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第30話

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 サリー・グレイが、珍しくレナードから責められていたとハンナが教えてくれた。

 ユリアナ・バークレーから見ても、メイドのハンナは口が軽い。
 だが、情報源としては重宝している。


「奥様の家出をお前が手伝ったんだろう、って」

「えっ、そうなの?」

「居なくなって欲しかったんでしょうね!」


 決めつけたように、ハンナが言う。
 彼女は以前、サリーから平手打ちされたそうで、それからは蛇蝎のように、レナードの愛人を嫌っていた。


 サリーを嫌っているのは、ハンナだけではない。
 この家で働く誰もがそうだ。


 元々からレナードが恋人として、彼女を連れてきた時から、サリー・グレイは良くは思われてはいなかった。
 5つも年上の平民が、まだ子供だったレナードをたらしこんで、上手いことやった女と見られていたからだ。


 レナードの母のジュリア様は、一族の中でも下位に位置するタルボット家の出身だった。
 それを弁えていたジュリア様は、次男が平民と付き合っていても文句は言わず。
 交際に反対する夫のバーナード様に、息子の好きにさせてくださいと、お願いしていたことは皆に知られていた。
 


 それが今回、奥様がいらっしゃるのに。
 図々しくアダムス本家に乗り込んできた。
 その上、まるで奥様に見せつけるかのように、ふたりで明るい内から、所構わず乳繰り合って。
 今ではレナードの評判も落ちるところまで落ちている。


 そんな奴等が仲違いをした。
 ハンナはそれが嬉しいらしい。


「レナード様は客室で寝るようになりましたよね。
 あの女は、いつ追い出されるんでしょうね?
 居なくなったら、奥様は帰って来てくれますよね?」

「わたしには何も分からないの」


 サリーが居なくなったくらいでは、ミルドレッド様は帰ってこないとは、ユリアナはハンナには教える気はない。
 ハンナのことだから他の使用人達に、ユリアナから聞いたと、触れ回りそうだ。


 ハンナが自分をぼんやりした女だと思ってくれてもいい。
 そう周囲から思われるように、行動してきた。
 
 奥様から命じられたことを、ただ忠実に守るだけの女。
 だから、彼女の証言は信じて貰えた。



「奥様から食欲がないからとスープを作るように命じられました。
 出来たのでお持ちして、お部屋へ参りましたら、もう要らない、眠るから朝まで来ないでと言われたのです。
 けれど夜中……明ける前に胸騒ぎがして、お部屋を覗いたら、奥様がいらっしゃらなかったんです」

「返事をしたのは、確かに奥様の声だったの?」


 侍女長のケイトに尋ねられたが、惚けて見せた。


「そう言われると、小さなお声でしたので自信はありませんが、その時は、奥様から言われたと。
 そう信じました。
 すみません、申し訳ありません」


 ユリアナがそう言って泣いて謝ると、ケイトはそれ以上は追及しなかった。
 上手い具合に、サリーが奥様を装って、愚鈍な侍女を騙したと思われているようだ。




「君からは、何も仕掛けなくて良いんだよ。
 ただ、いざと言う時、ミルドレッドのことを助けてくれればいいんだ」


 旦那様と奥様の披露宴で声をかけてきたウィンガム伯爵。

 ミルドレッドの専属侍女のユリアナが、彼の協力者だ。



     ◇◇◇



 ユリアナはレイウッド領主のアダムス家の遠縁の娘だ。

 これまでは代々の当主の妻は一族の中から選ばれてきた。
 今は亡き先代ご当主夫妻の奥様のグロリア様は、バークレー家出身だ。
 一代空けて我が家門から再びと、周囲の期待は高まっていた。


 ユリアナだって、期待が無かったわけではない。
 一族の中の少女の中では、自分が頭ひとつ抜けている。
 順当に行けば、自分が選ばれるだろうと思っていた。
 学院の休みで領地に帰ってきたスチュワート様が姿を現すと、領内の少女達は沸き立つ。

 当時のユリアナはまだ11歳で、スチュワートとは5歳離れていたが、婚姻する頃には丁度良くなる。
 そう何度も両親から刷り込まれていたのに。
 王命が出て、スチュワートの婚約者が隣のウィンガムの娘だと決まった。


 両親の、特に母の嘆きはユリアナ本人以上だった。
 

「こんなのおかしいわ……絶対に認められない」


 初めて、母を愚かだと思った。
 貴女が認めなくても、誰が気にするのだ。


 その後直ぐに当主夫人のジュリア様から、嫁入りしてくるミルドレッドの専属侍女になって欲しいと、連絡が来た。
 なって欲しいは、なるようにと言う命令だ。
 拒否は出来ない。

 ユリアナが結婚を望む時が来たら、アダムス本家から嫁に出す。
 それをありがたく思えと言いたげに、付け加えられていた。


 7年後、披露宴で初めて挨拶をしたミルドレッドは綺麗な女性だった。
 ユリアナでは太刀打ち出来ないひとだ。

 いつもは凛々しいスチュワートの顔も嬉しそうに緩んで見えた。
 誰もがふたりをお似合いだと褒めそやしていた。
 ただひとり、ユリアナの母を除いて。


 披露宴会場から離れた場所で、ユリアナは母に掴まった。


「男性は癒して欲しいのよ。
 貴女には料理の腕も、賢さもある。
 あんな顔が綺麗なだけの奥様は、いずれ飽きられるわ。
 うまく行けば、貴女が御手付きになって、次の……」

「馬鹿なことを仰らないでください!
 御手付きにって、お母様は娘に日陰の身になれと?」


 確かに母には料理の腕は鍛えられた。
 王都の女子高等学院には進学出来なかったが、それなりの家庭教師は付けて貰えた。
 だが、それが何になる? 
 本家の当主の妻が、厨房に立つことはない。
 侍女風情の教養等、注目されない。
 
 
 母を振り切って、連れ込まれた部屋を出ると、背後から声をかけられた。


 ミルドレッド様の兄だと挨拶していた男性だった。
 さすがに、あの若奥様のお兄様だ。
 美しいひとだ。


「賢い君を見込んで頼みがあるんだ。
 私の協力者に、なってくれないだろうか?」




 その日から。
 ユリアナはウィンガムへ行ける日を待っている。


 危ない目に遇わせたくない、何も仕掛けなくていいと、ジャーヴィス様は仰ったけれど。


 独り寝を続けるレナードに、もう一人の目障りな女を。
 ミルドレッド様を傷付けた『馬鹿男』に、『安物買いのローラ』を近づけさせるのはどうかしら?


 その方法を考えながら廊下を歩くユリアナは、楽しそうに笑っていた。
 
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