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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 あれから月日が流れ。
 
 わたしは法学部に合格した。


『身内に弁護士が欲しい、とお祖父様が仰っていた』
 入試前のムーアの集まりで、皆の前でそれを押し通した。
 

 祖父はそれを聞くと、もう何も仰らなかった。
 けれどゼイン伯父には、商売の道に進むべきだと何度も呼び出された。
 高等学院在学中の3年間続けたシーズンズのちょっとした改革案を、伯父は良かったと言ってくれて。
 その道の方がジェリーには合っている気がする、と惜しんでくださった。


 改革案と言われる程の提案をしたわけではなかった。

 ①名物の行列に整理券の配布をすること。
 ②店前の道路に飲み物販売のカートを設置すること。
 ③お客様の注文を受ける行列係に、本日販売のケーキの写真を載せたメニュー表を持たせること。

 以上の3点。


 ①は文字通り整理券の時間が来たら、店頭に戻っていただくことにした。
 例えば、来店してくださってから30分並び続けるのと、20分他の場所で時間を潰して戻って10分待つのとでは、負担が違うと思った。

 たった20分ではどこにも行けない、と考えられるお客様も多いと思い、②のカートを提案した。
 冷たいフルーツジュースと温かいフルーツティーを販売するカートで、シーズンズの店名を前面に出す。
 それで20分後に戻ってくるお客様を逃さずに済むのでは、と。

 形が歪だったり、酸味が強すぎたりで、生で提供するのには……と廃棄処分にしていたフルーツを減らしたかったのもある。

 問題はジュースの氷をカート販売でどうやって保存するかだったが、暫く思案していた祖父が『心当たりがある』と言って、氷室用の保冷魔石を用意してくれた。
 それで解決出来たが、どこで用意してきたのかは聞かないことにした。


 ③の写真ありメニュー表については。
 これまで写真とは大きな写真機でプロに撮って貰って、受け取れるまで1ヶ月以上待つ特別なもの、だった。
 それが、素人でも自分で撮れる大きさのカメラが発売されて、現像までが3週間を切り、自分でカメラ撮影することが流行し始めるのを先取りすれば、それもまた話題になると思った。

 大型から中型に移行したカメラはとても高価だったが、その先行投資をしても、還ってくるものは大きい。
 定番商品に加えての期間限定商品も、販売1ヶ月前には試作も完成しているので、発売前には写真が用意出来た。
 実物写真と口頭説明で、注文を変更するお客様が激減して、祖父はイートインのメニュー表も写真入りに変更した。


 ◇◇◇


 そして、あの11月20日、金曜日。
 今日は大学の講義の後フィリップスさんと初めて会う。
 場所は前回のあの夜に渡してくれた名前だけの名刺の裏に走り書きされたカフェで、だ。

 祖父にはこの日にフィリップスさんと出会う運命だとは伝えていなかったのに。
 フィリップスさんの方からの日時指定ということで、ヨエルのせいで狂いかけた運命は、徐々に修正されていってるように感じた。

 年明けからフィリップスさんを週末だけ手伝うことを祖父が頼んでくれたので、これは顔合わせだった。


 彼から今回差し出された名刺はシドニーにも渡していた営業用のもので。
『貴女の共犯者……』は抜きだった。
 少し残念。


「どうして、弁護士を?
 ムーア氏からは、何度かお嬢さんの名前は聞いていましたが、シーズンズを継ぐとばかり思っていましたよ。
 それに……私は事務所を辞めたばかりで、充分な給料等支払えそうもないんです。
 まだオフィスも借りることも出来なくて、事務仕事は自宅です。
 女性との打ち合わせは、ここを事務所代わりに使用させて貰ってるくらいなのに」


 こちらのカフェのオーナーがフィリップスさんのご友人で、依頼がある時も、ない時も、快く場所を提供してくださっているそうだ。


「それに、正直に言いますね。
 ムーア氏から貴女を鍛えてやってくれ、とは頼まれましたけれど。
 ムーアの仕事が私の生命線なんですよ。
 貴女が司法試験に合格して弁護士資格を取得した暁には、私はお払い箱になる。
 そのお手伝いをするのはなぁ……というのが正直な気持ちです。
 いや、情けない話ですが」 


「偉そうに聞こえたらすみません、あの、そのお気持ちは理解出来ます。
 ですが、わたしは経済系に進みたいわけじゃなくて」


 3年ぶりにお会いするフィリップスさんは、相変わらずダンディだったが、前回とは違い、少し生活に疲れているように見えた。
 前回あったモニカの素行調査という、弁護士の仕事からは少し違う小遣い稼ぎ的な収入が減ったからだろうか。

 だが、明け透けとも言える本音を言ってくださるところは、前回よりも真っ直ぐなひとに感じられて。
 やはりこのひとに付いて、弁護士という仕事を学びたいと思った。


「ムーアの貴女が、商売に関しての、ではなくて?
 では、どんな弁護士を目指しているんですか?」

「……今はほとんど関心を持たれていない、子供達の権利を守るお手伝いがしたいんです」

「子供の権利?」


 この時戻しのお陰で、わたしは色々なものに気付かされた。


 本当の名前を間違えられても、謝っても貰えなかったオル。
 実の親から借金のための駒扱いされて、弔いもして貰えなかったシドニー。
 言葉巧みに騙されて妹を人質に、縛り付けられたサイモン。
 戸籍を抹消されて学校へも通えなかったクララ。
 捨てられることに怯えて、愛想を振りまいて、それに疲れて嘘をついたモニカ。
 13歳を過ぎたら無給の労働力にしかなれないと、人生を諦めるしかなかった孤児院の子供達。
 自分の能力に掛けられた年金の受け取りさえ勝手に変更されたヨエル。
 そして、愛の鞭を受けて大人になっても心の傷になっていたオーウェン。


 彼等のような子供がこれから少しでも減るように。
 法的に子供の人権を守れないかと思ったのだ。




「3年前に会った方の影響が大きいんです」

「……」

「わたしより10歳以上年上の男性なんですけれど。
 その方は幼い頃にお父様と家庭教師から、愛の鞭と称して、掌と脹ら脛に虐待を受けていました」


 わたしの言葉を聞いて、フィリップスさんは皮肉げに笑った。


「どういう人間か想像はつきますよ?
 その男は多分、まともには育っていなかったでしょう?
 自分も同じことをしてしまうのではないか、と恐れて結婚も出来なくて。
 それか、既に我が子に暴力を振るっていましたか?
 貴女はそれを見て、こんな最低な人間を増やしてはならないと決心した?」

「いいえ、反対に。
 その方は背中に鞭を受けて出血していた浮浪児を、肌寒い夜だったのに、ご自分のコートを脱いでくるんで、汚れるのも構わずにずっと抱いていたんです。
 わたしはそのひとのようになりたい。
 青臭い理想ばっかり語るな、と大学でも嗤われました。
 実家に余裕があるから、お嬢さんの道楽だろう、とも。
 それでも……大きな事務所を辞められた先生だから。
 使い走りでも、下調べでも、何でもします。
 無給で構いません、勉強させてください」

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