上 下
31 / 51
第四章 メイレスタの安息

30.ぶっ壊れてる!

しおりを挟む

「君ってさ、八重歯あるよね」
 鉄の檻越しに先輩が顔を近づける。近い。
 今日俺は最近あった出来事を先輩に報告するとともに、その暇人具合を確かめにきたのだ。案の定、収監されてから五日ほど経った彼女のテンションはいつも通りだった。相変わらず刺激に飢えているみたいだ。
 というわけで、俺は黒いローブを羽織った姿のハイル先輩と相対してくだらない与太話に時間を費やしていた。実を言うと俺も暇だった。
「八重歯って……どれのことですか?」
「ほら、それ。君から見て左側の上の犬歯だよ」
 一応自分でも触って確認してみる。左上の犬歯は確かにまあ、尖ってはいるみたいだ。今言われて初めて気づいた。だからなんだ。
「かわいいね~その歯。なんか羨ましいな」
「先輩、よっぽどヒマなんですね。あと近いんで離れてください」
「えー? なんでよ、君こそもっとこっち来てお話ししよ?」
 檻を両手で掴んで拗ねる先輩に俺は呆れた。
 一歩下がってそれとなく距離をとる。
(捕まってるくせになんでこんな元気なんだ……)
 普通五日も捕まってたら気分も鬱々としてくるものなんだけど。普通なら。先輩は普通じゃないから仕方ないか。この人は元々一般人のメンタルじゃないだろうし。
「先輩、今日で五日目ですよね? 大丈夫なんですか?」
 情緒が。
「大丈夫って……そりゃあ大丈夫だよ。でもヒマでヒマで仕方ない。ほんとさー、私が斬ったのは魔族だってハッキリしたのに、なんでここから出してくれないんだろうね?」
「信用されてないからじゃないですか」
「そ、そんなぁ~」
 ずりずり、と檻の前で崩れ落ちる先輩の図。それはそうと、彼女がまだ収監されたままなのはやはり街中で剣を振り回したからなのか、それともまた別の理由なのか。
「それで、どう? 最近は。なんか変わったことあった?」
 大人しく一人部屋にぽつんと置かれた木製のベンチに寝転がって、先輩は退屈そうに言ってきた。きっと彼女も退屈で腐りかけているのだろう。一方の俺はそれなりに面白い話題は引っ提げてきたつもりだ。
「フェルトが、領主様直々に魔法を教わってます」
「ほぉー? それまた面白いことになってるね。進捗はどう?」
「それが……」
 話すと結構馬鹿げた話だ。
 時系列は二日前までさかのぼる。


 ――二日前。
 俺が兵団の対策会議に呼び出されたついでに、フェルトも一緒に兵団本部まで連れて行った日のことだ。本部まで到着したところで、俺だけその建物内の会議室のような部屋に通されてフェルトとは別行動になったのだ。フェルトは非戦闘員ということで、結局外で待つことになった。
 一方俺は会議といっても、衛兵たちを率いるお偉いさんのようなおじさんたちが長机であれこれ議論している様子を傍観しているだけで、結構退屈だった。正直眠かった。結果的に決まったことだけ教えてくれ、と思ったりした。
 結局決まったのは「現状維持」と「経過観察」。
 ……俺の時間を返せ!
(アホらし……)
 会議という名の無駄な時間が終わると、俺は兵団が管理していた宿舎兼訓練場へふらっと立ち寄っていた。元々メイレスタの城壁の外は一面だだっ広い草原が続いていたので、そこを兵団が開拓して魔法やら模擬戦やらができる訓練場にしたらしい。
 隣接する宿舎のデッキから剣の打ち合いをしていた衛兵たちを眺めていた俺だったが、その奥に見慣れた人影を見つけたのだった。
(フェルト……?)
 初心者用の杖を持ったフェルトは、魔法訓練用の木の的と向き合っていた。熱心にもう魔法の手ほどきを受けているらしい。
 フェルトの隣で、彼女の杖の構えをレクチャーしている人物が見えた。あの背の高くて聡明そうな黒髪の領主様は……
「ノアさん!?」
 本当に何やってるんだあのお方。
 まだ見習い程度のフェルトに直々に魔法を教えてくれるとか、いくらなんでも聖人すぎる。いやそれ以前にあの人は貴族で領主様では?
「あー、今日もやってるね。兄さんの魔法講座」
 突然隣から声がした。
 振り向くとそこには、俺と同じくらいの背でその綺麗な金髪を二箇所ピンで留めた少年が立っていた。誰だこいつ。
「……え、誰ですか?」
「ああ。僕はレリア。レリア・フォン・レゾナンス――領主レゾナンス家の次男さ。どうぞよろしく」
 そうして爽やかに右手を差し出してくる彼の微笑みは、たしかにノアさんにそっくりだった。突然の彼の出現に困惑しつつ、俺は彼の手をとって握手を交わした。
「よろしくお願いします……?」
「いいよ、敬語なんて。僕たち歳は同じくらいだし、僕だって人の上に立つような立場じゃないからね」
「はぁ……」
 紳士的な握手を交わした彼は、俺と同じようにバラスターに肘を載せて草原を眺め始めた。頬杖をつくその顔は、それでも兄に似て整っている。
「兄さんはね、たまにああやって冒険者見習いにも魔法を伝授するんだよ。仮にも領主代理なのに、お人好しというかなんというか……」
「その、領主『代理』って実際には、本当の領主が別にいたりするのか?」
 標準語で話すのもそれはそれで違和感。
「そうそう。僕の父さんが本当はそうなんだけど、病気で倒れててね。今はほとんどの仕事を兄さんが継いでるってわけさ」
 肘をついて片手でそうサラッと言ってのけるレリアにはなんか、いい意味で貴族らしさがなかった。金と権力を持って平民を見下す貴族特有のアレが。
「僕たちレゾナンス家は、先天的な魔力量が普通より多い代わりに代々病弱でね。歴代の領主、僕の先祖たちはみんな40歳を迎える前に亡くなってる」
「そうなのか……」
 いきなり重い話題に移って反応に困った。
 その話が本当なら、彼もノアさんも短命ということになるわけだが……。俺の口からはどう言ったらいいのか分からない。
「まあ、そのお陰で僕らは自分の街を守るために戦えるんだけどね。自分の街のために死ねるなら本望さ」
「領主様が死んだらダメなんじゃ……」
「あはは。たしかに」
 くどいようだがその笑い方すらもノアさんとそっくりだ。よほど血筋の濃い家系なのだろうか。
「おや、兄さんの講座が実践編に移ったみたいだよ」
 レリアの指さす方向で、フェルトが一人杖を構えて的に対峙していた。やがて杖の先端に魔法陣が現れ、発射体制に入った。
「!――あの魔法陣は……」
(いきなり中級魔法かよ!)
 俺たちがそれに気づいたのも束の間。

 次の瞬間、辺り一面が消し飛んだ。
 
 閃光、爆風、轟音。そして大きくえぐれた地面。
 一瞬、何が起きたかわからなかった。
 ただ気づいたときには、フェルトの前にあった地面が木の的もろとも消し炭になっていたのだ。わかるのは、今フェルトが撃ったのは中級無属性魔法の【貫通弾丸魔法マグナム】だってことくらいだった。
 でもあの威力はどう考えてもおかしい。
 あまりの出来事に俺は唖然としてしばらく動けなかった。
「わー」
 やばい、隣であれを見ていたレリアですらハニワみたいな顔になってる。いやそもそもハニワってなんだ?
「す、すごい威力だね。中級魔法でうちの地面が容易くえぐれるなんて、彼女一体どんな魔力量をしてるんだ……」
「あははははははは……………………はっ、」
 こ、これはもしかして弁償とかそういう金のトラブルに成りうることでは!? 
「ごめ……いやすんませんでした!! 俺も彼女の魔力量を把握していなかったばっかりにこんな事態を招いてしまいました! あの土地は俺が何年かかってでも弁償しますので――」
「わ、わかったから頭を上げてくれ! 僕に土下座されても困る! いいんだよ、あれくらいただの土地だよ」
 マジで結構必死で土下座した。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

150年後の敵国に転生した大将軍

mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。 ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。 彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。 それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。 『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。 他サイトでも公開しています。

マッチョな料理人が送る、異世界のんびり生活。 〜強面、筋骨隆々、とても強い。 でもとっても優しい男が異世界でのんびり暮らすお話〜

かむら
ファンタジー
 身長190センチ、筋骨隆々、彫りの深い強面という見た目をした男、舘野秀治(たてのしゅうじ)は、ある日、目を覚ますと、見知らぬ土地に降り立っていた。  そこは魔物や魔法が存在している異世界で、元の世界に帰る方法も分からず、行く当ても無い秀治は、偶然出会った者達に勧められ、ある冒険者ギルドで働くことになった。  これはそんな秀治と仲間達による、のんびりほのぼのとした異世界生活のお話。

お父さんがゆく異世界旅物語

はなまる
ファンタジー
 この小説は、常識も良識もある普通のお父さんが、転移という不思議現象と、獣の耳と尻尾を持つ人たちの世界で、真っ向勝負で戦うお話です。  武器は誠実さと、家族への愛情。  それが、取るに足りない、つまらないものだと思うなら、ぜひ、このお話を読んでもらいたい。  戦う相手がモンスターでなくとも、武器が聖剣でなくても、世界を救う戦いでなくても。  地球という舞台で、今日も色々なものと戦うお父さんと同じように、主人公は戦います。  全てのお父さんとお母さん、そして君に、この物語を贈ります。 2019年、3月7日完結しました。  本作は「小説家になろう」にて連載中の「おとうさんと一緒〜子連れ異世界旅日記〜」を大幅に改稿・加筆したものです。同じものを「小説家になろう」にも投稿しています。

最強の聖女は恋を知らない

三ツ矢
ファンタジー
救世主として異世界に召喚されたので、チートに頼らずコツコツとステ上げをしてきたマヤ。しかし、国を救うためには運命の相手候補との愛を育まなければならないとか聞いてません!運命の相手候補たちは四人の美少年。腹黒王子に冷徹眼鏡、卑屈な獣人と狡猾な後輩。性格も好感度も最低状態。残された期限は一年!?四人のイケメンたちに愛されながらも、マヤは国を、世界を、大切な人を守るため異世界を奔走する。 この物語は、いずれ最強の聖女となる倉木真弥が本当の恋に落ちるまでの物語である。 小説家になろうにの作品を改稿しております

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

魔女の落とし子

月暈シボ
ファンタジー
あらすじ  神々が二つに別れて争った大戦から幾千年、人間達は様々な脅威に抗いながら世界に広がり繁栄していた。 主人公グリフはそんな時代に、自らの剣の腕を頼りに冒険者として生きることを選んだ若者である。 軍の任務を帯びたグリフは古来より禁断の地と知られる〝魔女の森〟で仲間を逃がすために奮闘し、瀕死の重傷を負う。 やがて、意識を取り戻したグリフは謎の館で銀髪の美少年に出会う。 カーシルと名乗った少年は自身が魔女の子であることをグリフに告げるのだった・・・。 戦闘シーンの描写に力を入れた本格的ファンタジー作品を心掛けています。 だいたい毎日更新。感想や意見は大歓迎です。どうぞよろしく!

1000歳の魔女の代わりに嫁に行きます ~王子様、私の運命の人を探してください~

菱沼あゆ
ファンタジー
異世界に迷い込んだ藤堂アキ。 老婆の魔女に、お前、私の代わりに嫁に行けと言われてしまう。 だが、現れた王子が理想的すぎてうさんくさいと感じたアキは王子に頼む。 「王子、私の結婚相手を探してくださいっ。  王子のコネで!」 「俺じゃなくてかっ!」 (小説家になろうにも掲載しています。)

処理中です...