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第1章 今日、あなたにさようならを言う
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簡単に説明するので、落ち着いて聞いてください、と。
そう言うフィリップスさんも落ち着いていないように見えた。
ノックスヒルのクリフォードから、1時間程前に電話が来た、と話し出した。
クレイトンの教会へモニカを伴ってわたしの家族は日曜礼拝に参列した。
それは毎週のこと。
両親は共に信心深くはなく、王都では礼拝に参加しない方が多かった。
だがここでは、領主夫妻の重要な仕事と割り切り、毎週参加していた。
礼拝前にエドワーズ侯爵夫妻はクレイトンを出立していた。
モニカの婚約者はモニカに告げずに、ひとり始発で王都へ戻っていた。
今日は早朝からフィリップスさんを叩き起こして、両親はモニカへの爵位譲渡の件を依頼していた。
後はその日を待つだけだったが、公にはまだしていなかった。
礼拝終了後、帰ろうとした両親と弟は領民何人かに囲まれた。
全員が『聖女様』の信者だ。
領主家族が領民に囲まれるなど、誰が想像するだろう。
領内の教会の日曜礼拝に、護衛は付けてはいない。
モニカは守られるように、離された。
ひとりが口火を切った。
『モニカお嬢様を王都の貴族に売ったのか』と。
それから、父や母に協力する現伯爵派の領民達も参加して、教会の入り口は大騒ぎになった。
土曜日の午後、駅に到着したモニカを見かけた聖女信者の領民が、早速噂を流していた。
立派な身なりに豊かな髭を持つ男と、周囲を威圧するように顎を上に向けた女。
どう見ても、田舎を馬鹿にしている王都の貴族夫婦だ。
若い男は面白くなさそうな顔をして。
そんな3人に囲まれて、モニカお嬢様は下を向いていらっしゃった。
直ぐにクレイトン伯爵家の運転手が駆け寄って、若い男から荷物を受け取り、車は4人を乗せて走り去った。
いつも皆に愛想よく挨拶してくださるモニカお嬢様なのに、周りを見ない、あのご様子はおかしい。
そこから噂が少しずつ形を変えて。
最後に父に人差し指を突きつけた男は、こう言った。
「お嬢様を望まぬ結婚に追いやる輩が、よくも神の御前で顔をさらせたものだ。
恥を知れ!」
聖女派の男達から母を守ろうと間に入った14歳の弟、フロリアンが突き飛ばされて、教会の石段から落ち、動かなくなった。
クレイトンから一番近い大きな病院は、隣の領地にあった。
そこに運ばれて、外傷の手当ては受けたが、頭と背中と腰を強く打った弟はまだ意識が戻っていなかった。
わたしの身代わりに?
何の罪もない弟を襲ったその事故、いや、傷害事件を聞いて。
始めに頭に浮かんだのは、それだった。
オルが足止めしたお陰で、わたしは腰を打った事故から逃れられた。
もしかして、その身代わりに弟が?
畏れ多いことだけれど、神様は同じ数の生贄を同じ血筋から捧げるようにと思し召している、とまで思ってしまって……
◇◇◇
矢継ぎ早にフィリップスさんの説明と指示が飛ぶ。
「今夜のチケットは、お嬢さんと僕と侯爵家の三流弁護士の分だ。
とにかくペイジ夫人がモニカに、今すぐ爵位を受け取れ、自分達は使用人やノックスヒルの関係者全員を引き連れて、直ぐに王都へ帰るから、後はひとりで好きにしろ、と激昂なさっている。
予定より譲位が早まるかもしれないから、向こうの弁護士も同行させる」
「キャンベル卿も今回ばかりは辛抱はしない、と。
関係した領民を、まとめて告訴する、と決心された」
「ムーア氏は今夜どうしても抜けられない会合がある。
明日一番でクレイトンへ向かい、リアン君の容態が移動可能になり次第、王都の病院に転院させる方針だ」
「僕はこれから父に、今夜の会合に代理で立ち会って貰うように頼みに行くから、ホームで合流しよう。
ヴィオンは駅までお嬢さんと一緒に行き、僕が到着するまでは、絶対に傍から離れるな。
番犬らしく、特に三流からはしっかりガードしてくれ」
「駅に着いたら、中央案内所で僕の名前を出して、チケットを2枚受け取ってくれ。
1枚はお嬢さんの、今夜の分。
もう1枚は3日後の君のチケットだ。
さぁ、お嬢さんは直ぐに準備を!」
また号令を掛けられて、わたしは部屋へと追い立てられた。
荷物なんて直ぐに出来る。
今は、ノックスヒルの皆の様子が、知りたいのに。
リビングのふたりを振り返ったら、フィリップスさんがオルと話をしているのが見えた。
何かわたしには伝えたくないことがあって、内緒でオルの耳に入れてるの?
それを見ただけで、胸が潰れそうになった。
リアン、リアン!
……全部、全部モニカのせいだ!
『聖女様』なんて呼ばれて、さぞや気分は良かっただろう。
だけど貴女の信奉者達がこんな事件を起こしたのよ。
貴女は集まってきた信者達に一言、誤解だと声を上げるだけでよかった。
父達の声は聞けなくても、貴女の御託なら信者に届けることが出来たでしょうに!
どう責任を取るつもり?
モニカと領民に対する怒りで、息苦しさが胸の辺りに渦巻いている。
こんなにどす黒いものに心が占められていくのは初めてだ。
わたしはドレッシングルームで動けなくなって、うずくまってしまった。
もう許容範囲を、越えていた。
そう言うフィリップスさんも落ち着いていないように見えた。
ノックスヒルのクリフォードから、1時間程前に電話が来た、と話し出した。
クレイトンの教会へモニカを伴ってわたしの家族は日曜礼拝に参列した。
それは毎週のこと。
両親は共に信心深くはなく、王都では礼拝に参加しない方が多かった。
だがここでは、領主夫妻の重要な仕事と割り切り、毎週参加していた。
礼拝前にエドワーズ侯爵夫妻はクレイトンを出立していた。
モニカの婚約者はモニカに告げずに、ひとり始発で王都へ戻っていた。
今日は早朝からフィリップスさんを叩き起こして、両親はモニカへの爵位譲渡の件を依頼していた。
後はその日を待つだけだったが、公にはまだしていなかった。
礼拝終了後、帰ろうとした両親と弟は領民何人かに囲まれた。
全員が『聖女様』の信者だ。
領主家族が領民に囲まれるなど、誰が想像するだろう。
領内の教会の日曜礼拝に、護衛は付けてはいない。
モニカは守られるように、離された。
ひとりが口火を切った。
『モニカお嬢様を王都の貴族に売ったのか』と。
それから、父や母に協力する現伯爵派の領民達も参加して、教会の入り口は大騒ぎになった。
土曜日の午後、駅に到着したモニカを見かけた聖女信者の領民が、早速噂を流していた。
立派な身なりに豊かな髭を持つ男と、周囲を威圧するように顎を上に向けた女。
どう見ても、田舎を馬鹿にしている王都の貴族夫婦だ。
若い男は面白くなさそうな顔をして。
そんな3人に囲まれて、モニカお嬢様は下を向いていらっしゃった。
直ぐにクレイトン伯爵家の運転手が駆け寄って、若い男から荷物を受け取り、車は4人を乗せて走り去った。
いつも皆に愛想よく挨拶してくださるモニカお嬢様なのに、周りを見ない、あのご様子はおかしい。
そこから噂が少しずつ形を変えて。
最後に父に人差し指を突きつけた男は、こう言った。
「お嬢様を望まぬ結婚に追いやる輩が、よくも神の御前で顔をさらせたものだ。
恥を知れ!」
聖女派の男達から母を守ろうと間に入った14歳の弟、フロリアンが突き飛ばされて、教会の石段から落ち、動かなくなった。
クレイトンから一番近い大きな病院は、隣の領地にあった。
そこに運ばれて、外傷の手当ては受けたが、頭と背中と腰を強く打った弟はまだ意識が戻っていなかった。
わたしの身代わりに?
何の罪もない弟を襲ったその事故、いや、傷害事件を聞いて。
始めに頭に浮かんだのは、それだった。
オルが足止めしたお陰で、わたしは腰を打った事故から逃れられた。
もしかして、その身代わりに弟が?
畏れ多いことだけれど、神様は同じ数の生贄を同じ血筋から捧げるようにと思し召している、とまで思ってしまって……
◇◇◇
矢継ぎ早にフィリップスさんの説明と指示が飛ぶ。
「今夜のチケットは、お嬢さんと僕と侯爵家の三流弁護士の分だ。
とにかくペイジ夫人がモニカに、今すぐ爵位を受け取れ、自分達は使用人やノックスヒルの関係者全員を引き連れて、直ぐに王都へ帰るから、後はひとりで好きにしろ、と激昂なさっている。
予定より譲位が早まるかもしれないから、向こうの弁護士も同行させる」
「キャンベル卿も今回ばかりは辛抱はしない、と。
関係した領民を、まとめて告訴する、と決心された」
「ムーア氏は今夜どうしても抜けられない会合がある。
明日一番でクレイトンへ向かい、リアン君の容態が移動可能になり次第、王都の病院に転院させる方針だ」
「僕はこれから父に、今夜の会合に代理で立ち会って貰うように頼みに行くから、ホームで合流しよう。
ヴィオンは駅までお嬢さんと一緒に行き、僕が到着するまでは、絶対に傍から離れるな。
番犬らしく、特に三流からはしっかりガードしてくれ」
「駅に着いたら、中央案内所で僕の名前を出して、チケットを2枚受け取ってくれ。
1枚はお嬢さんの、今夜の分。
もう1枚は3日後の君のチケットだ。
さぁ、お嬢さんは直ぐに準備を!」
また号令を掛けられて、わたしは部屋へと追い立てられた。
荷物なんて直ぐに出来る。
今は、ノックスヒルの皆の様子が、知りたいのに。
リビングのふたりを振り返ったら、フィリップスさんがオルと話をしているのが見えた。
何かわたしには伝えたくないことがあって、内緒でオルの耳に入れてるの?
それを見ただけで、胸が潰れそうになった。
リアン、リアン!
……全部、全部モニカのせいだ!
『聖女様』なんて呼ばれて、さぞや気分は良かっただろう。
だけど貴女の信奉者達がこんな事件を起こしたのよ。
貴女は集まってきた信者達に一言、誤解だと声を上げるだけでよかった。
父達の声は聞けなくても、貴女の御託なら信者に届けることが出来たでしょうに!
どう責任を取るつもり?
モニカと領民に対する怒りで、息苦しさが胸の辺りに渦巻いている。
こんなにどす黒いものに心が占められていくのは初めてだ。
わたしはドレッシングルームで動けなくなって、うずくまってしまった。
もう許容範囲を、越えていた。
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