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第1章 今日、あなたにさようならを言う
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フィリップスさんの脅迫に(御本人はこんなことはしたくなかったと思う)
どうすればいいか、わたしはオルを窺った。
「ディナが俺の名前を言って」
それはとても小さな声。
テーブルを挟んで向かい側に座るフィリップスさんは勿論。
隣のわたしにさえも、聞こえるか微妙な程の、オルの囁き。
え?言ってもいいの?
だったら、どうして自分で言わないの!
「ディナが俺の名前を告げたら、オーウェンはじぃじには何も言わない」
じぃじ!
わたしは人前では祖父のことを、お祖父様と呼んでいたが、ふたりきりの時はじぃじ、と呼んでいる。
オルがそれを知っているのは、じぃじが彼にもそう呼ぶことを許している、ということだ。
次にオルは普通の声量で言った。
「さぁ、ディナ、俺の名前を言えば?
君には黙秘権は無いみたいだし」
「彼の名前は……オルシアナス・ヴィオン、です……」
「ヴィオン、君も素直に答えればいいのに、どうしてお嬢さんに言わせた?」
どうして自分の名前をわたしに言わせたのか。
祖父に言うぞと脅迫してきた本人なのに、フィリップスさんはそれを防ごうとしたオルを理解出来ないようだ。
「俺は狼じゃなくて、忠実な成犬ですよ?
一生このひと、と決めたご主人に自分の名前を呼んで貰えることが喜び、なんですよ」
「……は?」
ぬけぬけと言うオルに、フィリップスさんは呆れたような反応で。
わたしは『一生このひと、と決めた』を聞いて、身体中の血が一気に駆け上がって、顔が熱くなった。
あぁ、そうです、分かっています。
わたしは本当に簡単な女なんです。
「……ジェラルディンお嬢さん、こんな耳当たりのいい言葉を吐く奴は、あまり信用されないように」
そう言う貴方も、わたしを信用させようと結構言ってましたけど……。
「では、ヴィオン、君の名前で情報開示請求をあげる。
この部屋からはいつ退去するつもりだ?」
「貴方が帰られたら、直ぐにでも」
……オルの言葉には迷いは感じられなかった。
本当に3年前に戻る気なのね。
縋るつもりはなかったけれど、オルの気持ちが知りたくて彼の視線をとらえようとした。
だけど金色の瞳は、その視線に気付いてもわたしを見ない。
フィリップスさんに名前を知られて、調べられても平気なのは、今の魔法庁の記録に自分の名前がないからだ。
『今』のオルは13歳。
魔法学院の生徒だと突き止められても、実際のオルはフィリップスさんの知る狼じゃない。
……それに、直ぐにここから立ち去って……居なくなってしまうから。
「明日、またこちらに伺わせていただきます。
その時、まだ彼が居たら。
分かりますね?」
フィリップスさんがわたしに言いたいことは分かった。
明日ちゃんとオルが姿を消していたら、祖父には報告しない、と彼は言ってくれている。
「私は帰ります。
ノックスヒルのお母様が貴女をご心配されています。
電話をして差し上げてください」
「夜に電話を掛けるつもりでした。
でも、もう母はそんなことは気にしないかも」
長距離電話は早朝、夜間、日中の順で料金が安い。
余程の急用でもない限り、ウチに電話を掛けるのは早朝か夜間にするように、と母から言われていた。
小さいことの積み重ねが大きくなる、らしい。
「本日中なら、夜でもいいと思いますよ。
ペイジ夫人はクレイトンを離れるその日まで、頑張られる方ですから、日中に電話をしたら注意されるかもしれませんね?」
母のことを語るフィリップスさんは、本当のことを話してる。
このひとがわたしを見守ってくれていたのは、祖父の依頼があったからだけではなく、わたしがペイジ・ムーアの娘だから、だと分かった。
フィリップスさんは『明日も参ります』と言ったので、この場はお開きとなった。
帰りを見送ろうと立ち上がったオルが、彼に助けて貰った御礼を言うと、フィリップスさんはオルの肩を叩いた。
「たった1日でも、一生ものの恋に落ちることはあるかもしれない。
さっき言った、ジェラルディン嬢を一生このひとと決めているなら、さっさとノックスヒルとムーアに挨拶に行け。
その時はバスローブは脱いで、普通の服装だぞ、パピー」
良いこと言った、と満足気なフィリップスさんを見送った。
今の言葉は多分、本物で借り物じゃないね。
休息日なのに、起き抜けのシドニーの襲来からバタバタしていた。
わたしはティーカップを洗ってくれていたオルに声をかけた。
「お腹が空いたの。
3年前に行く前に、お昼ごはんと、わたしのおしゃべりに付き合って」
どうすればいいか、わたしはオルを窺った。
「ディナが俺の名前を言って」
それはとても小さな声。
テーブルを挟んで向かい側に座るフィリップスさんは勿論。
隣のわたしにさえも、聞こえるか微妙な程の、オルの囁き。
え?言ってもいいの?
だったら、どうして自分で言わないの!
「ディナが俺の名前を告げたら、オーウェンはじぃじには何も言わない」
じぃじ!
わたしは人前では祖父のことを、お祖父様と呼んでいたが、ふたりきりの時はじぃじ、と呼んでいる。
オルがそれを知っているのは、じぃじが彼にもそう呼ぶことを許している、ということだ。
次にオルは普通の声量で言った。
「さぁ、ディナ、俺の名前を言えば?
君には黙秘権は無いみたいだし」
「彼の名前は……オルシアナス・ヴィオン、です……」
「ヴィオン、君も素直に答えればいいのに、どうしてお嬢さんに言わせた?」
どうして自分の名前をわたしに言わせたのか。
祖父に言うぞと脅迫してきた本人なのに、フィリップスさんはそれを防ごうとしたオルを理解出来ないようだ。
「俺は狼じゃなくて、忠実な成犬ですよ?
一生このひと、と決めたご主人に自分の名前を呼んで貰えることが喜び、なんですよ」
「……は?」
ぬけぬけと言うオルに、フィリップスさんは呆れたような反応で。
わたしは『一生このひと、と決めた』を聞いて、身体中の血が一気に駆け上がって、顔が熱くなった。
あぁ、そうです、分かっています。
わたしは本当に簡単な女なんです。
「……ジェラルディンお嬢さん、こんな耳当たりのいい言葉を吐く奴は、あまり信用されないように」
そう言う貴方も、わたしを信用させようと結構言ってましたけど……。
「では、ヴィオン、君の名前で情報開示請求をあげる。
この部屋からはいつ退去するつもりだ?」
「貴方が帰られたら、直ぐにでも」
……オルの言葉には迷いは感じられなかった。
本当に3年前に戻る気なのね。
縋るつもりはなかったけれど、オルの気持ちが知りたくて彼の視線をとらえようとした。
だけど金色の瞳は、その視線に気付いてもわたしを見ない。
フィリップスさんに名前を知られて、調べられても平気なのは、今の魔法庁の記録に自分の名前がないからだ。
『今』のオルは13歳。
魔法学院の生徒だと突き止められても、実際のオルはフィリップスさんの知る狼じゃない。
……それに、直ぐにここから立ち去って……居なくなってしまうから。
「明日、またこちらに伺わせていただきます。
その時、まだ彼が居たら。
分かりますね?」
フィリップスさんがわたしに言いたいことは分かった。
明日ちゃんとオルが姿を消していたら、祖父には報告しない、と彼は言ってくれている。
「私は帰ります。
ノックスヒルのお母様が貴女をご心配されています。
電話をして差し上げてください」
「夜に電話を掛けるつもりでした。
でも、もう母はそんなことは気にしないかも」
長距離電話は早朝、夜間、日中の順で料金が安い。
余程の急用でもない限り、ウチに電話を掛けるのは早朝か夜間にするように、と母から言われていた。
小さいことの積み重ねが大きくなる、らしい。
「本日中なら、夜でもいいと思いますよ。
ペイジ夫人はクレイトンを離れるその日まで、頑張られる方ですから、日中に電話をしたら注意されるかもしれませんね?」
母のことを語るフィリップスさんは、本当のことを話してる。
このひとがわたしを見守ってくれていたのは、祖父の依頼があったからだけではなく、わたしがペイジ・ムーアの娘だから、だと分かった。
フィリップスさんは『明日も参ります』と言ったので、この場はお開きとなった。
帰りを見送ろうと立ち上がったオルが、彼に助けて貰った御礼を言うと、フィリップスさんはオルの肩を叩いた。
「たった1日でも、一生ものの恋に落ちることはあるかもしれない。
さっき言った、ジェラルディン嬢を一生このひとと決めているなら、さっさとノックスヒルとムーアに挨拶に行け。
その時はバスローブは脱いで、普通の服装だぞ、パピー」
良いこと言った、と満足気なフィリップスさんを見送った。
今の言葉は多分、本物で借り物じゃないね。
休息日なのに、起き抜けのシドニーの襲来からバタバタしていた。
わたしはティーカップを洗ってくれていたオルに声をかけた。
「お腹が空いたの。
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