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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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「目の前で自殺なんて、モニカはわたしをどれだけ憎んでるの……」

「憎む、その一言では言い表せない感情を抱えていたのは確かだ。
 連行されたモニカのバッグから遺書が出てきて、俺も見せて貰ったが、君への想いが綿々と綴られて……
 自分中心の世界観に、正直引いたよ」




 エドワーズの者達に囲まれたノックスヒルで、彼女はずっとひとりだった。
 何もすることがないので、忙しそうな夫の社交活動を手伝うと言っても、ただ見た目だけの君は足手まといだ、と王都への同行を断られた。

 シドニーが結婚前に見せた優しさは偽物で、2年もすると閨は勿論、食事さえ一緒ではなかった。
 当然、後継を作るのも夫は協力してくれない。


 もう誰も彼女の話を聞いてくれる者は居なかった。
 無理矢理に呼びつけた友人達に、どれだけ夫から使用人達から冷たくされているかと嘆いて見せても。
 もう誰も同情はしてくれなかった。


 偶に丘から降りて、寂れてしまった街を歩けば。
 かつては『聖女様がこの地を治めるべき』と言ってくれた声が、今ではモニカに聞こえるように、
『ジョージ様とペイジ奥様が戻っていらっしゃらないか』と言う。


 そして王都から帰ってきた夫が珍しくモニカの部屋を訪れた。


「ジェンに会って、愛していると告げたが、断られた。
 これから、俺はここを出る。
 死ぬ前に、この国から出ていく。
 君も好きにしろ」


 モニカは喜んだ。
 今ではクレイトンなんかに愛着はない。
 こんなところには、もう縛られない。
 わたしだって、これからはジェリーのように、好きなように自由に生きるの。

 ジェリーがシドなんかを愛するわけがない。
 だけど、きっと寂しがっている。
 ひとりぼっちは、わたしも一緒。
 また王都で、あの部屋で。
 ふたりで楽しく暮らそう。
 思えば、あの1年が辛いことばかり起きるわたしの人生で1番楽しかった。


 ジェリーは優しいから、わたしを拒否なんかしない。
 だけど、あの時のケンカをまだ覚えていて、嫌だと言われたら。
 ひどいことを言ったのはジェリーだけど、もう許してあげてもいい。

 そこまで折れても、嫌だと言われたら。


 わたしは死にます。
 ジェリーが嫌だと言うから、わたしは死ぬのです。



 モニカの持ち物の中には、そんな内容の遺書と。
 シドニーとふたりでサインした離婚届が入っていた。

 



「領主夫妻がふたりとも、クレイトンを捨てようとしたの?」

「誰にも相手にされないモニカは、最後に君に縋ろうとしたんだ。
 一緒に住むのを断られたら、目の前で死のう、と毒まで用意して」

「だから!どうして、目の前で死ぬの!」

「皆が自分を居ない者のように扱うから。
 君には一生、覚えていて欲しいから、そう供述したよ」


 ◇◇◇


 わたしには分からない。
 どうして自分が死ぬ理由を、人に押し付けるの?
 貴女が断ったから、わたしは死ぬ?
 わたしをずっと覚えていて?

 分からない、分からない、理解したくもない!
 どこまでひとに甘えるの。
 自分の人生は、自分で責任を取らなくてはいけない。
 自殺の理由を責任転嫁しないで!


「離婚前でまだ妻だったモニカが逮捕されても、ハイパーは帰国しなかった。
 誤って毒を飲ませてしまったが、それは給仕のミスがあったから。
 君が命を落とさなかったのは、助けようとモニカがその場で水をたくさん飲ませたからだ、と彼女の弁護士は力説した。
 何より彼女は伯爵家の当主で、君は平民だ。
 女王陛下はこの事件が国民に広まらぬように、裁判ではなく示談で、と示されて。
 領地お預けの軽い処分の提示を、俺の主とオーウェンが一生出ることを許されない王国最果ての精神病院に入れるように尽力してくれて。
 病院では若くて健康でおかしなモニカは医療の未来のために、開発途中の精神薬の治験や、実験的な治療法の臨床データ収集の協力をすると、同意書にサインさせられていた」

「……クレイトンはどうなったの?」

「最終的に爵位は返上、クレイトンは王領になった。
 王家としては誰かに褒賞として下賜したいが、誰だって辞退したいだろう。
 寄生するつもりが見誤っていた侯爵家はモニカと距離を取ってたけど、婿入りした次男は出奔して、無関係だと逃げ切れなくて、追われるように領地へ引っ込んだ」


 わたしを愛してくれているオルや家族や友人。
 彼等以外から見たら、これが最善の落としどころだったのだろう。
 フィリップスさんだって精一杯頑張ってくれた。

 いくら、貴族が斜陽階級と呼ばれていても……
 この国の法律は加害者であっても、未だに貴族を優遇する。




「貴方がここに来るまでの17ヶ月。
 わたしはずっと病院に?」

「魔法庁の一室に、君の部屋を用意して貰った。
 俺が空いている時間、眠る君の側で過ごせるようにね。
 君との部屋は一旦解約して、いつ君が目覚めても良いように俺もそこで寝泊まりしている。
 じぃじには、君を独り占めするなと叱られたけれど、1日の仕事の終わりに、その日のことを君に聞いて貰うのは、それだけは俺の……
 どうしても譲れなくて……」


 やっぱり、さっきは泣いていたんだ。
 ふたりで楽しく料理を作った思い出が溢れた?


『君を失うかもしれない怖さは、骨身に染みてる』


 オルは1年5ヶ月、それをずっと抱えていた。
 子供のように、いきなり泣き崩れたオルの手を握りながら。


 オルがさっき言ったこと、その意味が。
 今、分かった。

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