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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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クレイトン17:15発のセントラル行き最終便に乗って行ってしまったデイビス兄妹。
と……わたしの父。
元々この最終便で帰る予定だったサイモンの2等チケットを払い戻して、父が個室1室料金を支払って、3人で行ってしまったのだ。
「だってジェリー、貴女悪い大人がと言ったでしょう。
子供達を無事にお祖父様が預かるところまで、見届けないとね」
……個室なんて、わたしは乗せて貰ったことはない。
モニカを含めて、家族全員で王都へ行った時だって、1等車両だったよ?
……まあ、でも。
王都到着は23時を過ぎてしまうので、クララがゆっくり眠れるのなら個室が一番いいかな。
でも父が一緒でも、護衛にはならないよね?
荒事から一番遠い場所で『皆大変だよねぇ』なんて眺めていそうなひとなのに。
「あぁ見えて、喧嘩は負け知らずなのよ。
大丈夫、大丈夫、心配ないの。
大学では拳闘部のスタアだったから」
わたしの大学の拳闘部は見るからに、の人が多くて、優男の父が入部していたのは意外だった。
そう言えば、父の整った顔パーツのなかで、鼻は少し左に曲がっていた。
ノックスヒルでの、その夜のディナーの席で、母がスタアだった頃の父を『蝶の様に舞い……』と自慢げに話している。
意外にもモニカは席に着いていて、黙って食事をして。
リアンは母のお惚気など聞きたくない期なので、苦笑いで誤魔化して。
わたしは意外な父の過去を聞いて、また胸が痛くなる。
母が惚気ているように、父が腕に覚えのある人だったなら。
取り囲んだ領民に手を出せずにいて、その結果落ちていく息子の姿を見て。
後からどれ程自分を責めていただろうか、と思ったからだ。
わたしはふわふわしていた父しか知らないが、息子の車椅子を押す父は、もうのほほんとしていない気がした。
デザートのアイスクリームを食べ終えて、誰よりも早くモニカが席を立とうとした。
わたしは母を見て。
母が頷いて、モニカに声を掛ける。
「モニカ、待って、お話があるの。
……貴女、あのお部屋、移ってくれないかしら?」
◇◇◇
モニカは返事をせずに、ただ母の顔を見ているだけだ。
聞こえていないのかと思った母が同じ台詞を繰り返した。
それでようやく、モニカはわたしとリアンの方を確認するように見た。
リアンは呆気に取られたように、母の顔を見ている。
「何度も言わなくても聞こえているわ。
今、それを……叔父様の居ないところで言います?」
「……」
母の表情が少しひきつったが、良かった、訂正の言葉は言わずに居てくれた。
「どうせ、ジェリーの入れ知恵でしょう?
……クリフォード! 早く来て! クリフォード!
早く呼んでよ! ディナでもいいから!」
家令のクリフォードも、メイド長のカルディナも、給仕をしないのでダイニングルームには居ない。
モニカは幼い頃からこの家に居るふたりを呼びつけた。
給仕をしていたアダムとカレンが、母が許可したので、それぞれ呼びに走った。
普段は邸内を走ったりしないふたりだが、非常事態だと感じたようだ。
ふたりが来るのを待つ間、モニカの視線を感じながら、わたしはアイスクリームをゆっくり味わった。
母とリアンのアイスは溶けている。
勿体ない。
「何なのよ、そんなに高等学院へ入学したら偉くなるの?
ちょっと帰ってきては、めちゃくちゃにして帰って!
いい気になって、調子に乗るんじゃないわよ!」
「外に出たら、分かることが増えた、と言うか。
おかしなことは、正さないと、ねえ?」
「何が、ねえ?ふざけんな!
あんたなんか、あっちでも友達なんか居ないから、毎月こっちへ帰ってきては偉そうにしてるんでしょ!
可哀想にね!
勉強しか取り柄がない、可愛くないあんたには誰も寄ってこないわよ!」
「嘘をついて、周りから同情されたい訳じゃないのよね、わたしは。
本当のわたしを知ってるひとだけで、いいの。
苛められている自分とわたし、どっちが可哀想だと思ってる?」
わたしとしては、ダイニングで始めたくなかった。
予想では、母に言われて『酷いわ!』と泣きながら、部屋に飛び込んだモニカを追いかけて……だったのに。
味方になるクリフォードを呼びつけたか。
リアンはわたしとモニカの応酬に吐きそうになっている。
この家では口喧嘩や怒鳴り合うことはないので、これくらいでも聞くのが辛そうだ。
『酔っ払い同士の喧嘩は見ている分には楽しい』と言ったフィリップスさんみたいに、繊細なリアンもいつかは汚れた大人になってしまうのかな。
わたしは最近、オルと言い合いをし。
祖父には意見を求めて貰い。
サイモンを説得したりして。
自分の言い分を伝える場面が多くなってきて、こう言う場面でエンジンがかかるようになってきた。
匂わせと部屋に籠るしか能のないモニカとは経験値が違うのだ。
それがまた偉そうに滲み出ているのが、モニカには腹が立つんだろう。
ようやく、クリフォードが姿を表して、その後からカルディナも入ってきた。
アダムとカレンには戻らないように伝えたのだろう。
入ってきたのはふたりだけ。
「クリフォード、知ってる?
このひと、わたしに部屋を譲れと言ってきたわ!」
口では叔母様と言っても、心のなかでは『このひと』と母を呼んでいたらしいモニカの本心に触れて。
母が辛そうな顔をした。
と……わたしの父。
元々この最終便で帰る予定だったサイモンの2等チケットを払い戻して、父が個室1室料金を支払って、3人で行ってしまったのだ。
「だってジェリー、貴女悪い大人がと言ったでしょう。
子供達を無事にお祖父様が預かるところまで、見届けないとね」
……個室なんて、わたしは乗せて貰ったことはない。
モニカを含めて、家族全員で王都へ行った時だって、1等車両だったよ?
……まあ、でも。
王都到着は23時を過ぎてしまうので、クララがゆっくり眠れるのなら個室が一番いいかな。
でも父が一緒でも、護衛にはならないよね?
荒事から一番遠い場所で『皆大変だよねぇ』なんて眺めていそうなひとなのに。
「あぁ見えて、喧嘩は負け知らずなのよ。
大丈夫、大丈夫、心配ないの。
大学では拳闘部のスタアだったから」
わたしの大学の拳闘部は見るからに、の人が多くて、優男の父が入部していたのは意外だった。
そう言えば、父の整った顔パーツのなかで、鼻は少し左に曲がっていた。
ノックスヒルでの、その夜のディナーの席で、母がスタアだった頃の父を『蝶の様に舞い……』と自慢げに話している。
意外にもモニカは席に着いていて、黙って食事をして。
リアンは母のお惚気など聞きたくない期なので、苦笑いで誤魔化して。
わたしは意外な父の過去を聞いて、また胸が痛くなる。
母が惚気ているように、父が腕に覚えのある人だったなら。
取り囲んだ領民に手を出せずにいて、その結果落ちていく息子の姿を見て。
後からどれ程自分を責めていただろうか、と思ったからだ。
わたしはふわふわしていた父しか知らないが、息子の車椅子を押す父は、もうのほほんとしていない気がした。
デザートのアイスクリームを食べ終えて、誰よりも早くモニカが席を立とうとした。
わたしは母を見て。
母が頷いて、モニカに声を掛ける。
「モニカ、待って、お話があるの。
……貴女、あのお部屋、移ってくれないかしら?」
◇◇◇
モニカは返事をせずに、ただ母の顔を見ているだけだ。
聞こえていないのかと思った母が同じ台詞を繰り返した。
それでようやく、モニカはわたしとリアンの方を確認するように見た。
リアンは呆気に取られたように、母の顔を見ている。
「何度も言わなくても聞こえているわ。
今、それを……叔父様の居ないところで言います?」
「……」
母の表情が少しひきつったが、良かった、訂正の言葉は言わずに居てくれた。
「どうせ、ジェリーの入れ知恵でしょう?
……クリフォード! 早く来て! クリフォード!
早く呼んでよ! ディナでもいいから!」
家令のクリフォードも、メイド長のカルディナも、給仕をしないのでダイニングルームには居ない。
モニカは幼い頃からこの家に居るふたりを呼びつけた。
給仕をしていたアダムとカレンが、母が許可したので、それぞれ呼びに走った。
普段は邸内を走ったりしないふたりだが、非常事態だと感じたようだ。
ふたりが来るのを待つ間、モニカの視線を感じながら、わたしはアイスクリームをゆっくり味わった。
母とリアンのアイスは溶けている。
勿体ない。
「何なのよ、そんなに高等学院へ入学したら偉くなるの?
ちょっと帰ってきては、めちゃくちゃにして帰って!
いい気になって、調子に乗るんじゃないわよ!」
「外に出たら、分かることが増えた、と言うか。
おかしなことは、正さないと、ねえ?」
「何が、ねえ?ふざけんな!
あんたなんか、あっちでも友達なんか居ないから、毎月こっちへ帰ってきては偉そうにしてるんでしょ!
可哀想にね!
勉強しか取り柄がない、可愛くないあんたには誰も寄ってこないわよ!」
「嘘をついて、周りから同情されたい訳じゃないのよね、わたしは。
本当のわたしを知ってるひとだけで、いいの。
苛められている自分とわたし、どっちが可哀想だと思ってる?」
わたしとしては、ダイニングで始めたくなかった。
予想では、母に言われて『酷いわ!』と泣きながら、部屋に飛び込んだモニカを追いかけて……だったのに。
味方になるクリフォードを呼びつけたか。
リアンはわたしとモニカの応酬に吐きそうになっている。
この家では口喧嘩や怒鳴り合うことはないので、これくらいでも聞くのが辛そうだ。
『酔っ払い同士の喧嘩は見ている分には楽しい』と言ったフィリップスさんみたいに、繊細なリアンもいつかは汚れた大人になってしまうのかな。
わたしは最近、オルと言い合いをし。
祖父には意見を求めて貰い。
サイモンを説得したりして。
自分の言い分を伝える場面が多くなってきて、こう言う場面でエンジンがかかるようになってきた。
匂わせと部屋に籠るしか能のないモニカとは経験値が違うのだ。
それがまた偉そうに滲み出ているのが、モニカには腹が立つんだろう。
ようやく、クリフォードが姿を表して、その後からカルディナも入ってきた。
アダムとカレンには戻らないように伝えたのだろう。
入ってきたのはふたりだけ。
「クリフォード、知ってる?
このひと、わたしに部屋を譲れと言ってきたわ!」
口では叔母様と言っても、心のなかでは『このひと』と母を呼んでいたらしいモニカの本心に触れて。
母が辛そうな顔をした。
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