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第2章 いつか、あなたに会う日まで
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「早い話が、サイモンはまだセドリックから自分の役割を教えられていない。
単に、死んだ息子に似ているからと遠縁の男の家に引き取られて、その名前で生きていかなくてはならなくなって。
居心地が悪いから、家を出ているようだ」
「……初対面のじぃじにそこまで、ぺらぺら話したんですか?」
夕食後に祖父に電話をした。
もちろん着払いで。
どんな非常事態でも、わたしの身に染み付いている母の教えだ。
「……あー、あいつから聞いた話に若干補完した。
まあ、聞いたのは両親が順番に死んで、地元の親戚は誰も引き取ってくれなくて。
妹と入れられた孤児院が酷くて、現れた遠縁だと名乗る男に妹も一緒でいいからと言われて、その話に飛び付いた。
でも、なんとなく気持ちが悪いから家を出た、だけだ」
それだけでも、人見知りのシドニーがそこまで話したの!と驚くけれど。
これは判明した調査結果で、かなり補完しているわね。
「さすがに本名は名乗らなかったし、どこの出身かも言わなかったがな。
だが、血の繋がりのない家に引き取られて、どうにも信用出来なくて、妹を地元に返した、と言っていた」
「地元に、って……セントハーバーに戻ったってクララも死んだことになってて、籍は抹消されているし。
クララもハイパーの籍に入れられているのなら、どこにも……」
「侯爵はサイモンにどう言ったのか分からんが、クララを自分の養女にする気はなくて、彼女の籍などどこにもない。
クララは当時3歳で、5歳以下の子供の人権なんか、サイモン以外誰も気にしない」
「……兄のおまけで連れてきて、放ったらかしですか……
クララをクレイトンの孤児院に預けたことは話さなかったんですね?」
「完全に私を信用していないからな。
大切な妹の居所までは話さんだろ。
とにかく、妹と暮らせるように金を貯めている、と」
あぁ、これは。
祖父の弱い部分をサイモンは知らずに知らずに突いている。
祖父は大叔父の大学の学費を朝から晩まで働いて、稼いだ人だ。
兄弟系統の話をされると弱いのだ。
それとなくクレイトンの果物の話から領地へ行ったことはあるか、と尋ねたら、何度も行ったことがあると領地を絶賛していたらしい。
何度も行くのはクララに会いに行っているのだろうけれど、クレイトンを絶賛?
「バーナビーの親父があいつを気に入ってて、何度か一緒にクレイトンへ日帰りで連れて行ってたらしい。
大学を卒業したら、商会に就職させるつもりだろうな。
そこで農園で働く元孤児達が自分達が育ってきた環境を話すのを聞いて、クレイトン伯爵は凄い。
あれだけ孤児院にお金をかけてくれる領主は居ない、とさ」
確かに。
昼食を食べ損なったとは言え、おやつでもない時間にビスケットを自由に食べられる、ってちょっと珍しい気がする。
バーナビーの親父と言うのは、バーナビー商会の会頭さんで、多分ムーアの代わりに契約を結んでくれた方だ。
祖父とは大変仲がいいが、家族が妹以外居ないと聞かされて、サイモンに目をかけているのなら、バーナビーさんも祖父同様に兄妹話に弱いんだな……
「……まあ、それで妹を預けたんじゃないか。
来年の夏、2週間もクレイトンへ行ったのをセドリックが疑って、クララがあの孤児院に居ることを知られて、それをネタに脅されて協力することになるんだろうな」
お金を使わずにクララに会いたくて、2週間もノックスヒルをホテル代わりにするから、侯爵に調べられたのね。
サイモン、脇が甘すぎる。
「お前のこともここで働いているのは、クレイトン伯爵家は福祉を手厚くし過ぎて、本当はお金に苦労しているんじゃないか、と心配していた」
キャンベル家にとって贅沢は敵だけれど、無駄遣い以外ならお金は自由に使えるし、食べるものは口に出来ているし、使用人も働いて貰っている。
この状態を苦労している、とは絶対に言えない。
「貧乏性が身に付いている娘だと答えておいた」
電話料金を気にするのは、貧乏性?
……わたしのじぃじは、モニカ同様に匂わせるひとだった。
「直接サイモンに会ったのは、共犯かどうか確認しようとしてですか?
もう侯爵と黒魔法士の繋がりが判明したんですか?」
「黒魔法士はグーテンダルクの庶子のヨエル・フラウだった。
兄の毒殺か、ヒルデとの婚約か、どちらが先かは分からんがな。
グーテンダルクから流れる金を山分けするために、黒魔法で当主を操っていたのかも知れん。
この件はもうお前の手を離れているから、気にするな」
そうピシャリと言われて、電話を切られた。
グーテンダルクは死んだシドニーの婚約者の家だ。
そこに魔法士が生まれていて、侯爵と手を結んでいた?
お前の手を離れているから?
はぁぁ? と言いたくなるが、祖父から撥ね付けられたら、もう関わってはいけないレベルになった、ということだ。
全部が落ち着くまで、もう祖父からこの話は聞けないことは決定事項だ。
モヤモヤするが、祖父は決めたら翻さない。
わたしはおとなしく諦めた。
単に、死んだ息子に似ているからと遠縁の男の家に引き取られて、その名前で生きていかなくてはならなくなって。
居心地が悪いから、家を出ているようだ」
「……初対面のじぃじにそこまで、ぺらぺら話したんですか?」
夕食後に祖父に電話をした。
もちろん着払いで。
どんな非常事態でも、わたしの身に染み付いている母の教えだ。
「……あー、あいつから聞いた話に若干補完した。
まあ、聞いたのは両親が順番に死んで、地元の親戚は誰も引き取ってくれなくて。
妹と入れられた孤児院が酷くて、現れた遠縁だと名乗る男に妹も一緒でいいからと言われて、その話に飛び付いた。
でも、なんとなく気持ちが悪いから家を出た、だけだ」
それだけでも、人見知りのシドニーがそこまで話したの!と驚くけれど。
これは判明した調査結果で、かなり補完しているわね。
「さすがに本名は名乗らなかったし、どこの出身かも言わなかったがな。
だが、血の繋がりのない家に引き取られて、どうにも信用出来なくて、妹を地元に返した、と言っていた」
「地元に、って……セントハーバーに戻ったってクララも死んだことになってて、籍は抹消されているし。
クララもハイパーの籍に入れられているのなら、どこにも……」
「侯爵はサイモンにどう言ったのか分からんが、クララを自分の養女にする気はなくて、彼女の籍などどこにもない。
クララは当時3歳で、5歳以下の子供の人権なんか、サイモン以外誰も気にしない」
「……兄のおまけで連れてきて、放ったらかしですか……
クララをクレイトンの孤児院に預けたことは話さなかったんですね?」
「完全に私を信用していないからな。
大切な妹の居所までは話さんだろ。
とにかく、妹と暮らせるように金を貯めている、と」
あぁ、これは。
祖父の弱い部分をサイモンは知らずに知らずに突いている。
祖父は大叔父の大学の学費を朝から晩まで働いて、稼いだ人だ。
兄弟系統の話をされると弱いのだ。
それとなくクレイトンの果物の話から領地へ行ったことはあるか、と尋ねたら、何度も行ったことがあると領地を絶賛していたらしい。
何度も行くのはクララに会いに行っているのだろうけれど、クレイトンを絶賛?
「バーナビーの親父があいつを気に入ってて、何度か一緒にクレイトンへ日帰りで連れて行ってたらしい。
大学を卒業したら、商会に就職させるつもりだろうな。
そこで農園で働く元孤児達が自分達が育ってきた環境を話すのを聞いて、クレイトン伯爵は凄い。
あれだけ孤児院にお金をかけてくれる領主は居ない、とさ」
確かに。
昼食を食べ損なったとは言え、おやつでもない時間にビスケットを自由に食べられる、ってちょっと珍しい気がする。
バーナビーの親父と言うのは、バーナビー商会の会頭さんで、多分ムーアの代わりに契約を結んでくれた方だ。
祖父とは大変仲がいいが、家族が妹以外居ないと聞かされて、サイモンに目をかけているのなら、バーナビーさんも祖父同様に兄妹話に弱いんだな……
「……まあ、それで妹を預けたんじゃないか。
来年の夏、2週間もクレイトンへ行ったのをセドリックが疑って、クララがあの孤児院に居ることを知られて、それをネタに脅されて協力することになるんだろうな」
お金を使わずにクララに会いたくて、2週間もノックスヒルをホテル代わりにするから、侯爵に調べられたのね。
サイモン、脇が甘すぎる。
「お前のこともここで働いているのは、クレイトン伯爵家は福祉を手厚くし過ぎて、本当はお金に苦労しているんじゃないか、と心配していた」
キャンベル家にとって贅沢は敵だけれど、無駄遣い以外ならお金は自由に使えるし、食べるものは口に出来ているし、使用人も働いて貰っている。
この状態を苦労している、とは絶対に言えない。
「貧乏性が身に付いている娘だと答えておいた」
電話料金を気にするのは、貧乏性?
……わたしのじぃじは、モニカ同様に匂わせるひとだった。
「直接サイモンに会ったのは、共犯かどうか確認しようとしてですか?
もう侯爵と黒魔法士の繋がりが判明したんですか?」
「黒魔法士はグーテンダルクの庶子のヨエル・フラウだった。
兄の毒殺か、ヒルデとの婚約か、どちらが先かは分からんがな。
グーテンダルクから流れる金を山分けするために、黒魔法で当主を操っていたのかも知れん。
この件はもうお前の手を離れているから、気にするな」
そうピシャリと言われて、電話を切られた。
グーテンダルクは死んだシドニーの婚約者の家だ。
そこに魔法士が生まれていて、侯爵と手を結んでいた?
お前の手を離れているから?
はぁぁ? と言いたくなるが、祖父から撥ね付けられたら、もう関わってはいけないレベルになった、ということだ。
全部が落ち着くまで、もう祖父からこの話は聞けないことは決定事項だ。
モヤモヤするが、祖父は決めたら翻さない。
わたしはおとなしく諦めた。
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