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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 ニュージェネシスの入口前には、入店待ちの行列が出来ていて。
 その場にいきなり現れたわたし達を見咎めた人達から、悲鳴があがって。


 オルがわたしの手を握って走り出した。
 行列とは反対側の通りに出て、ひたすら走る。

 きっとゆっくり走ってくれているのだろうけれど、運動不足の24歳の女は、18歳の若者の脚力にはついていけない。 


 こんな時こそ、さっきの移動手段を使うべきなのでは……
 もう限界だと思った。


 次はキャレッジ乗り場の待ち行列にぶつかった。
 ここまで来て、ようやくオルは足を止めた。
 もう、わたしの足はガクガクだ、情けないけれど。


 ニュージェネシスの店前道路には、混雑を避けるために自家用車やキャレッジを横付け出来ない決まりになっていて、少し歩いた所に乗り降りの場所も作られていた。

 もちろんそこにも、通りにも店が用意した警備員が常時居ることで、この辺りの治安は良い。
 女性だけのグループでも、夜遅くても安全なエリアになっている。


「喉が乾いたね。
 シーズンズ飲む?」


 キャリッジ乗り場の近くには、シーズンズが出したカートが有り、それは本店前に出しているカートと同じ物だ。
 本店前では20時過ぎに営業を止めて、21時からはこちらに移動して、冷たいジュースと温かいお茶を提供している。

 
 人々はここで、ニュージェネシスで踊った後、歩いてきた足を一旦休めて、アルコール以外の物を口にする。
 それが『シーズンズ飲む』だ。

 ニュージェネシスがオープンしたことで、このエリアの不動産価値は急上昇して、家賃も高い。
 わたしがゼイン伯父に最後に提案したのは、高額な賃貸料のかかる店舗を出すのではなく、立飲みするカートでの商売だ。
 当然、この場での営業許可を取ってくれたのはフィリップスさんだった。


 オルが頷いたので、わたしはクレイトン産の林檎ジュースを2杯買って、ひとつ彼に手渡した。 
 この林檎は他の品種より酸味が強くて、カート販売が始まるまで取引がなかった。


「あー、生き返る。
 酔ってるのに、走らせてごめん」

「そんなに酔ってないから……それより。
 ここで使われている保冷魔石、貴方が用意してくれたんでしょ?」

「……」

「お祖父様には、まだ学生の間は貴方には絶対に接触しないで、って頼んでいたのに、ごめんなさい。
 頼まれて断れなかったんだよね?」

「じぃじからじゃない。
 俺から、11の時かな、会いに行ったんだ」 

「オルから?」

「銀行口座、本人に内緒なら、家族の同意書を貰ってこないと駄目だ、と言われて。
 ムーアの邸に連絡して会って貰った」


 銀行口座……ヨエルが言ってた共同名義の口座開設のため? 
 じゃあ、前回の時戻しをする前も、祖父と13歳のオルは交流があったの?
 それをわたしには、全然知らせず?

 それで、会わせようなんて言ってたフィリップスさんとのセッティングが無かったんだ。


「2年目から家族年金が貰えるようになったんだけど、もし俺が死んだら、本人名義だと残高は全て国に返還されてしまう。
 だったら、ディナに、って……
 じぃじには同意書を書いて貰って、それから時々会って、貴女が弁護士を目指してる話も聞いた」

「……」

「勝手にしてごめん。
 怒ってる? 気持ち悪い?」


 あの時、ヨエルに言われた言葉が甦る。

『国のための名誉の死』


 わたしは首を振った。


「オルがしてくれることに、気持ち悪いことなんて、ないよ。
 共同と言っても、貴方の名前があるから。
 ただ、わたしに遺族年金は受け取らせないで……お願いだから」


 いつか、死がふたりを分かつなら、絶対に。
 わたしが先に死ぬの。
 だから遺族年金は受け取らない。
 これは6つ年上の権利。
 ……だって、さっきの力走で、未だに膝が痛いんだから。


 わたしの気持ちを分かってくれたのか、それ以上年金についてオルは話すことはなかった。


「本当なら、俺も卒業して、仕事を1つ以上こなして報酬貰って、これなら養えると自信が出来てから、会いに行くつもりだった。
 ディナが会った前回の俺も、そうしたらしいけど」


 わたしが会った前回の俺も、って言った?


「手紙を……8年前に23歳の俺が時戻しで来ただろ。
 あいつ13年後に戻る前に、10歳の俺に手紙を出した。
 それを読んだんだ」


 あいつ……あいつの方は貴方のことを、あのガキって言ってたっけ。
 どちらも同じ貴方なのに、お互いに他人みたいに言って。


「学院や魔法庁に預けたら、俺の手元に来るまでに検閲されるから、だろうね。
 後日、師匠の家に郵送されてきて。
 内緒で師匠が渡してくれた」


 どうしてだろう……オルの雰囲気が……変わって、厳しい感じ?



「あの日、師匠と俺は魔法学院の学院長室で軟禁されて。
 同じ様にスピネルもどこかへ連れていかれて。
 それから姿は全然見ないんだけど、何かやらかして時送りで連れていかれた、や。
 いや、いきなり消えた、とか聞いたけど、はっきりした消息は教えて貰えなかった。
 とにかく、俺と師匠は時戻しをしてきた自分に会うとどうなるか分からない、とあいつらが帰るまで閉じ込められてた」

「……13年後のオルは何を書いていたの?」

「絶対に他の男にディナを取られるな。
 絶対に他の女に誘惑されるな。
 1年半、相手にされなくても、めげるな、諦めるな。
 お前が頑張らないと、俺の人生は云々……と言う、激励と言うか、脅しと言うか、そんな内容」


 性格的にあれこれ指示されるのが嫌なのか、面白く無さそうにオルが手紙の内容を簡単に話した。
 見知らぬ赤の他人からの手紙じゃない。
 自分からの手紙なのに、その瞳は冷めている。


「経過が変われば結果も変わる、って書いてたけど。
 俺は敢えて経過を変えて、尚且つ結果も変えないようにしたくて。
 あいつより先にディナに会いに行こう、とその時に決めた」


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