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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 食後、祖父の書斎に通された。
 寮の門限は親族と一緒の時に限り、21時まで延長されるが、あまりゆっくりもしていられない。

 時間が惜しくて祖父に書斎で、とわたしから頼んだ。
 こんな時、性格がせっかちと言われる祖父は話が早い。
 前置きに時間をかけない。


「シドニーの本名は、サイモン・デイビス。
 出身は南部のセントハーバーで、侯爵家のバーバラ夫人の遠縁の、遠縁の孫だ。
 祖父の代で爵位を返上しているから、早い話が今は平民で、侯爵家の当主セドリックとは全く血の繋がりはない」


 デイビス……金髪の人懐こい女の子の笑顔が思い浮かぶ。
『お兄ちゃんが迎えに来る』と教えてくれた、クララ・デイビス。
 シドニーが大切にしていた、ガタガタの花が刺繍されていたハンカチ。
 


「エドワーズの次男の本物のシドニーは10歳前後で亡くなったが、その届けをセドリックは出さなかった。
 この時点でハイパー家の財産は減り続けていて、シドニーの婚約者のヒルデ・フラウ・グーテンダルクの実家から多額の借金をしていたからだ。
 貴族なんて大体は、次男は嫡男のスペアくらいにしか思っていない連中だから、きちんと弔わなくても心が痛まないんだろう。
 遺体をどうしたかは、考えたくないな」


 わたしも、考えたくない……
 返済から逃れるために、息子の死を隠した侯爵夫妻はクズ中のクズだ。


「息子が死亡したことで婚約白紙となり、それまでの借金を返済しなくてはならないから、ですね?」

「息子と同じ年頃、同じ金髪碧眼のサイモンを探し当てたセドリックは、さすがに直ぐには引き取ることが出来ずに、息子は病気療養中だとして、婚約者の両親にはある程度の年齢、つまり本人の面影が曖昧になるまで会わせないように画策した」

「面影が曖昧に、ってそんなことが可能でしょうか? 
 それまでの初等学校の同級生はシドニーの顔を覚えていますよね?
 療養なんて逃げても、婚約者ならいくらでも会いに行けるじゃないですか?」

「シドニーは病弱だったようで、初等には通学せずに家庭教師を雇っていた。
 ヒルデの実家のフラウ家は、この国の貴族ではない。
 だからこそ、没落しかけたエドワーズと、名門と言うだけで婚約が結ばれたのだ。
 それに、このグーテンダルクの方も結構キナ臭い。
 乞われるままに金を融通していたのには、何かしら裏があるだろうな。
 だが、これ以上婚約について調べることは必要なしと判断した。
 ……火災によりフラウ家は全員死亡して、セドリックの悩みの種の借金は消えた」

「……」

「普通ならこれで、息子の偽者を引き取る理由は無くなるが、中等入学のタイミングで引き取ったサイモンは健康で、期待以上の容姿をしていた。
 こいつは使えると判断したセドリックは次の寄生先を見つけるために、友人のゲインの息子に学院内での監視役をさせていたようだ」

「シドニー……、サイモンですね、彼の本当のご家族は?」

「両親は既に亡くなっていて年の離れた妹がひとり居るが、この妹は……
 ジェリ、お前もう会ったか?」


 また、表情に出ていたようだ。


「クララ・デイビスがサイモンの妹なら、会いました。
 お兄ちゃんが迎えに来るのを待ってる、と言っていました」

「妹にとってはあいつはいい兄なんだな」



 借金一掃の、火災による一家死亡は、侯爵が手を下したのに違いない。
 どうしてこんな犯罪者が野放しになってるの!


「早く警察に……」

「今の時点で、逮捕はさせない」

 耳を疑った。
 セドリック・ハイパーは、悪魔のような男だ。
 どうして祖父は警察に駆け込まないの?


「私は毒の出所の調べがつくまでは、と考えている」

「毒って、モニカの?」

「そうだ、領地に引きこもっていたあの女が、自力で毒を入手出来たはずはない。
 セドリック自身もスペアで、侯爵家嫡男の兄は2ヶ月寝たきりになって死んでいる。
 十中八九、兄に使った同じ毒をセドリックから渡されたサイモンが、8年間手元に置いていたのだと思う」

「……」

「ジェリが1年以上容態が安定していたのは、オル何とかが魔力を流し続けてくれていたお陰だ。
 だが魔法庁のお偉いさん達が集まって1年以上かけても、お前を解毒出来なかった。
 8年経っても不変の毒、考えられるのは黒魔法士が生成した毒だ」


 黒魔法士は、魔法学院をドロップアウトした外れ者。
 彼等はお金で、その魔力を売る。
 侯爵家の借金の始まりは、ここからだろうか。


「お前は時戻しについて誰にも話してはならない、と制約を受けていない。
 なら、話して貰った私もそうだろう?
 これから、セドリックと黒魔法士の繋がりを暴いて、それを手土産に魔法庁と王城に食い込むつもりだ」

「やめてください!
 あちらに黒い魔法士が付いてるなら、じぃじが心配だわ」

「心配するな、あいつらがクレイトンに乗り込むまで、後3年ある。
 それに、お前の白魔法士の言葉を信じるなら、13年後にあいつらがどうなっているのかも知っている」

「それは、これからの……」

「これは有利にことが運べる。
 こちらが先手を打てるんだぞ?
 時代を無視して貴族を優遇する陛下に、腐りきった特権階級の現実を知っていただくいい機会だ。
 何しろ、13年後も私が無事に生き延びている、と教えてくれたのはジェリだ」

「わたしが時戻しをした時点では、です!
 経過が変わると、結果はどうなるか分からない、とオルは言っていました!
 じぃじが変わらずに生きていても、リアンのように身体が不自由になってるかも知れないし、ヒルデの実家のようにホテルや店が放火でもされたら?」
 


 あのシドニーが犯罪の片棒を担ぐなんて、信じたくない。
 わたしは何て人を見る目が無かったんだろう。
 あんな男に憧れていたなんて。


『避暑に行かせてくれないかな?』

『迷惑じゃなければ、ジェンの思い出話とか?
 案内しながら教えてよ』


 
 言われるままに、ノックスヒルに悪魔を招き入れたのはわたしだった。

 クレイトンをあんな状態にするのはモニカではなくて、わたしだった。

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