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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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  飲み終えたジュースの紙製コップを屑籠に捨てに行ってくれて、戻ってきたオルが言った。


「俺はまだ卒業前だけど……まだ何者にもなれてないけど。
 さっき、ディナの邸に行ったんだ」

「キャンベルの?」

「ディナに会いに行って、卒業式に来て貰えないか、お願いしようとして……
 それと、ご両親にもご挨拶したくて」


 ご、ご挨拶……まだ学生なのに?
 リアンよりも年下のオルの登場に、父も母もさぞや驚いただろう。


「丁度、ディナの指導役だと自己紹介をしてくださったフィリップスさんと言う人が居て」

「ウチの法律コンサルタントをお願いしてて、あの方がいらっしゃったから、弁護士になりたいと思ったの」

「今日は3日後だから、絶対に今夜ディナに会え、って凄く言うんだ。
 ディナのことを分かってる感じなのに、何故か、あのひとには嫉妬する気は起きなかった。
 フィリップスさんて見た目普通なのに、ちょっと変わってて、いいひとみたいだね?」


 ……そうだね、貴方とは20歳以上離れているのに、ふたりはお友達になるの。
 趣味が合うから、って。 


「それで、お母上から『今日はお嬢さん達と踊りに行ったわよ』って聞いて。
 俺の歳じゃ普通に入場出来ないから、ああ言う感じの登場になりました。
 驚かせてごめんなさい」



 頭を下げられたから、わたしは背伸びしてオルの髪を撫でた。
 年下だから、子供扱いしている訳じゃなくて、フードを脱いだ貴方の髪が乱れていたから。

 
「別にあいつのした通りに、同じ経過をなぞらなくても、いいよね?
 俺は1年半も、もたもたしない」

「決まっていた運命より早く会いに来てくれて……
 わたしはもう限界だった。
 嬉しかった、ありがとう」



 今夜は月が綺麗だから、のんびり行こう、と。
 ウチに向かって、わたし達は歩き出した。



「そうだ、俺はトマト克服したからね。
 ディナの唯一の得意料理、絶対に食べたかったからさ、どんどん作ってよ」


 克服……オルの方から料理の話題が出たから、思いきって言ってみた。
 8年前に宣言した卵料理制覇の……


「何かね、火加減と言うものが、わたしには理解出来ていなくて。
 唯一、時間を計ればどうにかなる茹で卵は、どうにか、どうにか作れるようになりました……」

「え、嬉しいよ!
 俺は卵料理の中でも、茹で卵が一番好きなんだ」


 それは嘘だ。
 オルが一番好きなのは、溶けるチーズを混ぜた半熟のスクランブルエッグだ。
 あのパレードの待ち時間、周囲のファンの方々からわたしが得た情報ではそうだった。
 それで、何度も何度もわたしは練習した。



「あのね、余熱、って!
 何度も言わせないでね!」

 フライパンの中の卵をかき混ぜながら、指導教官マーサに注意されながら。
 半熟で火を止める加減が分からなくて。
 何度も何度も、固まったチーズが混ざった炒り卵を完成させた。



「じゃあ、トマトの煮込みと茹で卵は、ディナの担当。
 その他は俺が担当でいいよね?」

「……いや、これからもレパートリー増やせるように努力を重ね……っ!」


 繋いでいた手を持ち上げて、オルがわたしの手の甲に、キスをしたので。
 話してる途中なのに、思わずびくっとなる。


「お願いだから、俺の得意分野、減らさないで?」

「……」



 未成年とは思えない色気に、慌ててしまう。


「も、門限大丈夫?
 何ならさっきみたいに一瞬で、ウチに」

「もう卒業も就職も決まってるのに、今更停学にはならないよ。
 それに今夜は師匠にちゃんと言ってきたし、遅刻公認だから」


 師匠が遅刻公認……魔法学院、意外と緩い。


「何かさ、俺なんだけど、あいつのこと腹が立つんだ。
 ディナが俺の名前、オルシアナス・ヴィオンって格好良いって言ってたから、18になったらそうしようと思ってた。
 そしたら、学院で会った師匠がヴィオンだし、どういうこと?って……
 でも、手紙読んだから。
 あいつがヴィオンだから、格好良かったのかな、と思って」

「……それは腹が立ったよね、ごめんなさい」

「謝って欲しかったんじゃないし、仕方ないんだよ、今なら分かる。
 ディナが悪いんじゃない。
 どっちも俺なのに、何でかな。
 こんな責めるみたいに話して、ごめん。
 俺って……自分に嫉妬して、みっともないね……」


 それはわたしも同じだったから、嫉妬してくれるオルの気持ちがよく分かる。
 わたしも、29歳の自分に嫉妬している、とオルに気持ちをぶつけた。



 ふたりで今、歩いてるこの道の先で。
 28歳のオルと34歳のわたしが笑いながら。
 自分達を嫉妬するわたし達を、見守ってくれている気がする。




 今度はお返しにわたしがオルの手にキスした。

 そして、オルの足が止まった。
 何も言わないので、少し不安になる。



「……何で煽るの……今夜はおとなしくしていようと思ってたのに」

「……あ、あの、眼鏡……視力は悪くないよね?」

「悪くないよ、何なら夜目も利くよ?」

「つ、月が綺麗な夜の狼だから?」

「何言ってんの……俺は忠実な犬だよ?
 ご主人は、一生このひと、と決めた……」


 わたしが爪先立ちをしなくていいように、オルが屈んでくれた。 
 ゆっくり眼鏡を外して……


「俺はもたもたしない、って言ったよね?」

 金色の瞳から目が離せない。

 

「俺の名前を呼んで」

「……オル……オルシアナス・ヴィオン」


 オルがわたしの唇を。 
 いつか自分の唇にしたのと同じ様に、親指の腹で撫でた。
 
 そして、オルの顔が近付いてきて……




 オルの右目目尻に小さな黒子がある。


 わたしは震える左手の人差し指で、その黒子に触れた。
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