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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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「事務所に所属せず個人で仕事をさせていただいていますが、弁護士資格はありますよ。
 この度、正式に現クレイトン伯爵ご夫妻からのご依頼を受けて、解決までの代理契約を結びました。
 示談が成立するまで、関係者同士であるご令嬢と貴方が接触することは、控えていただきます」


 如何にも出来る弁護士風にミスターフィリップスは、事務的に言葉を続けた。
 そして、言葉を失って立ち尽くすシドニーは用済みのなのか、こちらを見た。


「パピー、だって?
 一昨日は君では、なかった」

「一昨日はね、理由があってガキでした。
 ディナとの関係は、2年になりますよ」

 
 え、2年、って……
 最初の1年半は口説いていただけ、それから付き合って半年で同棲開始した、って言ってたよね?
 関係が2年、ってことは、わたし達は同棲して1年半経ってる……んだ?


 それを聞いて初めて気付いた。
 同棲期間がどれくらいとか、お互いがどこで働いているのかとか。
 6歳も離れているわたし達は、どこでどうやって知り合ったのかもちゃんと聞いてなかったな……

 わたしは、10年後のわたし達のことを何も知らない……


 その年数に反応したのは、言われたフィリップスさんではなくて、シドニーだった。
 追い払われてすごすごと帰るのは、彼のプライドが許さないのだろう。
 ただただ、最後にわたしとオルに文句をつけたいだけだ。


「嘘だ!
 俺は3年、一緒に居たんだぞ!
 ジェンにこんな男が居たなんて、あり得ない!」

「先輩がわたしに知られないように、1年間隠れてモニカとお付き合いをしていたように。
 わたしも先輩に知られないように、2年間先輩が知らないひととお付き合いをしていたんです」


 
 こんな子供じみた下らないことで、張り合うのは情けない。
 だけど、わたしはやり返したかった。
 貴方とモニカに1年間隠されていたことなんかに、傷付いていませんよ、と言ってやりたかった。
 わたしの方だって、2年隠していたんだから、と。
 

「そんな……そんな女だったなんてな。
 もう話しかけない、キャンベルも俺に話しかけるな」

「望むところだ、おとといきやがれ」


 言ってやった!
 そうだよ、リーファ。
 この言葉は、2度と会いたくない奴に使うのです。



『もう話しかけない、キャンベルも俺に話しかけるな』か。

 わたしも、そうして欲しい、と何度も言っている。
 他の男性の存在が分かれば、こんなに早く撤収してくれるなら、最初から『部屋には男が居るから、帰れ』と言えば良かった。


 ぷんすか怒って帰ったシドニーを見送って、フィリップスさんがシドニーに見せたよりも、もっと怖い顔でわたしを見た。


「貴女のことは、ムーア氏から頼まれて前々から見ていたから、この男性と2年付き合っている、なんて僕には通用しませんよ。
 貴女の部屋には入る訳にはいかないので、報告だけならどこかのカフェにでも、と考えていましたが、こう言うことなら、人目のあるところで貴女に説教したくない。
 申し訳ありませんが、お部屋に入らせていただきましょうか」



 ムーアの祖父から頼まれて? 
 一昨日の夜も、それで声を掛けてきたの?
 フィリップスさんに祖父には知られたくない、なんて話したけれど、報告されて筒抜けだった?

 説教する、と宣言されてしまった。
 実家が大変な時に男を連れ込んでいる、と思われたか……


 優しく庇護してくれたひとからの軽蔑の眼差しは、シドニーに罵られるより、堪えた。


 ◇◇◇


「取り敢えず、おふたりとも着替えをお願い致します。
 連絡しなくてはいけないことも、聞かせていただかなくてはいけないことも、話はそれからです。
 早く! 着替え!」


 寝間着姿のわたしと腰タオル姿のオルが余程腹に据えかねたのか、部屋に招き入れるなり、フィリップスさんに号令をかけられた。


 早く! と追い立てられてドレッシングルームに飛び込んだ。
 もう寝間着姿まで見られてしまった。
 今更だけど、出来るだけ上品で……と思い、祖父から贈られたワンピースを着た。


 そんなわたしに比べて、オルはバスローブを羽織るだけだ。
 早くリビングに戻らなきゃと思い、髪を手早く一つ結びにする。
 メイクは簡単に、パウダーを軽くはたいて、薄く口紅を引く。


 フィリップスさんにオルがどこまで話すのか、分からない。
 パピーだと自己紹介はしていたから、魔法士であることは言うつもりなんだろう。
 10年後から来た話はするのかしら……



 パピーからシア、そしてオルシアナス。

 ずっとふたりだけで過ごしていたこの部屋に、ようやく外部の風が入ってきた。


 フィリップスさんという、現実の風が。


 
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