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第12話

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 あの日から、レナードとは極力顔を合わせないようにしていたミルドレッドだ。
 食事も私室で摂るようにした。


 レナードは以前と変わらず、朝食はブレックファストルーム、夕食はダイニングルームで、ひとりで食べていた。
 自分を拒否されたショックでミルドレッドに暴言を吐き、自業自得で泥沼にはまってしまったレナードには、それが出来る精一杯だった。
 彼はミルドレッドが顔を出してくれることを祈りながら、気の進まない食事を続けていた。



 ミルドレッドは味気ない食事をしながら考える。
 レナードともう一度話し合うのなら。
 ケイトに尋ねて彼の朝夕の食事時間に合わせて、そこへ行けばいいのだと思うが、何を話せと言うのか。
 自分が最初に言葉を誤ったことを謝罪すれば、レナードも謝ってくれるのか。

 ……だが、それも今更だ。
 一度、口にしてしまった言葉は戻らない。


 レナードとは、このまま会話の無い夫婦になるのだろう。
 所詮、政略婚なんてこんなものなのだろう。
 政略相手のスチュワートと恋をして、結婚出来た自分は幸せ過ぎたのだ。


 こんな頭が空っぽのわたしに、彼は優しくしてくれた。
 分からないところを尋ねれば、丁寧に教えてくれた。
 その彼を甘ちゃんだとレナードは言ったのだ。


 レナードに軽蔑されたまま。
 このまま馬鹿なわたしでいるわけにはいかない。
 例え、名前だけの伯爵夫人であろうと。
 わたしはもっと、ちゃんと学ばなければならない。


 今のわたしにあるのは家柄だけでも。
 これからは、立場に相応しい人間になる。
 その為にも、スチュワートの為にも。
 わたしは学ばなければならない。
 これからは、レナードの妻ではなく、当主夫人として生きる。
 あの日、リチャードから言われた言葉を胸に刻んで生きていく。



『これからはスチュワートの妻よりも、レイウッド伯爵家の当主夫人として、己の立場を考えた言動を心掛けろ』
 

 
 ミルドレッドはそう決意して。
 夫の補佐役だったカールトンや家令のハモンドに自分から声を掛けて、教えを乞うた。


 その行為がまた、レナードを不機嫌にさせていることにも気付いていないミルドレッドだった。



     ◇◇◇



 月が替わると、自分からは謝れないレナードは、恋人のサリー・グレイを邸に呼んだ。
 まだ譲位は完了していなかったので当主の部屋は使えず、彼の私室でふたりは過ごしていた。


 彼はいつの間にか新聞社も辞めていて、譲位まで特にする仕事もないのか、毎日昼過ぎまでサリーと起きて来なかった。
 ふたりがもつれ合いながら邸内や庭園で時を過ごしているのを時折見掛けたが、ミルドレッドには関係の無いことなので、彼女は何の反応も見せなかった。

 レナードの隠された本心を知りようもないミルドレッドには、自分に見せつけるようにサリーといちゃつく彼の行動は理解出来ない。


 
 次期伯爵には相応しくないレナードの爛れた生活行動を、補佐役のカールトンが注意したが、彼は聞く耳を持たなかった。
 とうとう叔父のアダムス子爵からも叱られたが、レナードは聞き流す素振りを見せた。


 カールトンやリチャードには、そのあまりにも子供っぽいレナードのやり方は、恋愛の駆け引きを知らないミルドレッドには却って悪手だとしか思えなかったから、具体的に注意や叱言を与えていた。


「スチュワートは、ミルドレッドには言葉を惜しまなかった。
 プライドなんか捨てて、自分から話しかけないと」

「ミルドレッドは甘えたい女だ。
 冷たくしたら離れていくだけだ」


 彼等の言葉はレナードの耳には届いていたが、彼はそれを己の言動に移すことが出来ないまま。
 時が経つにつれて、レナードとミルドレッドの間の距離と溝は、広がり深くなっていた。



 アダムス邸はスチュワートが居た頃とは、まるで雰囲気は変わってしまった。
 最初は遠慮がちだったサリーも態度が大きくなっていた。
 事前の約束も無しに彼女の家族や友人が遊びに来るようになった。
 それをレナードは勿論、ミルドレッドも咎めない。


 いつもは邪魔としか思えないリチャード・アダムスが、こんな時に現れて。
 どうして『あの女』を、早々に追っ払わないのかとアダムス家の使用人達は苦々しく思っていた。


 明るくて、使用人にも優しかったレイウッドの次男坊は、亡くなった旦那様と比べると、なんて愚かな男なんだと皆が思い始めていた。



 だから、幼い女児を連れたその女がアダムス家の正門の前に立った時も。

 門番は、また『あの女』の知り合いだろうと思った。
 暗い色味の服を着た、小さな女児を連れた女で、顔立ちは悪くないが見るからに疲れた感じの平民の女だ。

 門番は、女がトランクを下げていたから、ここで泊まるつもりかと忌々しく思い、それなら『あの女』の実家へ行けよ、とも思った。


 ここら辺りでは見掛けない女だったが、彼は深く考えずに。

 レイウッド伯爵家の門を開いた。





  
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