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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 この世界には、魔法は確かに存在していて。
 王都にはそれに特化した魔法学院があって、生まれながらに魔力を持った子供達は各地から集められていた。
 学院を卒業した彼等は、魔法士と呼ばれ、特に能力に秀でた魔法士は王族の専属になったりもして、とにかく魔法士はエリートだ。


 残念ながら、キャンベル家にはその能力を持つ者が居らず、わが一族からはひとりの魔法士も生まれていなかった。
 勿論わたしにも、その贈り物は神様から戴けなかった。


 魔力や魔法とは縁が無さすぎて恐れも興味も持たずに、これまでを過ごしてきたわたしにどんなご縁があって、エリートである魔法士の魔女と親友になるのかは想像も出来ないけれど……


 あのふたりの名前や昨夜のサプライズ婚約を、魔女に話したことがあるのだろうか?
 となると、魔女とはとても仲良しだった……んだよね?
 それを証明するために、魔女はモニカ達の名前を出した。
 その後には『昨夜の貴女を助けたくて』と言った。
 一体、何から助けたかったと言うの?


 それを知りたいのに。
 10年後に親友になるはずの魔女は、それ以上は続けて言おうとしなかった。


「貴女があたしをここに置いてくれるなら、話すわ。
 親友相手に取引なんてしたくないけど、仕方ないじゃない?」

「……わかった。
 だけど、落ち着いたら出ていって。
 元居た10年後に戻ってね、そこでわたしと仲良くして」

「今の貴女とも、仲良くさせて?
 手始めにお腹が空いたわ。
 朝食後に続きを話すわね」


 パピーに食べさせようと、ポリッジを作るつもりで材料を買ってきた、と話すと。
 あからさまに嫌そうな顔をされてしまった。
 そして朝食は自分が作ると魔女は言った。
 私達が自炊をする時は、いつも彼女が手料理を振る舞ってくれていたらしい。


 本人が言う通り、料理をし慣れているのか、あるものを確認して、手早くオムレツとポリッジを作ってくれた。
 どちらもすごく美味しくて、ポリッジも、わたしが作るより余程……
 あの嫌そうな顔はわたしの料理の腕を知っているからなのね。


「ディナより、あたしの方が料理が得意だったからよ。
 貴女は部屋のお掃除を担当してくれていたの」

「もしかして、私達同居していたの?」

「……同居してる、わ」


 と、言うことは29歳になっても、わたしは結婚していなかったんだ……
 やはり、わたしはこれからの10年間、将来を共にしたい男性とは巡り会えなかったのだ。
 そうなるかもと想像して、パピーを養子にするのもいいし、なんて思っていたのに、それが現実なのだと知りなかなかにショックを受けている……


「ディナは基本、男には気を許さないお堅いひとでね。
 口説かれても応えることはなかったの。
 だけど、恋人になったら一途で」

「え、10年後のわたし、恋人が居たの?」

「勿論、居たわよ。
 彼と一緒に居る時のディナはとても可愛らしいひとだった」


 そう言いながら、魔女はわたしを抱き締めた。
 いや、だから、いちいち抱き締めなくてもいいのに!
 ……引き剥がそうとしたのに、彼女の抱きかたが優しくて。
 意外にしっくりきて、気持ちよく腕の中に居たのが恥ずかしくて、離れ際に誤魔化すように、無愛想に聞いてしまった。


「……貴女の名前は?」


 今更だが、魔女の名前を知りたいと思った。
 恋人に一途なのに、そのひとと結婚もせず……
 共に暮らしてくれている親友の魔女に、ようやくわたしは尋ねた。


「あたしは……シア、シア・ヴィオンよ」

「シア、昨夜貴女と知り合ったことで、わたしは助けて貰えたの?」

「ディナを足止めして……回避は出来たの」

「……」

「あたしがぶつかってでも、貴女を足止めしたかったのは。
 そうしないと、通りの先で貴女は酔っぱらい同士の喧嘩のとばっちりを受けてしまうところだったからよ」


『酔っぱらい同士の喧嘩は流血を伴う凄惨なものに発展することが多い』とフィリップスさんが話していたのを思い出した。


 パピーがぶつかって来なければ、喧嘩のとばっちりを受けて、わたしも血を流すほどの怪我をするところだったの?

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