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第1話 マリオン24歳 ①
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また夢を見た。
何度も何度も見てしまう夢を見た。
年々、その回数は減っているけれど。
この夢を見て目覚めると、いつも私は涙を流している。
もう6年も経つのに、私は涙を流している。
今夜は大学の頃のルームメイトのクレアと約束している。
彼女は大学を卒業すると、私の故郷のコーカスで仕事に就いた。
コーカス出身の私が王都で職を得て、王都育ちのクレアがコーカスで働く事が決まって、私達はお互いの運命に笑った。
そして卒業してもまた会おうねと、約束した。
それが今夜だ。
仕事を早めに終えて、デスクを片付けて帰ろうとしたら、隣の研究室のスコットがやって来た。
彼とは大学の頃からの付き合いで、お互いに遠慮がないのでジロジロ見られてズバズバ質問された。
「何で今日は女してるの?」
「女してるって何?」
「何か服装がフワフワしてる」
「人に会うのよ」
「だからかー、誰と会うの? 男と?」
「うるさいよ、女よ。
ルームメートだったクレア・バルモア、覚えてない?」
私がクレアの名前を出すと、スコットは少し考える素振りをして、やがて口許を少し歪めた。
端正な顔立ちの彼がそんな表情をすると、ひどく酷薄に見える。
「あの女……まだ付き合ってたんだ?」
「卒業以来だけどね、昨日からこっちに戻ってるから」
スコットはクレアが好きじゃなかった。
大学で一度酔っ払ったクレアにしつこく言い寄られて、それからは避け続けていた。
講義をサボった彼女が私からノートを借りて試験をクリアしていくのも、性格的に許せなかったみたいで、
『マリオンはあの女に甘過ぎるよ!』と、私はいつも怒られていた。
「何か用事有ったんじゃないの?」
「あぁ、ブレナーがさ、今夜夜勤だったから」
ブレナーはスコットの夫だ。
王都では2年前から同性婚を法的に認めて、十代半ばから交際していたスコットとブレナーは去年、結婚した。
私は婚姻届証人欄にサインして、彼等の家族みたいに付き合っている。
2ヶ月後にブレナーの誕生日があり、今年はどうするのか、またサプライズ的にやっちゃうか、そこを相談したかったらしい。
「今夜じゃなければ、ずーっと空いてるから」
「ずーっとなんて、そんな寂しい事は聞かせないでよ」
私の返事にスコットは笑っている。
そう、私には特に予定なんかない。
たまたま今夜が塞がっていただけ。
ブレナーが夜勤の日に、私とスコットはよく食事した。
彼の次の夜勤は3日後だと言う。
パーティーに使いたいお店を、一緒に下見しようよというのだ。
それで3日後の約束をしてスコットと別れた。
「バルモアには俺からよろしくなんて、絶対に言わなくていいから」
「はいはい~」
私はヒラヒラと手を振り、スコットに見送られて研究所を後にした。
大学を卒業して、念願だったこの研究所に就職出来た。
この狭き門の研究所には、うちの大学から毎年何人かが選抜されて試験が受けられた。
成績優秀なスコットは余裕だったと思うが、私はダメ元で受けてみて合格したのだ。
ここに就職出来ないなら故郷コーカスに戻ってくるようにと父から言われていた。
姉のジュリアが子爵家の後継だが、精神的に脆くなっていて、家門を託すのが不安なのだ。
だが、父には悪いが私は子爵家は継ぎたくなかった。
だから、ものすごく頑張った。
筆記も実技も面接も。
女性は結婚や出産で仕事を途中で投げ出すから、なんて古い考えが未だに就職市場で囁かれていたけれど。
全然そんな気はないのだと、私は面接官に力説した。
その時の面接官が今の上司で、この人からは
『もし約束をたがえたら罰金を取るから』と、言われている。
それについては余裕の私だ。
そんな気はないし、そんな事は起こらない。
学生の頃、皆でよく集まったレストランでクレアが待っていた。
きれいにセットされた髪、自分に似合う化粧も決まっていて、最大限に自分の魅力をアピール出来る彼女が私は嫌いじゃなかった。
ひとしきり、お互いの近況や知り合いの情報を交換したりして、小一時間たった頃。
珍しくおずおずとした調子で、クレアが話を切り出してきた。
昔よく、ノートを貸してと、頼んできた表情だ。
「あのね、実はこれからもうひとり来るの……」
ふたりで会おうと言ってきたのはクレアだったのに、他に誰か大学の頃の友人を呼んでいたのかなと、軽く考えて私は頷いた。
「いぃよぉ、大歓迎。
誰呼んだの?」
脳裏に私達が当時仲の良かった何人かが浮かんだ。
「私の恋人……というか、もうすぐ婚約するんだ」
「えぇっ、そうなの?
おめでとう! コーカスの人? それとも王都?」
恋多き女だったクレアが今まで独身だった方が不思議だったので、恋人を紹介すると言われても、特に驚かなかった。
彼女の恋人は仕事を終えてから、合流するらしい。
「こんな時間までお仕事だなんて、やり手なんじゃないの?」
そう言う私にクレアはニコニコしている。
余程その人の事が好きなんだろう。
そんな彼女が羨ましい。
スコットは今のこんな可愛いクレアを知らないから……
「彼、来たわ。
貴女を驚かせたかったの」
私の背後に手を振るクレア。
私が驚く、って何?
クレアにそう尋ねる前に、私が後ろを振り返る前に。
その人物は私達のテーブルの横に立ち、私を見下ろしていた。
「お久しぶりです、オーブリー嬢」
クレアが紹介したいと言った彼は、カーティス・ブルーベル。
6年ぶりに会う私の初恋のひと。
今でも夢に現れて、私を泣かせる初恋のひとだった。
もう見たくないのに、目覚めた後嬉しくて泣いてしまう……カーティス・ブルーベルだった。
何度も何度も見てしまう夢を見た。
年々、その回数は減っているけれど。
この夢を見て目覚めると、いつも私は涙を流している。
もう6年も経つのに、私は涙を流している。
今夜は大学の頃のルームメイトのクレアと約束している。
彼女は大学を卒業すると、私の故郷のコーカスで仕事に就いた。
コーカス出身の私が王都で職を得て、王都育ちのクレアがコーカスで働く事が決まって、私達はお互いの運命に笑った。
そして卒業してもまた会おうねと、約束した。
それが今夜だ。
仕事を早めに終えて、デスクを片付けて帰ろうとしたら、隣の研究室のスコットがやって来た。
彼とは大学の頃からの付き合いで、お互いに遠慮がないのでジロジロ見られてズバズバ質問された。
「何で今日は女してるの?」
「女してるって何?」
「何か服装がフワフワしてる」
「人に会うのよ」
「だからかー、誰と会うの? 男と?」
「うるさいよ、女よ。
ルームメートだったクレア・バルモア、覚えてない?」
私がクレアの名前を出すと、スコットは少し考える素振りをして、やがて口許を少し歪めた。
端正な顔立ちの彼がそんな表情をすると、ひどく酷薄に見える。
「あの女……まだ付き合ってたんだ?」
「卒業以来だけどね、昨日からこっちに戻ってるから」
スコットはクレアが好きじゃなかった。
大学で一度酔っ払ったクレアにしつこく言い寄られて、それからは避け続けていた。
講義をサボった彼女が私からノートを借りて試験をクリアしていくのも、性格的に許せなかったみたいで、
『マリオンはあの女に甘過ぎるよ!』と、私はいつも怒られていた。
「何か用事有ったんじゃないの?」
「あぁ、ブレナーがさ、今夜夜勤だったから」
ブレナーはスコットの夫だ。
王都では2年前から同性婚を法的に認めて、十代半ばから交際していたスコットとブレナーは去年、結婚した。
私は婚姻届証人欄にサインして、彼等の家族みたいに付き合っている。
2ヶ月後にブレナーの誕生日があり、今年はどうするのか、またサプライズ的にやっちゃうか、そこを相談したかったらしい。
「今夜じゃなければ、ずーっと空いてるから」
「ずーっとなんて、そんな寂しい事は聞かせないでよ」
私の返事にスコットは笑っている。
そう、私には特に予定なんかない。
たまたま今夜が塞がっていただけ。
ブレナーが夜勤の日に、私とスコットはよく食事した。
彼の次の夜勤は3日後だと言う。
パーティーに使いたいお店を、一緒に下見しようよというのだ。
それで3日後の約束をしてスコットと別れた。
「バルモアには俺からよろしくなんて、絶対に言わなくていいから」
「はいはい~」
私はヒラヒラと手を振り、スコットに見送られて研究所を後にした。
大学を卒業して、念願だったこの研究所に就職出来た。
この狭き門の研究所には、うちの大学から毎年何人かが選抜されて試験が受けられた。
成績優秀なスコットは余裕だったと思うが、私はダメ元で受けてみて合格したのだ。
ここに就職出来ないなら故郷コーカスに戻ってくるようにと父から言われていた。
姉のジュリアが子爵家の後継だが、精神的に脆くなっていて、家門を託すのが不安なのだ。
だが、父には悪いが私は子爵家は継ぎたくなかった。
だから、ものすごく頑張った。
筆記も実技も面接も。
女性は結婚や出産で仕事を途中で投げ出すから、なんて古い考えが未だに就職市場で囁かれていたけれど。
全然そんな気はないのだと、私は面接官に力説した。
その時の面接官が今の上司で、この人からは
『もし約束をたがえたら罰金を取るから』と、言われている。
それについては余裕の私だ。
そんな気はないし、そんな事は起こらない。
学生の頃、皆でよく集まったレストランでクレアが待っていた。
きれいにセットされた髪、自分に似合う化粧も決まっていて、最大限に自分の魅力をアピール出来る彼女が私は嫌いじゃなかった。
ひとしきり、お互いの近況や知り合いの情報を交換したりして、小一時間たった頃。
珍しくおずおずとした調子で、クレアが話を切り出してきた。
昔よく、ノートを貸してと、頼んできた表情だ。
「あのね、実はこれからもうひとり来るの……」
ふたりで会おうと言ってきたのはクレアだったのに、他に誰か大学の頃の友人を呼んでいたのかなと、軽く考えて私は頷いた。
「いぃよぉ、大歓迎。
誰呼んだの?」
脳裏に私達が当時仲の良かった何人かが浮かんだ。
「私の恋人……というか、もうすぐ婚約するんだ」
「えぇっ、そうなの?
おめでとう! コーカスの人? それとも王都?」
恋多き女だったクレアが今まで独身だった方が不思議だったので、恋人を紹介すると言われても、特に驚かなかった。
彼女の恋人は仕事を終えてから、合流するらしい。
「こんな時間までお仕事だなんて、やり手なんじゃないの?」
そう言う私にクレアはニコニコしている。
余程その人の事が好きなんだろう。
そんな彼女が羨ましい。
スコットは今のこんな可愛いクレアを知らないから……
「彼、来たわ。
貴女を驚かせたかったの」
私の背後に手を振るクレア。
私が驚く、って何?
クレアにそう尋ねる前に、私が後ろを振り返る前に。
その人物は私達のテーブルの横に立ち、私を見下ろしていた。
「お久しぶりです、オーブリー嬢」
クレアが紹介したいと言った彼は、カーティス・ブルーベル。
6年ぶりに会う私の初恋のひと。
今でも夢に現れて、私を泣かせる初恋のひとだった。
もう見たくないのに、目覚めた後嬉しくて泣いてしまう……カーティス・ブルーベルだった。
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