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第43話
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お前の調査等、何だ。
大層に言うが、たったこれだけの話だ。
あのウィンガムの若造も、戻ってこない。
もう話は打ち切って、私は帰る。
リチャードはイアンに、そう宣言して。
帰宅して心を落ち着かせようと思っていたのに。
記憶から消したいグロリアを思い出させた、この忌々しい男は。
理由を聞かせてやった私を無視して、あの役立たずな侍女に話し掛けている。
「バークレー嬢、貴女は何かお聞きになっていませんか?
グロリア様は貴女にとっても、ご先祖に当たる」
「……奥様がご命じになるのでしたら、ご説明致します」
「おい! 離縁の理由は、今私が話してやった!」
リチャードが声をあげても、レナードさえもが、彼を見なくなっていた。
イアンの質問に、ユリアナは答えながら思っていた。
さっきまで、あの夜がミルドレッド様の『いざ』だと思っていたけれど、本当はこれからが『いざ』の時なのかも、と。
「いいわユリアナ、説明してちょうだい。
わたくしも是非、本当の話を知りたいの」
「駄目だユリアナ!
お前はアダムスの人間だろうが!」
ミルドレッドの声を掻き消すように、リチャードはまた大声をあげ、立ち上がりかけたが隣のカールトンに阻まれた。
今では彼も、真実が知りたいのだ。
「畏まりました、奥様がご命じになるなら。
子爵様、わたくしの雇い主は奥様なのです」
ユリアナは静かにそう答えて、一息入れ語り出した。
◇◇◇
グロリアは息子のバーナードが、高等学院在学中に知り合ったメラニー・コーネル子爵令嬢を娶ることに反対だった、いや大反対した。
ところが、普段なら彼女の主張をずっと通してきてくれていた当時の当主、夫のドナルドとバーナードは共に聞き入れてくれなかった。
ふたりとも、このまま一族間の結婚を続けていけば、その血はどんどん濃く、濁り、澱んでしまう将来を憂いていて、それを彼女に諭すのだが、それをグロリアは受け入れなかった。
アダムス一族の女達が、余所者の嫁にひれ伏す将来等考えたくもない、と。
「ですがやはり、グロリア様は当主夫人と言うだけ。
ご当主と次期当主に、勝てるはずもなく。
初めて敗北したのです」
その後、嫁入りしてきたメラニーとは表面上は仲良くして。
夫と息子の目を誤魔化してはいたが、影では実家から連れてきていた侍女達を使って、細かな嫌がらせをしていたと云う。
やがてドナルドが亡くなり、バーナードが後を継いだが、グロリアは当主夫妻の部屋を出ることは了承したが、別邸に移ることは拒み、敷地内の離れに住み始めた。
別邸よりも大きさも内装も、全て劣ると言うのに。
そのあからさまな行為はバーナードの神経を逆撫でしたが、一足先に結婚していたリチャードの子供の誕生を見届ければ別邸へ移ると言う母の言葉を信じた……
自分の母だから信じたかったのだろう。
メラニーは何も言わなかったが、義母が離れに移ってくれただけでも嬉しかった。
そして、妊娠。
彼女が後継者を身籠ったことで、母の態度も軟化したのか、専門の女医と産婆はこちらが用意すると申し出てくれたので、ここから新たに始められると、若い夫婦はグロリアを信じた。
「……その結果が、双子の長男の足が?」
ユリアナに尋ねるレナードの声も不安げだ。
この先を聞きたいのだが、聞くのも怖い。
カールトンは、何故かここから立ち去ろうとするリチャードの腕を離さなかった。
マリーはイアンに近付き、また身体をずらされて。
ミルドレッドは、既に想像していたから彼等程の驚きは無かったが、何の感情も交えず淡々と話すユリアナに少しだけ恐れを感じた。
彼女はバークレーの女性だから、父親からここまでの話を聞かされていた。
彼女の父はグロリア様の甥だ。
今更気付いたことだが、代々本家当主の妻を領内から選んでいたのなら、グロリア様は孫の嫁は自分の実家から娶りたかっただろう。
血の濃さ等気にしないひとだったのなら。
きっと王命が出るまで、幼い頃からユリアナは聞かされていたのだ。
双子を産んだ場合、本家はどう処理をするのか。
片方は手放すのだと覚悟しておけ、と。
「先にお生まれになったウィラード様は足からの逆子だったのだと聞きました。
左足がご不自由なのは、それを慌てた産婆が無理に足を引っ張った可能性も……」
「お前は! 憶測でいい加減なっ!」
ユリアナの声を遮ったのは、やはりリチャードだ。
イアンは、お前こそいい加減にしろと言いたくなった。
どうせ、こいつには行くとこなんか無い、子爵家に戻るだけだ。
もう帰らせてやれよと、カールトンに言ってみるか。
だが、彼の代わりに発言したのはミルドレッドだった。
「……憶測ではないかも。
医師も産婆もグロリア様がご用意されたのでしょう?
今でもですけれど、出産は女性にとって命がけです。
それを素人が行えば?
出血多量や感染症で母親が亡くなっても、誰も不思議には思わない……
でも奇跡が起こって、メラニーさんも双子も無事だった。
グロリア様はどんなお気持ちだったでしょう?
その後の医師と産婆は、どうなりました?
ウィラード様の足の件が発覚したおりには?」
「……申し訳ありません、奥様。
名前もその後も、記録に残っておらず。
女医も産婆も、両名共に出産後は行方は不明なので。
お答え出来かねます」
予定とは違って、母子3名は生き永らえた。
逃がされたのか、それとも口を封じられたのか。
自分が用意した医師達のことを、グロリア様はどう誤魔化したのだろうか。
遥か昔の歴史じゃない。
わずか24年前の出来事なのに。
何もかもが、不明だと言うことだ。
大層に言うが、たったこれだけの話だ。
あのウィンガムの若造も、戻ってこない。
もう話は打ち切って、私は帰る。
リチャードはイアンに、そう宣言して。
帰宅して心を落ち着かせようと思っていたのに。
記憶から消したいグロリアを思い出させた、この忌々しい男は。
理由を聞かせてやった私を無視して、あの役立たずな侍女に話し掛けている。
「バークレー嬢、貴女は何かお聞きになっていませんか?
グロリア様は貴女にとっても、ご先祖に当たる」
「……奥様がご命じになるのでしたら、ご説明致します」
「おい! 離縁の理由は、今私が話してやった!」
リチャードが声をあげても、レナードさえもが、彼を見なくなっていた。
イアンの質問に、ユリアナは答えながら思っていた。
さっきまで、あの夜がミルドレッド様の『いざ』だと思っていたけれど、本当はこれからが『いざ』の時なのかも、と。
「いいわユリアナ、説明してちょうだい。
わたくしも是非、本当の話を知りたいの」
「駄目だユリアナ!
お前はアダムスの人間だろうが!」
ミルドレッドの声を掻き消すように、リチャードはまた大声をあげ、立ち上がりかけたが隣のカールトンに阻まれた。
今では彼も、真実が知りたいのだ。
「畏まりました、奥様がご命じになるなら。
子爵様、わたくしの雇い主は奥様なのです」
ユリアナは静かにそう答えて、一息入れ語り出した。
◇◇◇
グロリアは息子のバーナードが、高等学院在学中に知り合ったメラニー・コーネル子爵令嬢を娶ることに反対だった、いや大反対した。
ところが、普段なら彼女の主張をずっと通してきてくれていた当時の当主、夫のドナルドとバーナードは共に聞き入れてくれなかった。
ふたりとも、このまま一族間の結婚を続けていけば、その血はどんどん濃く、濁り、澱んでしまう将来を憂いていて、それを彼女に諭すのだが、それをグロリアは受け入れなかった。
アダムス一族の女達が、余所者の嫁にひれ伏す将来等考えたくもない、と。
「ですがやはり、グロリア様は当主夫人と言うだけ。
ご当主と次期当主に、勝てるはずもなく。
初めて敗北したのです」
その後、嫁入りしてきたメラニーとは表面上は仲良くして。
夫と息子の目を誤魔化してはいたが、影では実家から連れてきていた侍女達を使って、細かな嫌がらせをしていたと云う。
やがてドナルドが亡くなり、バーナードが後を継いだが、グロリアは当主夫妻の部屋を出ることは了承したが、別邸に移ることは拒み、敷地内の離れに住み始めた。
別邸よりも大きさも内装も、全て劣ると言うのに。
そのあからさまな行為はバーナードの神経を逆撫でしたが、一足先に結婚していたリチャードの子供の誕生を見届ければ別邸へ移ると言う母の言葉を信じた……
自分の母だから信じたかったのだろう。
メラニーは何も言わなかったが、義母が離れに移ってくれただけでも嬉しかった。
そして、妊娠。
彼女が後継者を身籠ったことで、母の態度も軟化したのか、専門の女医と産婆はこちらが用意すると申し出てくれたので、ここから新たに始められると、若い夫婦はグロリアを信じた。
「……その結果が、双子の長男の足が?」
ユリアナに尋ねるレナードの声も不安げだ。
この先を聞きたいのだが、聞くのも怖い。
カールトンは、何故かここから立ち去ろうとするリチャードの腕を離さなかった。
マリーはイアンに近付き、また身体をずらされて。
ミルドレッドは、既に想像していたから彼等程の驚きは無かったが、何の感情も交えず淡々と話すユリアナに少しだけ恐れを感じた。
彼女はバークレーの女性だから、父親からここまでの話を聞かされていた。
彼女の父はグロリア様の甥だ。
今更気付いたことだが、代々本家当主の妻を領内から選んでいたのなら、グロリア様は孫の嫁は自分の実家から娶りたかっただろう。
血の濃さ等気にしないひとだったのなら。
きっと王命が出るまで、幼い頃からユリアナは聞かされていたのだ。
双子を産んだ場合、本家はどう処理をするのか。
片方は手放すのだと覚悟しておけ、と。
「先にお生まれになったウィラード様は足からの逆子だったのだと聞きました。
左足がご不自由なのは、それを慌てた産婆が無理に足を引っ張った可能性も……」
「お前は! 憶測でいい加減なっ!」
ユリアナの声を遮ったのは、やはりリチャードだ。
イアンは、お前こそいい加減にしろと言いたくなった。
どうせ、こいつには行くとこなんか無い、子爵家に戻るだけだ。
もう帰らせてやれよと、カールトンに言ってみるか。
だが、彼の代わりに発言したのはミルドレッドだった。
「……憶測ではないかも。
医師も産婆もグロリア様がご用意されたのでしょう?
今でもですけれど、出産は女性にとって命がけです。
それを素人が行えば?
出血多量や感染症で母親が亡くなっても、誰も不思議には思わない……
でも奇跡が起こって、メラニーさんも双子も無事だった。
グロリア様はどんなお気持ちだったでしょう?
その後の医師と産婆は、どうなりました?
ウィラード様の足の件が発覚したおりには?」
「……申し訳ありません、奥様。
名前もその後も、記録に残っておらず。
女医も産婆も、両名共に出産後は行方は不明なので。
お答え出来かねます」
予定とは違って、母子3名は生き永らえた。
逃がされたのか、それとも口を封じられたのか。
自分が用意した医師達のことを、グロリア様はどう誤魔化したのだろうか。
遥か昔の歴史じゃない。
わずか24年前の出来事なのに。
何もかもが、不明だと言うことだ。
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