上 下
35 / 58

第34話

しおりを挟む
 マリー・ギルモアは、孤児院で一緒に育ったローラを頼って王都へとやって来た。
 地元でトラブルを起こして、夜逃げ同然に地元ギルモアを捨てた。


 ローラは彼女より1つ年下で、謂わば家来のような存在だった。
 だが、15歳になりギルモア孤児院を出されたその日、彼女はそれまで誰にも見せなかった行動力で、ひとり王都へ旅立った。
 当時恋人と同棲していたマリーは、どうせ直ぐにあの愚図は逃げ帰ってくるだろうと思っていたのに。



 7年後、ローラはどうやったのか知らないが、有名な『エリン・マッカートニー』で仕事を見つけて……
 その上、もうギルモアじゃなくなってて。
 フェルドンとか言う奴と結婚して子供までいた。
 

 その報告はマリーに送られたものじゃない。
 孤児院のシスターマギー宛の手紙に書かれていたのだ。
 マリーはその手紙を盗んで、ローラの住所を手に入れた。


 小さな頃から世話をしてやったわたしには、何の断りもなく、幸せにしている様子が癇に触る。
 わたしがこんな目に合っているのに!と。


 マリー本人は、自分が被害者のように思っていたが、彼女が抱えたトラブルは、彼女が引き起こしたものだ。
 マリーは、ギルモアの有力者の愛人となり……彼の妻から怒鳴りこまれて、囲われていた部屋を逃げ出して、孤児院に逃げ込んだのだ。




 連絡もなく訪ねてきたマリーに、ローラは心底驚いた。
 彼女が1年先に孤児院から出てから、今まで会うこともなかったのに。


 彼女の居ないギルモア孤児院の生活は快適で、自分は彼女のことを、どれ程疎ましく思っていたか、離れて初めて気が付けた。
 それなのに、また……


「仕事を探しているの、住む場所もね。
 両方決まるまで、置いてよ」


 小さいメラニーも居るし、うちは狭いし……と、どうにか追い返そうとしていたのに、そこに夫のウィラードが帰ってきた。


 彼を見たマリーの目が光った気がした。
 マリーの性根は変わっていないらしい。
 彼女は人のものほど欲しくなるタイプだ。


 ローラの苛立ちに気付かないウィラードは、妻の幼馴染みだと自己紹介するマリーに、丁寧に対応している。
 それで、流されるように。
 マリー・ギルモアは、ウィラードとローラの家に居候することになった。


  

 信じられないくらいに、ローラの夫は素敵な男だ。
 そんなウィラードがどうして、ローラのようなのろまを嫁にしたのか。

 顔には出さずに、心の中で悪態をついていたら、ウィラードが目の前を横切って。
 それで彼の左足が不自由なことに、気が付いた。


 なぁーんだ、それでね。
 他の女には相手にされなくて、ローラなんだ。
 良い男だと思ったけど。
 まぁ、他の男が見つからなきゃ、相手してやっても良いけどね。


 自分さえその気になれば誰でも手に入ると、マリーが思っているのは、付き合いの長かったローラにはお見通しだった。


 それで出来るだけ、マリーの行動を見張れるように、雇い主のエリン・マッカートニーに相談した。


「わかりました、その方見た目だけは良いのね?
 最初はラウンジの裏方をさせてみて、ちゃんと働けるなら表に出します。
 だけど、貴女が彼女の顔も見たくないと言うなら、王都から追い出してみせましょう」



     ◇◇◇



 その日は風が強く吹いていた。

 店の外では、遠くから火事を知らせる鐘が鳴り響いて、風に乗って微かに人々の叫び声や怒号が聞こえてきた。
 やがて、南区でも慌ただしい雰囲気が辺りを包んで。


 不吉な予感に店内に居た客も帰り始めて、今日はもう閉店しましょうかと、エリンがマネージャーと話し始めた頃。


 その知らせが飛び込んできた。
 西区の一部で、連なる何棟かの住宅火災が発生した、と。
 既に西区は封鎖されていて、他の区域への延焼を阻止する為に、境界の小さな建物の取り壊しが始まったと言う。
 平民が住む北西地区は、何か事が起これば直ぐに、そのように扱われる。
 


 エリンは直ぐ様、作業室へ飛び込んだ。
 西区にはローラの家があり、自宅で仕事をしている彼女の夫は、足が不自由だ。
 彼がうまく逃げられたのか、自宅は燃えていないか。
 ここでは分からない。


 娘のメラニーは、エリンの自宅部分で子守が面倒を見ていた。
 言葉もなくローラが飛び出して行き、それを見送ったのが、彼女を見た最後になった。


 隣家の老女を助けて、自分が逃げ遅れてしまった夫を探して、ローラは燃え盛る炎の中に飛び込んで行ったと、エリンは後から聞いた。


 夫婦共に天涯孤独だったフェルドン夫妻が亡くなった後も、エリンはそのままメラニーを預かっていた。

 夜会で親しくなったレイウッド伯爵本人から「兄嫁のローラをよろしくお願いします」と就職をお願いされたのだが、領地に居る彼にふたりの死を知らせる連絡を取るのは躊躇われた。


 伯爵が王都へとやって来たら、お話しよう。
「何故もっと早くに知らせなかった」と責められても、それは黙って受けようと思っていた。
 何故ならフェルドン夫妻は、出来るだけ弟には迷惑をかけたくないし、父も亡くなっているから絶対に弟以外のアダムス家の人間とは関わりたくないと、口にしていたからだ。


 ところがそうこうしている内に、信じられないことに弟のレイウッド伯爵までが、兄と同時期に領地で亡くなったと聞いた。 

 これでもうアダムス家とは完全に縁が切れたメラニーを、エリンがこのまま手元で育てるか、それとも施設に預けるか決めかねていたところ……


 マリー・ギルモアがローラの地元の孤児院のシスターから連絡が来たと言ってきた。
 シスターはローラの忘れ形見を、引き取りたいと言ってきているらしい。
 マリーが口にしたシスターマギーの名前は、母のようなひとだったと、ローラからも聞いていた。



「わたしも、もう地元へ帰ります。
 メラニーのことは、ちゃんと送り届けます」


 正直……そう言ってくれて、有り難かった。
 メラニーのことを邪魔にしていたわけではないが、もて余していたのは事実だ。
 エリンは独身主義者で、夫も子供も持つつもりはなかったし、子育てが上手く出来るとも思えない。
 実際は子守に任せれば良いのだからと、楽天的に考えられないのがエリンの性格だった。


 それで『メラニーが孤児院を出る15歳になったら、わたしがまた引き取ります』と書いたシスター宛の手紙を添えて。


 マリーに、多めに旅費と孤児院への寄付金を渡した。


 胸に燻る罪悪感を誤魔化すように。
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

処理中です...