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第1章 今日、あなたにさようならを言う
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「もし過去の時間をやり直したいなら、1度だけになるけれど、叶えてあげる」
魔女が妖しく金色の瞳を揺るがせながら、わたしを誘う。
駄目だ、目を見るな!
わたしは慌てて目を瞑った。
助けてくれた御礼だと、魔女は言うが。
訳の分からない誘いに乗るつもりはなかった。
「御礼は要らないし、その服は返さなくていいから。
とにかくここから出ていってください」
「えぇー、どぉしてそんな冷たいこと言うの!
昨夜はあんなに優しくしてくれたじゃない」
「わたしが優しくしたのはパピー。
貴女じゃないの、時戻りの魔女」
「パピーはあたしだって、わかってるでしょ!
それにね、時戻りの魔女じゃないのよ?
時、も、ど、し、よ?」
「申し訳ありませんけれど、戻りだろうが、戻しだろうが、わたしはどっちでもいいんです。
ただ、貴女はパピーとは、ち、が、う!」
女のわたしに色気を振り撒いても無駄なのに、身体をくねらせる魔女にイライラして、お返しに真似して一文字ずつ区切って否定した。
わたしは疲れてクタクタで、ベッドで休みたかった。
この魔女に居座られたら眠れない。
魔力が回復したなら、早く出ていって欲しい。
時戻し、なるものの詳しい内容は聞かなくてもいい。
魔女が魔力を消耗して、子供になってしまった程の危険な魔法に誰がかけられたいと思う?
わたしは思わない。
幼いパピーだから、わたしは保護をしたのだ。
魔法士である魔女は高給取りだ。
裕福ではないが、曲がりなりにもわたしは伯爵令嬢なのでかかった費用を清算してとまでは言わない(カッコ悪くて言えない)が、そんなエリートを学生であるわたしが世話する義理はない。
睨むと、魔女は肩を竦めた。
そんな仕草も、語尾を伸ばす話し方も、本当の姿を誤魔化すために、演じているように思えてならない。
わたしがあの子から離れがたかったのは、頼ってくれたのが嬉しかったんだ。
頼ってくれる小さな存在があったから、ボロボロになっていたのに最低な夜を乗り切れた。
わたしはパピーに必要とされているから、頑張らなきゃ、と……
そんなパピーさえ、本物じゃなかった……
もう勘弁して。
もうひとりにして。
「だって……お金だって持ってないしぃ。
ここじゃ、頼れる人はディナとぉ……後は、あの優しいお兄さんだけよね?」
「……」
「ディナに追い出されたら、あの、フィリップス。
オーウェンだよね……すごくいい匂いのする男。
あの人に頼るしかないのよねぇ」
魔女がフィリップスさんの名前を出したので、驚いた。
パピーだった彼女は、彼にずっと抱かれていてほぼ眠っていた。
フィリップスさんと話をしていたのはわたしだけだったはず。
第一、彼は自分の名前を名乗らなかった。
名刺を渡してきただけなのに。
パピーはいつ彼の名刺を見たの?
「ここを追い出されたら、あたしオーウェンのところに行くわよ?
あの人優しいから、すっごく親身になってくれると思うの。
ディナ、それで良いの?
あたしをあの人に近付けてもいいの?」
「……フィリップスさんのところに行く、って。
今、何処に居るのか、知ってるってこと?」
月曜日に必ず、借りたお金とコートを返します、と言ったわたしに。
頷いたあのひとが名刺に裏書きしたのは、来週の午前中は居る、と教えてくれたお店の名前だった。
あのひとが今日何処に居るのか、わたしは知らない。
「……フィリップスのところに、あたしが行くのはそんなに嫌なの?」
「……」
内心の動揺を隠しきれていなかったのかも。
それを察したのか、魔女のからかうような雰囲気は消えた。
「意地悪を言って、ごめんなさい。
10年後のディナとあたしは……
……貴女は親友だから、嫌われるのはいや」
親友?
わたしと、露出狂の魔女が?
「昨夜は、シドニー・ハイパー・エドワーズとモニカ・キャンベルが婚約をした日……」
会ったことがないはずの。
ふたりの名前を口にした魔女は、呆然としているわたしを抱き寄せて、囁いた。
「昨夜の貴女を助けたくて、時戻しの魔法を自分に掛けて、あたしは10年後からやって来たの」
魔女が妖しく金色の瞳を揺るがせながら、わたしを誘う。
駄目だ、目を見るな!
わたしは慌てて目を瞑った。
助けてくれた御礼だと、魔女は言うが。
訳の分からない誘いに乗るつもりはなかった。
「御礼は要らないし、その服は返さなくていいから。
とにかくここから出ていってください」
「えぇー、どぉしてそんな冷たいこと言うの!
昨夜はあんなに優しくしてくれたじゃない」
「わたしが優しくしたのはパピー。
貴女じゃないの、時戻りの魔女」
「パピーはあたしだって、わかってるでしょ!
それにね、時戻りの魔女じゃないのよ?
時、も、ど、し、よ?」
「申し訳ありませんけれど、戻りだろうが、戻しだろうが、わたしはどっちでもいいんです。
ただ、貴女はパピーとは、ち、が、う!」
女のわたしに色気を振り撒いても無駄なのに、身体をくねらせる魔女にイライラして、お返しに真似して一文字ずつ区切って否定した。
わたしは疲れてクタクタで、ベッドで休みたかった。
この魔女に居座られたら眠れない。
魔力が回復したなら、早く出ていって欲しい。
時戻し、なるものの詳しい内容は聞かなくてもいい。
魔女が魔力を消耗して、子供になってしまった程の危険な魔法に誰がかけられたいと思う?
わたしは思わない。
幼いパピーだから、わたしは保護をしたのだ。
魔法士である魔女は高給取りだ。
裕福ではないが、曲がりなりにもわたしは伯爵令嬢なのでかかった費用を清算してとまでは言わない(カッコ悪くて言えない)が、そんなエリートを学生であるわたしが世話する義理はない。
睨むと、魔女は肩を竦めた。
そんな仕草も、語尾を伸ばす話し方も、本当の姿を誤魔化すために、演じているように思えてならない。
わたしがあの子から離れがたかったのは、頼ってくれたのが嬉しかったんだ。
頼ってくれる小さな存在があったから、ボロボロになっていたのに最低な夜を乗り切れた。
わたしはパピーに必要とされているから、頑張らなきゃ、と……
そんなパピーさえ、本物じゃなかった……
もう勘弁して。
もうひとりにして。
「だって……お金だって持ってないしぃ。
ここじゃ、頼れる人はディナとぉ……後は、あの優しいお兄さんだけよね?」
「……」
「ディナに追い出されたら、あの、フィリップス。
オーウェンだよね……すごくいい匂いのする男。
あの人に頼るしかないのよねぇ」
魔女がフィリップスさんの名前を出したので、驚いた。
パピーだった彼女は、彼にずっと抱かれていてほぼ眠っていた。
フィリップスさんと話をしていたのはわたしだけだったはず。
第一、彼は自分の名前を名乗らなかった。
名刺を渡してきただけなのに。
パピーはいつ彼の名刺を見たの?
「ここを追い出されたら、あたしオーウェンのところに行くわよ?
あの人優しいから、すっごく親身になってくれると思うの。
ディナ、それで良いの?
あたしをあの人に近付けてもいいの?」
「……フィリップスさんのところに行く、って。
今、何処に居るのか、知ってるってこと?」
月曜日に必ず、借りたお金とコートを返します、と言ったわたしに。
頷いたあのひとが名刺に裏書きしたのは、来週の午前中は居る、と教えてくれたお店の名前だった。
あのひとが今日何処に居るのか、わたしは知らない。
「……フィリップスのところに、あたしが行くのはそんなに嫌なの?」
「……」
内心の動揺を隠しきれていなかったのかも。
それを察したのか、魔女のからかうような雰囲気は消えた。
「意地悪を言って、ごめんなさい。
10年後のディナとあたしは……
……貴女は親友だから、嫌われるのはいや」
親友?
わたしと、露出狂の魔女が?
「昨夜は、シドニー・ハイパー・エドワーズとモニカ・キャンベルが婚約をした日……」
会ったことがないはずの。
ふたりの名前を口にした魔女は、呆然としているわたしを抱き寄せて、囁いた。
「昨夜の貴女を助けたくて、時戻しの魔法を自分に掛けて、あたしは10年後からやって来たの」
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