上 下
5 / 112
第1章 今日、あなたにさようならを言う

しおりを挟む
 わたしジェラルディン・キャンベルをジェンと呼び始めたのはシドニーだ。


「そろそろ先輩じゃなくて、シドニーでいいよ。
 俺も名前で呼ばせて貰おうかな。
 キャンベルは何て呼ばれてる?」

「あー、えーと、ジェリーです」


 王都の高等学院で知り合って、1年が経とうとしていた頃。
 シドニーが学院を卒業して大学に進学した頃だ。
 彼の方からお互いに名前呼びをしよう、と提案されて、わたしは昔からの愛称の『ジェリー』と答えた。


「そうだなぁ……じゃあ俺はジェンと呼ばせて貰おうかな。
 まだ誰も君をそう呼んでないだろ?
 俺がジェンの一番最初、ってことで、よろしくな?」


 直ぐに受け入れて心を開いてくれた先輩ではなかった。
 シドニーは侯爵家の子息で、見た目も良くて。
 彼は自分を取り巻く条件に惹かれて近付く人間を毛嫌いしていた。
 最初はわたしもそう思われていて。
 凄く線を引かれていた。


 だけど1年経って、普通に友人と扱ってくれるようになって。
『身内』になると、彼は色んな表情を見せてくれるようになって。

『シドニーってクールなひとかと思っていたけれど、単なる人見知りだね』
 そう言ったわたしの髪の毛を、彼は笑顔でくしゃくしゃとかき混ぜた。


 シドニーがわたしをジェンと呼ぶから、王都で知り合った人達は皆、わたしをジェンと呼ぶようになった。

 去年、領地から王都に出てきて、わたしの部屋で同居するようになった従姉のモニカを除いて。
 彼女だけが、わたしをジェリーと呼び続けた。




「ジェリー、そんなこと言うなんて酷いわ」

「今のは君が言い過ぎだ」


 シドニーはわたしの傍らを通り過ぎて、わざとらしくよろめいたモニカを支えた。
 モニカがわたしや家族のことを有ること無いこと話しても庇うのに、わたしがモニカに対してキツいことを言うと、怒るのね。


 愛って気持ちは、そんなに特別なの?
 愛するモニカが言うことは、どんなに可笑しくても受け入れて。
 愛するモニカを攻撃するわたしには冷たく出来る。


『世界中全部を敵に回しても、俺は君を守り続ける』
『誰もが貴方を嘘つきだと責めても、私だけは貴方を信じてる』

 そんな文章や台詞を。
 有り得ない、と皮肉げに嗤ったシドニー・ハイパーだったのに。
 愛は、こんなにも簡単に人を変えてしまう。


 かよわくすがってくるモニカを抱き締めるシドニー。
 リビングに居た何人かが、不穏な雰囲気を察してこちらの様子を見にやってくる。


 帰りたい。

 もうここには居たくない。




しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?

恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...