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第1章 今日、あなたにさようならを言う

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 ふたりに、周りに。
 心の矢を射るように、言葉を放った。

 辺り構わず乱射して。
 それが誰かに刺さったか、なんて確認する余裕はなかった。
 シドニーから、ジェンと呼ばれたことに。
 わたしの身体は指先まで冷え冷えしていたのに、またカッとなってきて。


「さようなら、ハイパー先輩」


 さようなら、さようなら。
 勢いに任せて、シドニーの部屋を飛び出した。
 頭に血が上っていたのに、ちゃんとコートとバッグを掴んで出てきた自分を褒めたい。


 ただ……帰る足を確保していなかった。
 シドニーの部屋がある通称大学通りには、事前に予約を入れてキャリッジを呼ばなくてはいけなかった。
 当然、わたしもパーティーの終了時間を考慮して、モニカと共にお暇する時間に合わせて予約していたが。
 途中でひとりで帰る羽目になってしまって、今から手配は出来なかった。

 同じ王都大学地区と呼ばれるエリアに住んでるとはいえ、わたしの住んでるフラットとシドニーのシェアハウスは、広大な大学構内を挟んでの端と端だ。
 昼間ならまだしも、夜に徒歩で帰宅するのはまず無理だった。


 ……と、言うわけで。
 流しのキャリッジが走っている大学生向けの飲食店が集まっている賑やかなエリアまで、夜道を歩くしかない。
 大丈夫、少しの距離だから、とわたしは覚悟を決めて、夜道を歩き出す。
 そのエリアまでは学生の住む界隈なので、多少お酒に酔ってる人が居ても、同じ学生だし大して怖くはない……はず。



 今でもまだ胸と……喉の辺りに大きな塊が詰まっているようで。
 おまけに目の奥が熱い。
 涙が流れないように、唇を引き結ぶ。


 泣き出せたら気持ちがいいのは分かっている。
 だけど、まだ我慢しろ、しっかりしろ、と自分を奮い立たせる。
 部屋まではもたせたい。
 こんなところで潰れたくはない。
 泣くのは自分のベッドで、と昔から決めている。


 我慢できない、納得出来ない点を頭に思い浮かべた。
 哀しみよりも怒りが自分を動かす原動力になるから、腹が立つところを思い出すんだ。


 モニカとシドニーの婚約について、父や母からわたしにその知らせがなかった、ということは現在の保護者である両親に、モニカは何も言っていない……と、いうことは。
 明日の帰郷は自分ひとりで、と嘘をついている可能性は高い。
 モニカとしては、あわてふためく簒奪者達のみっともない姿を、シドニーや侯爵ご夫妻に見せたかったのかもしれない。
 だけど、絶対に思い通りにはさせてあげないから。
 

 シドニーのご両親であるエドワーズ侯爵ご夫妻の突然のご訪問が、両親を驚愕させる前に、明日の朝一番に電話しよう。
 両親や伯爵家で働いてくれている皆が、ちゃんと物心両方の準備が出来るように。
 クレイトンに余計な連絡はしない、なんて言ったけれど、それを守る義務なんかない。


 わたしはモニカの邪魔をする女なのだ。

 貴女がシドニーにそう言って、怯えて見せたように。

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