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第2章 いつか、あなたに会う日まで

48(ヨエル視点)

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 あれは確か俺が16の時。
 何月何日だとかは、覚えていない。 


 最近はちょっと昔のことを、どんどん忘れたり。
 反対に不意に、鮮やかに思い出したり。



 当時16の俺が通っていたのは魔法学院。
 ここは中等部込みで6年の高等学院や芸術学院とは違って、8年で卒業する。
 俺は同じ学年の、2つ年上の奴等に囲まれて。
 いつも、ひとりだ。


 最初は学院始まって以来の天才らしい、と妬まれて。
 次に外で怪しい奴等とつるんでいる、と遠巻きにされて。
 その結果、怒らせたら何をされるか分からない、と恐れられて。

 外で怪しい奴等とつるんでいる、って?
 それを見て触れ回った奴も、そこへ出入りしてた、ってことだろ?
 学院へ訴えられないのは、そこを追求されるからだろ?



 俺は学院内じゃ、完璧に孤高の優等生を演じていた。
 コーヒーハウスに出入りするような素行不良な奴の言い分なんか、教官が信じるわけがない。


『スピネル』。
 誰かが俺のことを呼びだして。
 それが瞬く間に拡がった。


 こんな馬鹿共と後3年も一緒に机を並べてなきゃいけないんだ、と。
 俺は自分の環境にうんざりしていた。



 そして16。
 目の色は赤いままだったが、髪色をよくある茶色に変えて初めて王立図書館へ行った。
 今度頼まれていた仕事のために、現場の地理を頭に入れておこう、と思って。


 魔法学院にだって、当然図書室はある。
 だが、外で頼まれた仕事の下調べを学院内でしたくなかった。
 前回、国外へ出てあいつらを燃やしたのは2年前。
 ギュンターの方から俺に会いに来ることはあっても、あの国へ行くのは初めてで、王都の周辺地図を調べたかった。

 だけどことが終わってから。
 俺があの国や発火術について、関連書籍を借りていたことがバレるかも、と毎日ヒヤヒヤしていたが。
 そう言うこともなく。
 無事、俺の年金は俺の口座に入ることになった。  



「大変、申し訳ありませんが。
 そちらの青い背表紙の、そうです、それです。
 取っていただけますか?」

「これですね? どうぞ」


 ガキはガキでも、女だ。
 女だけに見せる微笑みを浮かべて、俺はそのチビに取ってくれと頼まれた本を渡してやった。


「外国の地理、ですね。
 ご旅行へ行かれるんですか?」

「祖父からこの国についてまとめろ、と宿題を出されているんです。
 普段は王都に居ないので、蔵書が豊富な図書館が無くて」

「失礼ながら、貴女のような小さなレディがおひとりで、ここへ?」

「いえ、従兄と一緒に来たんですけれど、彼は同級生に捕まって」


 そう言えば、廊下で。
 高等学院の制服を着た男子生徒がひとりと、女子生徒が3人話をしていたが、あの男がこのチビの従兄か。


「お祖父様からの宿題ですか?
 随分と、高いレベルを求められているんですね?」


 側に護衛や侍女が居ないのだから、平民だろう。
 だが、金の匂いがした。
 このチビとお近付きになるべきだ、それは直感だった。


 どんな年齢の女だって、俺がその気になれば簡単に落とせる、はずだったのに。
 俺に、そのジジイへの文句なりをペラペラと話し出すだろう、と思っていたのに。

 俺が着ていた芸術学院の制服を見て、チビが言った。


「わたしには、貴方の様な芸術的な才能も無いですし、将来的に美人になりそうもないし。
 勉強は才能とは関係ないですから、祖父はそれを伸ばしてあげよう、としてくれているのです」

「貴女はきっと美しい女性になりますよ」

 心にもないお世辞を言うのは、得意だった。
 平凡な茶色の髪と茶色の瞳。
 本人も分かっているように、とてもじゃないが、目を引く美人にはならないだろうな。


「わたしは美しくはなれないですね。
 でも、美しいものは好きなんです。
 貴方の瞳はとても綺麗で……赤く輝いていて、まるで……」

「ルビーのようだ、と? よく言われますよ」


 聞きあきた褒め言葉。
 馬鹿な女は、ガキの頃から馬鹿。


「ルビーというよりは、スピネルはご存じでしょうか?」

「……」

「一見、ルビーに間違えられてしまうのですが、ルビーは加熱しないと輝かないのですが、スピネルはそのままで。
 何も加工しなくても綺麗だし、傷もなかなか付けられない価値の高いものなんです。
 わたしは貴方の瞳はスピネルのようだと申し上げたかったのです」


 スピネルの色は赤だけじゃなくて、ピンクや青いのもあって。
 サファイアともよく間違えられる。


 奴等は俺をまがい物だ、と。
 本物と似て異なるものとして、この名前で呼んでいるのに。


「……貴女は幼いのに、何でもご存じのようですね?
 わたしはジョエルと言います。
 この名前の由来も?」


 俺の名前はヨエルだが、その綴りはこの国ではジョエルだ。
 母は自分を捨てた男の母国の読みで、俺を届けた。


「預言者ジョエルですね!
 ジョエル書はちゃんと読んでいないんです、ごめんなさい」

「じゃ、また会えた時に私がお教えしま……」

「何してるの?」


 次に会う約束を取り付けようとした時、従兄が現れた。


「申し訳ありません、従妹がご迷惑をおかけしたようで」

 素早く俺の全身に視線を走らせた男は、従妹を隠すように間に入ってきた。


「図書館ではおしゃべりは禁止だよ。
 もう行こう」

 そう言いながら、追い立てるようにここから連れていこうとした。
 クソが! 人目が無かったら消してやるのに。


「フレディ、待って。
 本を取ってくださったの、ご挨拶だけ。
 どうもありがとうございました、ジョエルさん」

「君の名前だけ、教えて」

「ジェラルディン・キャン……」

 フレディと呼ばれた男が、素早く彼女の口を塞いだ。


「本当に、失礼します」


 半ば引きづられるように、手を引かれていた。
 他人に名前を知られてはいけない。
 ただのガキではない、そんな家の娘なんだと思った。



 ジェラルディンが俺に向かって小さく手を振っていた。
 翌日も、翌週も、何回も。
 図書館へ行ってみたが、2度と会うことは無かった。



 何年か経って、アレが入ってきて。
 俺は指導教官になった。

 個人授業の合間にアレと話をする。
 孤児院の話はあまりしたくないようだったのに、ディナと言う女の話は何度も聞かされる。

 口のうまい、6歳も年上の女。
 そんな女を忘れられない馬鹿。


 やがて、俺はそのディナの本名がジェラルディン・キャンベルで。
 茶色の髪と茶色の瞳の女だと知った。


 耳障りの良い毒を吐いている自覚もない女だ。
 アレのような被害者を、増やしてはならない。


 生きたままのこいつと一緒に。
 瞳を褒められて浮わついていた16の俺も埋める。


 

 
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