36 / 112
第1章 今日、あなたにさようならを言う
36
しおりを挟む
「事務所に所属せず個人で仕事をさせていただいていますが、弁護士資格はありますよ。
この度、正式に現クレイトン伯爵ご夫妻からのご依頼を受けて、解決までの代理契約を結びました。
示談が成立するまで、関係者同士であるご令嬢と貴方が接触することは、控えていただきます」
如何にも出来る弁護士風にミスターフィリップスは、事務的に言葉を続けた。
そして、言葉を失って立ち尽くすシドニーは用済みのなのか、こちらを見た。
「パピー、だって?
一昨日は君では、なかった」
「一昨日はね、理由があってガキでした。
ディナとの関係は、2年になりますよ」
え、2年、って……
最初の1年半は口説いていただけ、それから付き合って半年で同棲開始した、って言ってたよね?
関係が2年、ってことは、わたし達は同棲して1年半経ってる……んだ?
それを聞いて初めて気付いた。
同棲期間がどれくらいとか、お互いがどこで働いているのかとか。
6歳も離れているわたし達は、どこでどうやって知り合ったのかもちゃんと聞いてなかったな……
わたしは、10年後のわたし達のことを何も知らない……
その年数に反応したのは、言われたフィリップスさんではなくて、シドニーだった。
追い払われてすごすごと帰るのは、彼のプライドが許さないのだろう。
ただただ、最後にわたしとオルに文句をつけたいだけだ。
「嘘だ!
俺は3年、一緒に居たんだぞ!
ジェンにこんな男が居たなんて、あり得ない!」
「先輩がわたしに知られないように、1年間隠れてモニカとお付き合いをしていたように。
わたしも先輩に知られないように、2年間先輩が知らないひととお付き合いをしていたんです」
こんな子供じみた下らないことで、張り合うのは情けない。
だけど、わたしはやり返したかった。
貴方とモニカに1年間隠されていたことなんかに、傷付いていませんよ、と言ってやりたかった。
わたしの方だって、2年隠していたんだから、と。
「そんな……そんな女だったなんてな。
もう話しかけない、キャンベルも俺に話しかけるな」
「望むところだ、おとといきやがれ」
言ってやった!
そうだよ、リーファ。
この言葉は、2度と会いたくない奴に使うのです。
『もう話しかけない、キャンベルも俺に話しかけるな』か。
わたしも、そうして欲しい、と何度も言っている。
他の男性の存在が分かれば、こんなに早く撤収してくれるなら、最初から『部屋には男が居るから、帰れ』と言えば良かった。
ぷんすか怒って帰ったシドニーを見送って、フィリップスさんがシドニーに見せたよりも、もっと怖い顔でわたしを見た。
「貴女のことは、ムーア氏から頼まれて前々から見ていたから、この男性と2年付き合っている、なんて僕には通用しませんよ。
貴女の部屋には入る訳にはいかないので、報告だけならどこかのカフェにでも、と考えていましたが、こう言うことなら、人目のあるところで貴女に説教したくない。
申し訳ありませんが、お部屋に入らせていただきましょうか」
ムーアの祖父から頼まれて?
一昨日の夜も、それで声を掛けてきたの?
フィリップスさんに祖父には知られたくない、なんて話したけれど、報告されて筒抜けだった?
説教する、と宣言されてしまった。
実家が大変な時に男を連れ込んでいる、と思われたか……
優しく庇護してくれたひとからの軽蔑の眼差しは、シドニーに罵られるより、堪えた。
◇◇◇
「取り敢えず、おふたりとも着替えをお願い致します。
連絡しなくてはいけないことも、聞かせていただかなくてはいけないことも、話はそれからです。
早く! 着替え!」
寝間着姿のわたしと腰タオル姿のオルが余程腹に据えかねたのか、部屋に招き入れるなり、フィリップスさんに号令をかけられた。
早く! と追い立てられてドレッシングルームに飛び込んだ。
もう寝間着姿まで見られてしまった。
今更だけど、出来るだけ上品で……と思い、祖父から贈られたワンピースを着た。
そんなわたしに比べて、オルはバスローブを羽織るだけだ。
早くリビングに戻らなきゃと思い、髪を手早く一つ結びにする。
メイクは簡単に、パウダーを軽くはたいて、薄く口紅を引く。
フィリップスさんにオルがどこまで話すのか、分からない。
パピーだと自己紹介はしていたから、魔法士であることは言うつもりなんだろう。
10年後から来た話はするのかしら……
パピーからシア、そしてオルシアナス。
ずっとふたりだけで過ごしていたこの部屋に、ようやく外部の風が入ってきた。
フィリップスさんという、現実の風が。
この度、正式に現クレイトン伯爵ご夫妻からのご依頼を受けて、解決までの代理契約を結びました。
示談が成立するまで、関係者同士であるご令嬢と貴方が接触することは、控えていただきます」
如何にも出来る弁護士風にミスターフィリップスは、事務的に言葉を続けた。
そして、言葉を失って立ち尽くすシドニーは用済みのなのか、こちらを見た。
「パピー、だって?
一昨日は君では、なかった」
「一昨日はね、理由があってガキでした。
ディナとの関係は、2年になりますよ」
え、2年、って……
最初の1年半は口説いていただけ、それから付き合って半年で同棲開始した、って言ってたよね?
関係が2年、ってことは、わたし達は同棲して1年半経ってる……んだ?
それを聞いて初めて気付いた。
同棲期間がどれくらいとか、お互いがどこで働いているのかとか。
6歳も離れているわたし達は、どこでどうやって知り合ったのかもちゃんと聞いてなかったな……
わたしは、10年後のわたし達のことを何も知らない……
その年数に反応したのは、言われたフィリップスさんではなくて、シドニーだった。
追い払われてすごすごと帰るのは、彼のプライドが許さないのだろう。
ただただ、最後にわたしとオルに文句をつけたいだけだ。
「嘘だ!
俺は3年、一緒に居たんだぞ!
ジェンにこんな男が居たなんて、あり得ない!」
「先輩がわたしに知られないように、1年間隠れてモニカとお付き合いをしていたように。
わたしも先輩に知られないように、2年間先輩が知らないひととお付き合いをしていたんです」
こんな子供じみた下らないことで、張り合うのは情けない。
だけど、わたしはやり返したかった。
貴方とモニカに1年間隠されていたことなんかに、傷付いていませんよ、と言ってやりたかった。
わたしの方だって、2年隠していたんだから、と。
「そんな……そんな女だったなんてな。
もう話しかけない、キャンベルも俺に話しかけるな」
「望むところだ、おとといきやがれ」
言ってやった!
そうだよ、リーファ。
この言葉は、2度と会いたくない奴に使うのです。
『もう話しかけない、キャンベルも俺に話しかけるな』か。
わたしも、そうして欲しい、と何度も言っている。
他の男性の存在が分かれば、こんなに早く撤収してくれるなら、最初から『部屋には男が居るから、帰れ』と言えば良かった。
ぷんすか怒って帰ったシドニーを見送って、フィリップスさんがシドニーに見せたよりも、もっと怖い顔でわたしを見た。
「貴女のことは、ムーア氏から頼まれて前々から見ていたから、この男性と2年付き合っている、なんて僕には通用しませんよ。
貴女の部屋には入る訳にはいかないので、報告だけならどこかのカフェにでも、と考えていましたが、こう言うことなら、人目のあるところで貴女に説教したくない。
申し訳ありませんが、お部屋に入らせていただきましょうか」
ムーアの祖父から頼まれて?
一昨日の夜も、それで声を掛けてきたの?
フィリップスさんに祖父には知られたくない、なんて話したけれど、報告されて筒抜けだった?
説教する、と宣言されてしまった。
実家が大変な時に男を連れ込んでいる、と思われたか……
優しく庇護してくれたひとからの軽蔑の眼差しは、シドニーに罵られるより、堪えた。
◇◇◇
「取り敢えず、おふたりとも着替えをお願い致します。
連絡しなくてはいけないことも、聞かせていただかなくてはいけないことも、話はそれからです。
早く! 着替え!」
寝間着姿のわたしと腰タオル姿のオルが余程腹に据えかねたのか、部屋に招き入れるなり、フィリップスさんに号令をかけられた。
早く! と追い立てられてドレッシングルームに飛び込んだ。
もう寝間着姿まで見られてしまった。
今更だけど、出来るだけ上品で……と思い、祖父から贈られたワンピースを着た。
そんなわたしに比べて、オルはバスローブを羽織るだけだ。
早くリビングに戻らなきゃと思い、髪を手早く一つ結びにする。
メイクは簡単に、パウダーを軽くはたいて、薄く口紅を引く。
フィリップスさんにオルがどこまで話すのか、分からない。
パピーだと自己紹介はしていたから、魔法士であることは言うつもりなんだろう。
10年後から来た話はするのかしら……
パピーからシア、そしてオルシアナス。
ずっとふたりだけで過ごしていたこの部屋に、ようやく外部の風が入ってきた。
フィリップスさんという、現実の風が。
2
お気に入りに追加
606
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました
黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました
乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。
これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。
もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。
魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。
私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
黒の創造召喚師
幾威空
ファンタジー
※2021/04/12 お気に入り登録数5,000を達成しました!ありがとうございます!
※2021/02/28 続編の連載を開始しました。
■あらすじ■
佐伯継那(さえき つぐな)16歳。彼は偶然とも奇跡的ともいえる確率と原因により死亡してしまう。しかも、神様の「手違い」によって。
そんな継那は神様から転生の権利を得、地球とは異なる異世界で第二の人生を歩む。神様からの「お詫び」にもらった(というよりぶんどった)「創造召喚魔法」というオリジナルでユニーク過ぎる魔法を引っ提げて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる