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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 いくら家令のクリフォードが付いていてくれていても、侯爵ご夫妻がお見えになるのに、母だけにすることは出来ない。
 次期伯爵のリアンは、先月14歳になったばかり。
 ……今、父がクレイトンを離れることは避けたい。


 そう考えたら、病院にも警察にも行けなくなった。

 お祖父様のところ……助けて貰いに行く?
 どうする?どうする? 
 咄嗟に頭が回らなくて、次の判断が出来ない。


「こんなに迷惑をかけられているのに。
 この子に関わらなければ、今頃貴女はウチに帰れていたのでは?
 庇ったりしなければ良かった、と後悔していませんか?
 貴女に50ルアも使わせたこの子を、足手まといの邪魔者だとは思わないんですか?」


 このひとだって、臭いもしていて血を流して汚れたパピーを。
 自らのコートに包んで、離さずにずっと抱いているのに。
 それなのに残酷な質問を矢継ぎ早に重ねてくる彼を、わたしは見上げた。


 出来たら、質問はひとつずつ。 
 一問一答でお願いします、と言う代わりに口から出た言葉は……
 モニカがシドニーに、わたしについて断じた言葉。


「邪魔者、って今は一番嫌いな言葉なので、絶対に使わないでください。
 どうしてほっておけないのか、自分でも分からないんです」


 本当にどうしてパピーをほっておけないのか、自分でも分からなかった。
 獰猛な肉食動物の仔が、小さな身体にうるうると濡れた大きな瞳を持つのは、生き抜けるように庇護欲を掻き立てるため、と本当か嘘か不明だけれど聞いたことがある。
 泣き顔でわたしに手を伸ばしてくる小さなパピーを、守りたいと思ったのは庇護欲なの?


 幼い子供だから、守ってあげたい?
 もしかしたら、これが母性本能と言うもの?
 自分にそんなものがあるとは、想像もしていなかったけれど。



 あの、金色の瞳を初めて見た時に、身体に何かが走った気がした。
 あれはパピーから離れられない魔法にでもかけられたのだろうか?
 小説に良く出てくる魅了魔法にでもかけられた?



「母の実家が、貴族街の外れにあります。
 祖父がそこで商売をしていて……
 わたしがこんな時間にトラブルを起こしたと知られたら、同居を余儀なくされます。
 ……病院に行かないで、わたしが面倒を見て、パピーは元気になりますか?」

「その、お祖父様のところには連れて行きたくない、ということですか?」

「……」

「……分かりました。
 これをお渡しします、僕の名刺です」

 彼は器用に、眠っているパピーを抱いたまま、ジャケットの内ポケットから名刺を1枚取り出した。



──オーウェン・フィリップス


 手触りの良い上質の紙を使った名刺には、ただそれだけ。


「貴女の共犯者の名前です」


 元々がそういう性格なのか、それとも冗談でなのか。
 ミスターフィリップスは何かヒーロー的な格好いい台詞を言いたかったのだと思う。

 だから。
 共犯者って?
 わたしは犯罪は犯していませんけど?
 と、言うのは我慢した。
    
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