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第2章 いつか、あなたに会う日まで

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 シーズンズの初出勤の9月第2土曜日。
 わたしは早朝に目覚めた。
 緊張してよく眠れなかった。


 1回目も含めて、働くのはこれが初めて。
 キャンベル家には余分なお金はなかったが、生活費は毎月きちんと振り込んでくれていたし、大学は祖父が希望した学部を選んだので、学費はムーアから出ていた。
 住んでいたフラットも祖父が家賃を支払ってくれていて。

 要するに贅沢は出来なかったけれど、苦労知らずのお嬢さんだったのだ。
 わたしは口は良く回るが、それだけの小娘で。
 仕事でちゃんと頭は回せるのか?
 全く自信はなかった。



 従業員の皆さんへの挨拶が終わり、既にお客様が行列を形成し始めていたので店外へ出ようとすると、ベイカーさんに呼び止められて謝られた。


『説明の順番を間違えました』と仰る。
 行列の整理と事前に注文を受けるのは、2ヶ月後からで。
 9月と10月は『品出し』を主にして欲しい、と言われた。
 それは、売場の商品の補充の仕事だった。
 それをすることによって、商品の名前を覚え、必ず売れる定番商品や今何が売れ筋なのかを知ることが出来る、らしい。

 良く考えたら、その通りだと思った。
 今のわたしはシーズンズの商品を何も分かっていなくて、こんな状態でお客様と直接やり取りをするのは無謀な話だ。
 2ヶ月間はお客様と商品の動きを観察して、速やかに補充に努める。
 その日は生ケーキのショーケースと焼き菓子を並べたコーナー、厨房内で2つに分かれている生場、焼き場、との往復を何度も何度も繰り返した。


 退勤時間の17時が近付いた頃、ずっと奥のオフィスに居たベイカーさんが現れた。


「初日、ご苦労様でした。
 ご想像されていたより、きつかったでしょう?」

「お疲れ様です。
 大丈夫です、来週もよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね、キャンベルさん」


 ここではキャンベルと呼んでください、と皆さんにもお願いをしていた。


「後は配送が来ているので、厨房の者と一緒に受け取りをして、注文書と納品数を付き合わせて、合っていたらサインをしてください。
 運び入れるのは彼に任せればいいので、キャンベルさんはサインだけでいいですよ。
 そのまま退勤してください」


 ベイカーさんには大丈夫だと答えたけれど。
 足が痛くてたまらなかった。
 張り切ってお洒落な靴を履いてきてしまった。
 来週からはもっと楽な靴を履かなくっちゃ……


 売場の皆さんにも退勤の挨拶をして、厨房の裏口へ回った。
 既に、厨房担当者が荷馬車で配達されてきたフルーツを確認していた。
 それは見覚えのある木箱だった。
 クレイトン名産の果物が詰まっていて、伯爵家の紋章が焼き印されている。


 ……そうだった、この頃は、シーズンズやクリスタルホテルに納品していたし、百貨店のフルーツ売場に並んでいたんだ。


 憎い、と思っていた。
 両親とリアンは襲われた。
 領地も領民も、クレイトンの全てが嫌になった。
 取引停止は当たり前だ、と。


 だけど……この懐かしい木箱を見ると、息をするのも苦しくて。
 寂しい気持ちで胸はいっぱいになった。


 領民全員が、モニカを求めていた訳じゃない。
 教会で囲まれた時、両親に協力していた彼等も止めようとして混乱したのだとフィリップスさんは言っていた。

 そんな現伯爵派も巻き込んで苦しめた取引の停止だっただろう。
 嫡男の身体を不自由にした領地を、あののほほんとした父が見限った……


 今回のやり直しで、彼等との関係は改善されるのだろうか?
 今度こそ、わたしはクレイトンのために動くことが出来るだろうか?


 わたしに気付いた厨房の方が軽く会釈をされたので、背を向けていた配達してきた男性がこちらを振り返った。



 粗末な服装をしたシドニー・ハイパーだった。


 わたしも驚いたが、彼はそれ以上だったのだろう。
 青い瞳が見開かれて。
 今回の、周囲のもの全てを小馬鹿にしていた暴君王子の仮面が外れた瞬間だった。
 シドニーは食堂の時のわたしと同じ様に、慌てて顔を背けた。


 立ち直ったのは、わたしが先だった。


「ご苦労様です。
 納品確認します」


 注文書を受け取って、数量が合っているかの確認をする。
 問題がなかったので受領欄にサインをして、頭を下げて更衣室に急いだ。


 シドニーは無言だった。


 わたしも動揺が顔に出ていただろうか。
 サインする手が震えた様な気がする。
 いくら経済的に問題があっても。
 侯爵令息のシドニーが?
 今回は何かあって?

 それとも前回も彼は、隠れて働いていたの?
 もし、そうならクレイトンの果物がシーズンズに納品されていることを知っていたはずだ。
 自分が配達していたのだから。


 それに少しでも彼の気を引きたくて、わたしは母がムーアの出身だと話した。
 クレイトンへ避暑に来ていた夏、シーズンズの話題も何度か出ていた、と思う。


 自分がモニカを選んで、侯爵家が対立姿勢を示せば、ムーアとの取引がどうなるか位、分かっていたはずだ。
 それなのに、それを父親には教えなかった。


 わたしの気付かない何かが、彼がモニカを選んだ理由にあったのだろうか?

 あれ程しつこく話を聞いて欲しい、と言っていたのは、わたしに惚れられていると自惚れていただけじゃなくて?


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