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第7話 マリオン24歳③

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あれからどうやって、自分の部屋に戻ってきたのか覚えていない。
酔っていたからじゃない。
お酒は既に私の身体からは抜けていた。
カーティス・ブルーベルを、クレアの恋人だと引き合わされた瞬間から。

苦痛と悪寒と空しさと。
色々ごちゃ混ぜな世界に放り込まれたまま、帰路に着いた私だった。

『こちらの事はお気になさらず、おふたりは何処へなりとも』
これ、普通に言えたっけ?
それさえも覚えていない。



『婚約披露パーティーにも絶対に来てね』と、私に抱きつこうとしたクレアを躱したことは覚えている。
『時間も遅いので、送りましょう』と、店の前でカーティスに言われたが、手だけ振って別れたのも覚えている。
治安のいいところを探そう、と笑った17歳の貴方のことも覚えているのに。

忘れる、忘れる、忘れられる。
そう呪文のように自分に言い聞かせながら、通りを歩いて帰ったんだろう。
周りの事なんか気にしていなかった。
自分の部屋に帰るまで。

泣くな、泣くな、泣いたりしない。
もう貴方の夢も見たりしない。
もし見たとしても、もう泣かない。
私はもう……貴方を想わない。



 ◇◇◇


あれから3日が過ぎた。
今夜はスコットと約束したブレナーのバースデーパーティー会場の候補の下見で、先月オープンしたばかりのレストランに来ている。

あまり有名なお店は、貸切りにするには費用がかさむ。
サプライズ的な事に協力してくれそうなのは、これから人気を得たいオープンしたばかりの店がなんだと、スコットは力説する。


「でも料理が不味くっちゃ、意味ないし」

スコットは元々は伯爵家嫡男なので、なかなか舌が肥えている。
彼はブレナーと結婚する為に、次代伯爵位と家族を捨てた。
クールに見えて、実は愛に生きる男だ。


入口には、そこそこの人達が待っていて、私達はそこを抜けて受付に進んだ。
モートン2名と、ブレナーの名字で受付をして。
順番まで併設されたウェイティングバーで待つ。


「なかなか混んでるね。
 再来月に貸切りなんて無理じゃない?」

「そうだなー、いつものロイの店にしとくか?
 あそこならいつでも空いてるし、常連の顔ぶれがほぼ出席予定者だからな」


新しいお店を開拓できなくて、ブレナーには申し訳ないけれど、却っていつもの店の方がサプライズを怪しまれなくていいと思う。


「ところで、アレどうだった?」

スコットの言うアレは多分、アレの事だなと思った。


「結婚するから、ブライズメイドになれってさ」

「はー、そんなに君達仲良かった?」

「友達じゃ私以外、独身が居ないんだって」

「……相変わらず、嫌な言い方する女だな」

「だな!」

今までなら、スコットがクレアの事を悪く言っても、私はまあまあなんて、宥めてた。
だけど、もうそんな偽善者の顔はしない。
今夜はクレアの悪口で、バンバン食べてグイグイ飲んで、
気持ちよくなろう。

景気よくカクテルを飲み干した私をスコットが面白そうに見ていた。


「俺を笑わせてくれる話があるみたいだね?」

「あるある、一緒に笑ってよ。
 アレの恋人って、紹介されたのが……」

一緒に笑って、スコット。
6年も引きずった私の初恋。
彼の結婚式に新婦の付き添いを頼まれたのよ、私。

受付の女性がバーに入ってきて、こちらにやってきた。
スコットは容姿が優れているので、人に覚えられやすいのだ。


「モートン様、テーブルのご用意ができました」

「ありがとう。
 マリオン、続きは食べながらゆっくり聞く」


案内された席に着き、メニューを開く。
料理の注文はスコットにお任せにして、満席の店内をゆっくり見回す。

価格は良心的、内装や雰囲気も素敵だ。
受付やウェイティングバーのスタッフの応対も感じいい。
これで料理の味がいいから、こんなに混んでるのかな?
ぼんやり考えていたら、各テーブルを周っている男性が目についた。

嘘……。
どうしてカーティスがここに居るのか、直ぐには理解出来なかった。

この店の名前をスコットから聞いた時、胸が疼いた。
どうして思い出させる様に続くの、と引っ掛かっていた。
……あの頃よく目にしていた、もう開くことも少なくなった詩集。
その中の詩の1篇を、カーティスから最後に送られた。

『アフロデリア』
そのタイトルが、このお店の名前だったから。
故郷に残してきた恋人を想う詩で、それはその娘の名前。



彼がテーブルのお客達に挨拶をしていた。
このお店は、彼の家が開いたレストランだったのだ。

こんなに早く、また会うとは思っていなかった。
彼に会った腹立ちと、認めたくない少しの嬉しさと。
今日はそこそこ綺麗な格好をしてきて良かった、と思ってしまう自分が情けなかった。


「ふーん、なかなか美形な男だね」

あの人物が、これから私が一晩かけてこき下ろそうとしていた男だと気付かずに、スコットが感心したように言った。
その言葉通り、カーティスは相変わらず美しい。

私達は制服以外の服装で会ったことはなかった。
大雑把なサイズの大きさだけで合わせた制服の襟元とタイを緩めて、少し着崩していた彼しか、私は知らない。

もうカーティスは、私が知らない上質なスーツを着こなす大人の男性になったのだ。


カーティスが隣のテーブルから、こちらに向かって来た。


「これはこれは……オーブリー嬢、ようこそいらっしゃいました。
 あぁ、こちらが貴女の婚約者のスコット・ダウンヴィル様でいらっしゃいますね?」

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