上 下
86 / 112
第2章 いつか、あなたに会う日まで

35

しおりを挟む
 それから、わたしは事務室から、祖父に電話を入れた。
 アーネストさんが出たので『重要案件、大至急です』とだけ言うと、折り返して電話をくれると仰った。
 10分後に祖父本人から電話を貰えたので、簡単にサイモンのことを説明した。


 祖父は直ぐに了承してくれた。
 妹も一緒だな?と念押しをされ、列車に乗る前に必ずサイモン本人から電話連絡させることを約束して切った。
 電話料金を発払いにしてくれたか確認はしなかったけれど、わたしの貧乏性を知っている祖父に抜かりはないだろう。


 隣ではサイモンがクララの退院手続きを、サーラさんと行っていた。
 詳しく説明しなかったのに、サーラさんは迅速に書類を手渡していく。
 年長さんの女の子に連れられてクララが入室してきた。
 彼女が手にしていたのは、悲しいくらい小さなバッグだ。


 次にわたしはノックスヒルに電話して母を呼び出した。
 母には時戻しの話無しで、悪い大人から祖父の家に匿って貰う兄妹が居るから、駅までモンドに送って欲しいと伝えた。
 それだけしか言わなかったのに母は了承してくれて、クララの年齢を聞かれた。
 どうしてか、と尋ねたら。


「明日は日曜日よ。
 ムーアの家に小さい女の子の服は用意出来てるか不安ね。
 貴女の子供の頃の洋服で綺麗なままのがあるから、2着ほど持っていかせるわ」

 女の子の洋服なら、ケイラ伯母様の百貨店があるから、と余計なことは言わない。
 母はきっと、駅まで送るだけじゃなくて、何かしたいのだ。
 17歳と8歳の兄妹を助けたいと思う大人は、サイモンが思っているより多いのだから。


 モンドが来てくれるまで、まだ時間がある。
 サーラさんからメモを貰って、2つの電話番号を書いた。
 ①と記した番号から説明をする。


「これは祖父の番号です。
 大抵、アーネストさんと言う男性が出ます。
 もし、通じなかったり、他の人が出たら、そのまま切ってください。
 それから②は伯父のゼインの番号です。
 この3人の誰かと連絡が取れたら、先輩が決めた合言葉を伝えてください。
 それが言えるかで迎えに来た人が祖父の使いなのか、分かります。
 この3人以外で信用していいのは、フィリップスさんという方ですので」

「随分用心するんだな」

「先手を打てていると思っても、慢心はしないでいましょう」

 侯爵には黒魔法士がついている。
 これはオルだって知らなかった。
 用心しなくては、この先はどうなるか分からない。
 経過が変われば結果は変わるのだから。



 モンドが来てくれた。
 何度も往復させて申し訳ないな、と思っていたら、二頭立て馬車で両親が乗っていた。
 ふたりを列車にのせるまで、責任を持って見送ってくれるらしい。
 父にオルについてお礼を言うのは戻ってからにした。
 母が小さなクララに微笑んだ。


「駅の女子トイレは気を付けなくてはいけないの。
 クララちゃんをひとりでは行かせられないでしょ?」


 馬車に乗る前に、サイモンがわたしに13年後についてもうひとつだけ聞きたいことがある、と小声で言った。
 彼には時戻しのことを誰かに話したら、魔法士の呪いが3代に渡って降りかかる、と脅している。
 後日でいいから、と懇願するようにサイモンに言われた。 


 馬車に乗った彼は、また泣きそうな顔をしていた。


「キャンベル、恩に着る。
 ありがとう」

「はい、また王都でお会いしましょう」


 これで、サイモンとの悪縁は切れたかな。
 今回は、貴方に。
 おとといきやがれは、言わなくていいみたいだ。


 ◇◇◇


 デイビス兄妹を乗せた馬車を見送って、先月のようにお手伝いを申し出た。
 駅からの帰りに、寄ってくれるようにモンドに頼んでいる。


 オルもクララも居なくなったけれど、受け入れてくれるならこれからもここに来たい。
 隣で同じ様に見送っていたサーラさんがわたしの方に顔を向けた。


「例のお話、あれから他の方とも話し合って、神父様にもご相談して。
 先月のケーキを持ってきてくださった奥様からもお話を聞きました」


 例の話……ノックスヒルでのお菓子教室の話だ。


「先程のムーア様との電話のやり取りを失礼ながら、聞かせていただきました。
 子供達の将来は自分で決めて貰うことにしました。
 先にあれこれ心配して、彼等を守ろうとするのではなく。
 何かあれば助けてあげられればいい、と思いました。
 打ち明けてくれる環境を、大人が整えればいいんですよね。
 そのままムーアで働きたいと希望する子もいるでしょう。
 お祖父様にどうか……どうか、よろしくお願いいたします、とお伝えくださいませ」

 頭を深く下げられて、こちらが焦ってしまう。
 わたしはただ提案しただけだ。
 子供達のために実働してくれるのは大人だ。


「詳細は奥様と決めていきます。
 お嬢様にはお礼を申し上げたかったのです」


 先月にサーラさんが母とこのことについて話していたのなら、おそらく母からも祖父は頼まれていたのに、わたしには何も言わなかった。
 だけど、けじめとして、改めてわたしからお願いしようと思った。


 それから、先月と同様にリネン班に混ぜて貰って、ベッドメイキングに勤しんだ。
 マーサは、気分が悪いと医務室でふて寝をしていた。
 さすが仮の従姉妹同士、モニカと拗ね方が同じだ。

 夕食の下拵えについて、サーラさんにこちらから打診をすると、有耶無耶な返事をされた。
 料理を教えてと頼んだ時のシェフの反応と同じ……
 これは母からわたしの料理の腕を聞かされている?



 先月、わたしは卵料理制覇の第1歩として茹で玉子を、時計を睨み付けながら攻略したのに。
 堅茹で、半熟、腕時計さえあれば、どこでだって自在に出来る。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

黒の創造召喚師

幾威空
ファンタジー
※2021/04/12 お気に入り登録数5,000を達成しました!ありがとうございます! ※2021/02/28 続編の連載を開始しました。 ■あらすじ■ 佐伯継那(さえき つぐな)16歳。彼は偶然とも奇跡的ともいえる確率と原因により死亡してしまう。しかも、神様の「手違い」によって。 そんな継那は神様から転生の権利を得、地球とは異なる異世界で第二の人生を歩む。神様からの「お詫び」にもらった(というよりぶんどった)「創造召喚魔法」というオリジナルでユニーク過ぎる魔法を引っ提げて。

処理中です...