【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi

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第51話

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 イアンには、今でも忘れられない光景がある。

 それは朝早い図書室での光景だ。


 レポート提出日が間近に迫り、どうしても朝一番に確認したいことがあって、早起きして図書室へ向かった。
 高等学院では、何故か図書室のみ施錠されることはなく、校舎が開かれている間は、始業前でも出入り自由となっていた。

 そこで、噂のふたりを見た。


 イアンは図書室で、向かい合わせて座り、時々視線や足先を絡ませ合うカップルは何度も見た。
 同性愛者に対しての偏見はないつもりだったが。
 その度に「ここでわざわざいちゃつくなら、早くどっか行ってヤれ」と、思っていたのに。
 


 イアンは見てしまった。


『厳冬のヴィス』と『炎夏のフェルナン』


 付き合っていると噂はあったけれど、誰もその現場を見たことがない。
 ふたりが話している、笑っている、連れ立っている。
 そんな姿を誰も見たことがない。
 だから、噂だって「ガセだろう」が大半だったが。


 ふたりが朝の図書室で、抱き合っていた訳じゃない。

 ただ、並びの席に座っていただけだ。
 それも間を3席空けて。


 隣り合って、1冊の本を覗き合うわけでも、肩を触れあわせて居るのでもなく。
 きっちり3席空けて、同じ方向に向かって座り、それぞれに本を読んでいた。

 
 毎朝、時間を合わせていたのかもしれない。
 確かに離れて座る会長と留学生の姿には、何者も近付けない何かがあって。
 
 同様に感じた誰かが、くだらない噂を流したのだろう。
 それは嫉妬なのかもと、イアンは思った。


 
 会長に賛同して、生徒会を中心に『自治権を我等に』運動が、他の生徒達にも広まって来た頃。

 いつも彼は、取り巻き達とこちらを見ていた。


「あのー、あれ。
 入りたいんじゃないですか」

 イアンは、会長に聞いてみた。


「あの留学生。
 例の炎夏の……いつも、こっち見てるから、参加したいんじゃないかなー、って……」



 声がどんどん小さくなっていた。
 言ってしまったものは、どうしようもないから仕方ない。
 自分を見る会長の目が怖い。


 どうしてこんなこと、言ってしまったかな。
 俺は、調子に乗っていたのかもしれない。



「……駄目だ、あいつは国費で留学している身だ。
 留学先で問題を起こせば、強制終了になる」


 それで、会長との会話も強制終了した。



     ◇◇◇



 ウィンガムに戻る馬車は2台。
 もう1台には、ミルドレッドとユリアナが乗っている。

 こちらの馬車には、ジャーヴィスとイアン、そしてメラニーだ。


 馬車に乗る時にはユリアナに渡すと思っていたのに、ジャーヴィスはそのままメラニーを乗せると「じゃあ後で」とミルドレッドに手を上げ、さっさと自らも乗り込んでしまった。
 つまり、次の休憩先までメラニーは預かると言うことだ。



「自分のことメルだって、可愛いな。
 俺はおぉじちゃま。
 おじちゃまより上、ってことかな」

「その通り、おじちゃまより上、おじいちゃまより下、だろうね」


 メラニーが本当に言いたいのは、そうではなくて。
『王子様』なのだが、ジャーヴィスもイアンも分かっていない。



 訳が分からないくらいにいつもとは違うジャーヴィスが、イアンは可笑しかったが。
 それと同時に、自分が席を外していた間に明らかにされた双子の両親の事情には全くの興味がないのか、ここにきても尋ねない……
 そんなジャーヴィスに歪な哀しさを感じてしまうのは、何故なんだろうとも思う。



「何処かで、メルの子供服は買えないかな。
 虹色の可愛い服を7枚、今日は買う。
 その中で、1番似合う色を明日は5枚追加して」

「親バカ通り越すのもご自由に、だけど。
 自分の子供は、考えない?」

「……」


 走る馬車の中。
 あの頃と同じ様に。
 聞いてはいけない質問をしたイアンを、同じ目でジャーヴィスが見たが、もうイアンは恐れていない。


「フェルナンド公、結婚なんかしていないので」

「……」

「先月、あの国に仕事で行った。
 国内ではフェルナンド公妃は、例の幼馴染みの公爵令嬢じゃなくて。
 円満解消の後に、身分の低い女性と結婚したことになっていた。
 そのせいで、フェルナンド公は継承権を放棄、妻を公式の場に伴わない」

「……」

「調べたんだ、結婚の噂を流したのはフェルナンド公ご本人だ」

「……それを俺に教えても」

「……貴方達は、ふたりとも似ているんだなと思っただけだ」



 金髪緑の瞳の怜悧なジャーヴィス・マーチと。
 黒髪赤い瞳の情熱のフェルナンド・アパリシオ。


 ふたりの交流は、生徒会長が高貴な血筋の留学生の案内役になった2週間だけ。


 それ以降も一度くらいは、ふたりが楽しそうに話して、連れ立っている姿が見たかった。



 この先も離れたまま、ふたりの人生が平行していこうとも。

 いつか、ふたりの人生が交差しようとも。


「人生は短い。
 好きなように生きないと、先輩も」



     ◇◇◇



 もう1台の馬車には、同い年になった女性がふたり。

 大きなトランクは上ではなく、中に入れてくださいと、ユリアナが馭者に頼んでいた。

 
「こちらはミルドレッド様のお荷物なんです。
 ケイト様がご用意してくださっていました。
 何を入れるか任せるからと仰せになって、ウィンガム伯爵様がご指示をされたそうです。 
 中をご確認いただけますか。
 旦那様の物も……」


 スチュワートの物と言われて、ウィンガムまで待てないのを、ユリアナは分かってくれていたようだ。


 ケイトの言う通り、どうしてこんなに出来るのに、このユリアナはずっと隠していたのかしらと、ミルドレッドも不思議に思う。
 だが、今はそれよりも先に。

 今は、スチュワートの遺品が気になった。



「旦那様からの他のアクセサリーやドレスの類いは、婚礼の日迄に荷造りして、ウィンガム伯爵様にお渡し致しますとのことでした」


 トランクのベルトをミルドレッドが開けると、あの朝彼女がケイトに「これを着る」と言い張った、あの薄いピンクのデイドレスが綺麗に畳まれて入っていた。

 それからリボンで結ばれたスチュワートとやり取りした何通もの手紙。
 亡くなる前に、病床のジュリアと毎朝交換したたった1行だけのカード類。
 エリン・マッカートニーの長手袋。



 そして見覚えの無い、東洋風の凝った螺鈿細工の、とても綺麗な蓋付きの箱。
 これがスチュワートの遺品だ。


 貴重な夜光貝を嵌め込んだこの箱ひとつでも、ちょっとした財産になりそうで、こんな高価な物を彼が個人で所有していたことに、驚く。
 ミルドレッドはそれを膝に乗せ、丁寧に蓋を開き。
 

 中を見て、泣き崩れた。

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