そんな時だった。
図書室でひとり本を読んでいた。
昼休みに時々、友人達と離れて図書室に来ていた。



そして出会った。
バロウズからの留学生。
ひとつ年下の、アグネス・スローン侯爵令嬢に。
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