100 / 112
第2章 いつか、あなたに会う日まで
49
しおりを挟む
ヨエルは笑いながらわたしの顎を掴んで、顔を覗き込んできたが。
直ぐに真面目な表情になって、離した。
「冗談、だって。
アレのお古なんて要らないですよ。
知ってますか? アレの家族年金、勝手に共同名義の口座作って、受け取りは君ですよ?
アレが国のために名誉の死、なんてなれば結構な額の遺族年金も君の物なんです。
たった1回会っただけで、ここまで執着されたら怖いでしょう?」
国のための名誉の死。
それを頭から振り払いたくて。
「貴方は今でも、魔法学院で教官を?」
「白魔法士なんて実態は汚いものですよ。
あいつらが私を、アレの指導教官にしたのは……アレを囮にしたんです。
まだガキのアレを、私が殺そうとするのを待っていたんです」
「授業にかこつけて、アレが失敗したように見せかけて。
一瞬で燃やしてやろうと思ったのに、気がつけば囲まれていました。
あいつら、ずっと現場を押さえようと待っていたんです。
何より腹が立つのは、アレが自分から囮になると言い出して、私を罠にかけたことですね」
「……貴方の本性に、オルは気付いていたのね」
刺激してはいけないと思っていたのに、つい口に出してしまう。
「……捕まった私は命は取られなかったけれど、魔力封じの耳飾りを外せないように装着されて、魔獣がうじゃうじゃ出現する辺境に追放されました。
実質的な死刑ですよ?
何度も死にそうな目に合いながら、私が生き延びて辺境を脱出出来たのはどうしてだと思います?」
わたしが分からないと首を振れば、ヨエルは嬉しそうな笑顔を見せた。
それは今日見せた白々しい笑顔の中で、一番本当に近い笑顔に見えた。
そして、長く伸ばした銀色の髪をかきあげて、わたしに左耳の……左耳があったはずの場所を見せた。
「魔法が使えないですからね、自分の素手で。
引き千切ったんです。
魔力さえ戻れば、痛みは無くなる、と分かっていても。
なかなか勇気が出なくてね、やはり怖かったです。
今までこれ程痛かったことは無かったなぁ」
「……」
「あぁ、やっと……怯えた目を見せてくれましたね?
ずっと、待っていたんです。
君は本当に可愛げがなくて、平気そうにしていたでしょう?
自分の置かれている状況が理解出来ていない馬鹿なのか、心配していたんです。
でも、ようやく怖がってくれました。
午前中にね、セドリックとバーバラにも挨拶に行ったんです。
彼等は素直に怖がってくれましたよ」
「ハイパー夫妻を殺害したの?」
「ムーアのじいさんのせいですよ。
私とセドリックの繋がりやら告発したんです。
それが魔法庁関係書類で残されて。
この頃はバレなかったのに、10年以上も経って、この前逮捕されそうになって逃げて、時戻しでここへ来たんです。
私はアレと一緒に時戻しの術を研究していたんですよ。
……じいさんが告発する前に、全てを消してしまえば、私の罪は発覚しないでしょう?」
関係者全員を、祖父の告発前に殺しに来たの?
時戻しを利用して、ヨエルは何人消すつもりなの。
もしかして今日、以前とは違う流れになったのは、ヨエルが神の領域に手を出して、死ぬ運命じゃなかった侯爵夫妻を殺してしまったから?
それで何かが狂い始めたの?
「残念ながら、もう時間切れだな。
お前の謎かけはじいさんには通じなかった。
誰も助けに来なかったのは可哀想だが、俺は予定が詰まっていると言っただろ?
お前を片付けた後は、邸ごとムーアのじいさんや他の奴等を始末する。
その後は更に1年前に戻って、孤児院に居るアレの耳を引き千切りに行く」
とうとう、ヨエルは嘘臭い笑顔と優しげな物言いを止めた。
「おい、壁か? 床か?
約束だからな、選ばせてやる」
「ど、どちらも選ばない!」
わたしはモニカを抱き締めて、ここには居ない……
あのひとの名前を呼んだ。
「オル! オル! オルシアナス・ヴィオン!」
もしそうなってしまうなら。
死ぬ前に、最後に口にするのは、彼の名前にすると決めていた。
「だから! アレを呼んでも無駄だっ…… 」
憎々しげにわたしを睨んだヨエルが、言葉の途中でぐにゃりと曲がったように見えた。
周囲の空間が大きく歪んで、少し空気が熱くなって。
この熱さに覚えがあった。
あの時のことは、何ひとつ忘れていない。
「俺の名前を呼んで」
だから、今際の際にわたしは貴方の名前を呼んだ。
あの時、貴方はわたしの額に触れた。
覚悟していたような衝撃はなく、ただ少し熱い様な空気に包まれたのを感じた。
それは、今のこの空気だ。
ただ、今回は。
時戻しの時の様な静かさはなく、1拍遅れて衝撃が来た!
全身に痺れが来て、思わずモニカから手を離した。
彼女がわたしの側に倒れこんだ。
そして、わたしは。
抱かれると言うよりは引っ掴まれた様な勢いで、誰かの腕の中に居た。
誰かの、なんかじゃない。
誰のか、分かっている。
わたしを抱いていたのは、物凄く。
物凄く激怒しているオルだった。
「感動の再会は後回しだ。
先に、スピネルを殺す」
直ぐに真面目な表情になって、離した。
「冗談、だって。
アレのお古なんて要らないですよ。
知ってますか? アレの家族年金、勝手に共同名義の口座作って、受け取りは君ですよ?
アレが国のために名誉の死、なんてなれば結構な額の遺族年金も君の物なんです。
たった1回会っただけで、ここまで執着されたら怖いでしょう?」
国のための名誉の死。
それを頭から振り払いたくて。
「貴方は今でも、魔法学院で教官を?」
「白魔法士なんて実態は汚いものですよ。
あいつらが私を、アレの指導教官にしたのは……アレを囮にしたんです。
まだガキのアレを、私が殺そうとするのを待っていたんです」
「授業にかこつけて、アレが失敗したように見せかけて。
一瞬で燃やしてやろうと思ったのに、気がつけば囲まれていました。
あいつら、ずっと現場を押さえようと待っていたんです。
何より腹が立つのは、アレが自分から囮になると言い出して、私を罠にかけたことですね」
「……貴方の本性に、オルは気付いていたのね」
刺激してはいけないと思っていたのに、つい口に出してしまう。
「……捕まった私は命は取られなかったけれど、魔力封じの耳飾りを外せないように装着されて、魔獣がうじゃうじゃ出現する辺境に追放されました。
実質的な死刑ですよ?
何度も死にそうな目に合いながら、私が生き延びて辺境を脱出出来たのはどうしてだと思います?」
わたしが分からないと首を振れば、ヨエルは嬉しそうな笑顔を見せた。
それは今日見せた白々しい笑顔の中で、一番本当に近い笑顔に見えた。
そして、長く伸ばした銀色の髪をかきあげて、わたしに左耳の……左耳があったはずの場所を見せた。
「魔法が使えないですからね、自分の素手で。
引き千切ったんです。
魔力さえ戻れば、痛みは無くなる、と分かっていても。
なかなか勇気が出なくてね、やはり怖かったです。
今までこれ程痛かったことは無かったなぁ」
「……」
「あぁ、やっと……怯えた目を見せてくれましたね?
ずっと、待っていたんです。
君は本当に可愛げがなくて、平気そうにしていたでしょう?
自分の置かれている状況が理解出来ていない馬鹿なのか、心配していたんです。
でも、ようやく怖がってくれました。
午前中にね、セドリックとバーバラにも挨拶に行ったんです。
彼等は素直に怖がってくれましたよ」
「ハイパー夫妻を殺害したの?」
「ムーアのじいさんのせいですよ。
私とセドリックの繋がりやら告発したんです。
それが魔法庁関係書類で残されて。
この頃はバレなかったのに、10年以上も経って、この前逮捕されそうになって逃げて、時戻しでここへ来たんです。
私はアレと一緒に時戻しの術を研究していたんですよ。
……じいさんが告発する前に、全てを消してしまえば、私の罪は発覚しないでしょう?」
関係者全員を、祖父の告発前に殺しに来たの?
時戻しを利用して、ヨエルは何人消すつもりなの。
もしかして今日、以前とは違う流れになったのは、ヨエルが神の領域に手を出して、死ぬ運命じゃなかった侯爵夫妻を殺してしまったから?
それで何かが狂い始めたの?
「残念ながら、もう時間切れだな。
お前の謎かけはじいさんには通じなかった。
誰も助けに来なかったのは可哀想だが、俺は予定が詰まっていると言っただろ?
お前を片付けた後は、邸ごとムーアのじいさんや他の奴等を始末する。
その後は更に1年前に戻って、孤児院に居るアレの耳を引き千切りに行く」
とうとう、ヨエルは嘘臭い笑顔と優しげな物言いを止めた。
「おい、壁か? 床か?
約束だからな、選ばせてやる」
「ど、どちらも選ばない!」
わたしはモニカを抱き締めて、ここには居ない……
あのひとの名前を呼んだ。
「オル! オル! オルシアナス・ヴィオン!」
もしそうなってしまうなら。
死ぬ前に、最後に口にするのは、彼の名前にすると決めていた。
「だから! アレを呼んでも無駄だっ…… 」
憎々しげにわたしを睨んだヨエルが、言葉の途中でぐにゃりと曲がったように見えた。
周囲の空間が大きく歪んで、少し空気が熱くなって。
この熱さに覚えがあった。
あの時のことは、何ひとつ忘れていない。
「俺の名前を呼んで」
だから、今際の際にわたしは貴方の名前を呼んだ。
あの時、貴方はわたしの額に触れた。
覚悟していたような衝撃はなく、ただ少し熱い様な空気に包まれたのを感じた。
それは、今のこの空気だ。
ただ、今回は。
時戻しの時の様な静かさはなく、1拍遅れて衝撃が来た!
全身に痺れが来て、思わずモニカから手を離した。
彼女がわたしの側に倒れこんだ。
そして、わたしは。
抱かれると言うよりは引っ掴まれた様な勢いで、誰かの腕の中に居た。
誰かの、なんかじゃない。
誰のか、分かっている。
わたしを抱いていたのは、物凄く。
物凄く激怒しているオルだった。
「感動の再会は後回しだ。
先に、スピネルを殺す」
33
お気に入りに追加
641
あなたにおすすめの小説

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
(完結)「君を愛することはない」と言われて……
青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら?
この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。
主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。
以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。
※カクヨム。なろうにも時差投稿します。
※作者独自の世界です。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

さようなら、わたくしの騎士様
夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。
その時を待っていたのだ。
クリスは知っていた。
騎士ローウェルは裏切ると。
だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる