上 下
61 / 112
第2章 いつか、あなたに会う日まで

10

しおりを挟む
 自分より年下の。
 おそらく12か13歳の。  
 そんな子供相手に、おとなげないと言いたければ言え。


 領主の娘に面と向かって『嘘つき』と罵ったこの少年は、聖女のためなら不敬だって思っていない。
 彼等信者が幼いリアンに心無いちょっかいをかける。
 彼等信者が集まって、3年後にあんなことを仕出かす。
 

 今からこの少年の信仰を止められるとも思わないし、止めようとも思わない。
 わたしがするのは、信者を潰すだけ……

 小憎たらしい少年は下唇を噛んで、わたしを睨んでいる。
 自分でもここまで言うか、と思うけれど。
 もしかして3年後にリアンを突き飛ばしたのは、この少年の手かもしれないのだ。
 わたしはリアンを傷付けた奴等は絶対に許さない。



「車を買ったら、皆あの御者さんにお願いして乗せて貰うといいよ。
 わたしのお父さんは優しいから、嫌だと絶対に言わないからね。
 来年だよ、それまで楽しみに待っててね。
 それから君は馬車でさえ贅沢だと言うんだから、車には無理して乗らなくてもいいよ」
 
 車と聞いて、子供達の興奮は最高潮だ。
 わたしに噛みついた少年を除いて。
 もう一人の信者少年も目の輝きがさっきと変わった。


 二頭立て馬車でさえ、贅沢だ、とこの少年は言った。
 その馬車で領内を移動していた領主夫妻を、どんな風に見ていたかはこれで分かった。


 実際に車を主に乗っていたのはモニカだ。
 馬車の振動で気分が悪くなる、と言ってたんだっけ。

 モニカとお出掛けが重なると、両親は車をモニカに譲っていた。
 だから、彼女に接することが多かった専属運転手は雇い主よりもモニカの方に肩入れしたのだ。
 馬鹿馬鹿しい、本当に腹が立つ程、馬鹿馬鹿しい……!




 ……どうして、子供に嫌味を言わないといけないの。
 わたしはこの子の悔しそうな顔を見たくて、時戻しの魔法を掛けられたんじゃない。
 美味しいケーキや見たこともない車で、皆の関心を奪おうとして。
 自分の下劣さに反吐が出る。

 わたしの今の姿を見たら、オルだって呆れて、一生ものの恋も冷めるだろう。
 何より、わたしもわたしが嫌になる。


 リアンにされたことを思えば、怒りで自分を動かせた。
 だけど、この子は弟と同じ様に幼いのに!
 与えられた情報や、目の前で優しく微笑みかけられて。
 この子達は、それを信じただけだ。



 信者達を憎いと思っていた。
 モニカの虚像を信じて馬鹿じゃないの、と。
 だけど、子供達と会って。
 モニカを信じたのも仕方がないと分かった。
 誰がお金を出してるかなんて、重要なことじゃなかった。

 何故なら、実際にこの子達と触れ合うために、あの丘から降りてきたのはモニカだけだった!



「ジェリー、来てくれたの!」

 そこに聖女モニカだ。
 モニカはわたしより少し年下な感じの少女と腕を絡めていた。
 その姿は、女らしさを取り違えていたシアの姿と重なる。
 そうか、わたしがシアに対して素直になれなかったのは、モニカと被っていたからだ、と気付く。


 彼女の姿を見たことで、わたしが自己嫌悪の渦から抜け出せたのは皮肉だ。
 気持ちを立て直して、モニカに笑いかけた。
 わたしが潰したいのは、モニカを信じた彼等じゃない。



「お迎えは二頭立てで来たの……」

「モニカは荷馬車よりこっちの方が好きでしょ?」

 わたしがさらっと明るく言うので、モニカは何も言えないようだった。
 先に乗り込もうとしたわたしの服を、例の女の子が掴む。


「約束!  皆で23人居るの!」

 人数を教えて貰って頷いたわたしを、モニカが怪訝そうに見る。
 わたしは女の子に人差し指を立てて、秘密だと身振りで伝える。


「内緒だよねー」

「だよねー」


 女の子と微笑みあって声を合わせると、『帰るわ』とモニカがいつもより低い声で言った。
 明らかに面白くなさそうなモニカが面白い。
 わたしにはモニカのような匂わせのテクニックはないが、意地悪には自信がある。



 続いてモニカが乗り込んで、モンドが御者席に登ろうとした時、彼女は何かを思い出したかのように窓から顔を出して、見送りの中から腕を組んでいた少女を手招いた。


「言い忘れていたんだけど……
 さっき庇ってくれた時、オルくん、怪我をしたかもしれないの。
 マーサが確認して、手当てをしてあげてね」
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

処理中です...