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第一章 追放…ギャンブル…果ての弟子入り

6.そこにある無力

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 スペンサー、と名乗る男について行った俺とハイル先輩は、街から少し歩いたところにある渓谷に到着した。周囲に人の気配はなく、魔物たち特有の異臭が漂っている。
「私の友人が、ここからやって来る魔物たちに農作物を荒らされて困っているようでね。君たちには、ここの魔物の討伐を依頼したい」
 眉を下げ、彼は困っているという旨を伝えてきた。
 糸目とよく見合う、にこやかな微笑みを湛えている。
 一方、十五万エルドの借金を負っている俺にとってはこの話は断るに断れない。そもそもここまで来たのだから断る理由もないのだが。
「わかりました」
「頼んだよ。では、終わり次第呼んでくれ」
 彼は踵を返して去っていった。
 俺は腰に携えた剣に手を添え、渓谷の奥へと進んでいく。だが、なぜか先輩はそこで立ち止まったまま動かなかった。
「先輩? 来ないんですか?」
「私が一緒に行くとでも思ったの?」
「えっ⋯⋯思いました、けど」彼女の雰囲気が、普段と少し違って見えた。
「ここで私に頼るのは、あんまりいい選択じゃないと思うよ。君のためにも」
「はぁ⋯⋯」
「それに、この依頼を受けたのは君でしょ? 私は関係ない。君が一人でなんとかしなきゃね」
 はて、こんなにドライだったかこの人。
「修行の一環だと思って、行っておいで」
 少しだけいつものユルさを交えて彼女が近くの岩に腰掛けたところで、俺は見送られて再び歩き始めた。
 彼女の言動に感じた妙な引っかかりも、俺は無視して進んだ。
「意外と暗いな⋯⋯⋯⋯ん?」
 少し進み、周囲より一段と暗くなったところで、彼らは現れた。
 雷属性の中型スライムが四匹。
 暗闇の中で放電していたため、その姿は思ったよりはっきり確認できた。俺の足音に反応したのか、一斉にそのぷよぷよした体で跳ね、こっちを向く。
「たった四匹? まあ、油断は禁物だよな」
 ほぼ新品の片手剣を鞘から抜刀し、正面で構える。大丈夫、この程度の敵なら前のパーティでも堅実に片付けてきた。こういうザコ敵の処理は前衛No.2の俺の役目だったから、むしろ慣れている。
 スライムの纏う静電気に少しだけ苦戦しつつも、俺は剣一本で彼らを退けることに成功した。先輩との訓練で身につけた「炎の剣(俺命名なのでネーミングセンスは気にするな)」が、思いのほかスライムにも効いた。
「これで依頼完了⋯⋯のはずだけど」
 倒したスライムたちが落とした魔石を拾い集めながら、俺は思った。
 農作物を荒らす魔物って、本当にスライムだったのか?
 スライムは基本的に怒らせない限り人畜無害だったはずだが⋯⋯
『――そうだ。そのまま大人しくくたばれ』
 背後で声がした。
 だが振り返ろうときにはもう遅かった。
 後頭部に強かな衝撃を受け、俺はその場で伸びていた。
「――!?」
「⋯⋯バカな子供だ」
 薄れゆく意識の中で、一人の男が悪態をついていた。


 ・・・


 どれくらい経っただろうか。
 朦朧とする意識を無理やりこじ開けるように、俺は目を覚ました。何故か視界がぼんやりする。後頭部をまた激しい痛みが襲う。
「おう、目ぇ覚めたか」
 痛みで思わず眉間に皺を寄せながら、その野太い声のする方を見る。そこに立っていたのは、声の主とされる筋肉質な外見の大柄な男。それに加え、その周囲には、小太りや目付きの悪さなどが目立つ数人の人相の悪い男たちが十数人並び立っていた。
 筋肉質な男……筋肉マンは、俺をじっと見つめたまま言った。
「ん、意識が安定してねぇみたいだな? さっき強く殴りすぎたか」
 彼の言葉と後頭部の痛みが結びつく。脳を突き刺すようなこの痛みは、さっき背後から殴られたときのものらしい。
 そしてもう少し意識を働かせると気づいた。
 ――手足が、動かない。
「っ、これは⋯⋯」
「ハッ、おいやっと気づいたのか?」
 悪どい笑い声が部屋に響いた。
 俺は手足をロープで縛られ、木製の椅子に括りつけられていた。身動きはおろか、その場から自分で動くことすらできなかった。
「仲間の助けを待とうなんてことも、考えない方がいいぜ? 表には魔力探知の得意なヤツらが待機してる。虫でもここには入れねぇよ」
 見ると、部屋のドアの奥――ここの建物の玄関には、数人の見張りが立っていた。あれが全員魔力探知を行っているとしたら、確かに人間は入れない。
 焦る俺に向けて、ゲラゲラと容赦ない嘲笑がこだまする。
「お前はもう、逃げられねぇんだよ! 借金持ちのガキにはカジノより奴隸労働がお似合いだぜ!」
「奴隸……? 違う、俺はあの人に依頼を……」
「あの人? ああ、あのカジノ野郎ならお前を俺らに売った張本人だぜ? まさかお前、まだことにきずいてねぇのか? ぶっはははははははは!! こりゃー傑作だ!!」
 リーダー格の筋肉マンに同調するように、また周囲の男たちもゲラゲラ嘲笑わらう。
 彼らに嘲笑われるたび、自分の中の何かが削り取られていくような感じがした。
 さっきの言葉を思い返す。――奴隸。
 あのスペンサーという男が俺を売ったのなら、こいつらは奴隷商といったところか。見るからに悪徳業者な気がするが。ひとまず俺はあいつに騙されたということで間違いなさそうだ。ああいう大人の考えていることは、よくわからないものだ。
 散々俺を嘲笑ったあとで、筋肉マンは言った。
「お前のことはあの男から色々聞いたぜ。金に困って生活費のために、その歳でギャンブルなんかやってるそうじゃねぇか。随分泣かせる貧乏人だな?」
「泣くならついでに、この縄を解いてくれるとありがたいんだけどな」
 虚勢を張りつつ、俺はなんとか自我を保っていた。
「ほぅ、無駄口を叩けるくらいには回復したようだな? だが答えはノーだ。ここにいる時点で、もうお前は俺たちの売り物なんだよ。売り物は売り物らしくしてもらわないといけないからなぁ?」
 バキバキ、と筋肉マンが指を鳴らしながら近づいてくる。脳が死を直感してパニックに陥る。
 石のように硬い拳が打ち付けられる。殴られたのは右頬だった。衝撃で椅子ごと水平に吹っ飛んだ。
「……ってぇ」
「ついでに聞いたが、お前剣士もやってるらしいな? ならもっと痛いヤツにも耐えられるだろ? なぁ、俺を退屈させるなよ」
 「売り物」に対してこの扱いはどうなんだ、と心の中で反論すれど、もう頭は痛覚信号で溢れかえっていた。角材のようなもので脚を何度も打たれ、横たわったままみぞおちを蹴り飛ばされ、終いにはムチが全身を打ち付けた。
 ――痛い。
 本当に、俺は救いようのないバカだ。
 彼女に、ハイル先輩に助けてもらったからといって、甘えすぎていた。誰に救われようが、どこに行っても棄てられる俺は単なる貧乏くじを引いたゴミに過ぎないのだ。俺がどれだけ強くなろうと、優しくなろうと、世界は俺に優しくなんてない。考えが甘かった。確かに俺には、泥のように働き続けるのもお似合いかもしれない。
 本当に……
 本当に俺は、惨めだ。
「おいおい、もう死んじまったのか?」
 違う。これが聞こえているのだから、俺は生きている。生きてはいる。
 ただ、もう疲れた。
「言っただろ、俺を退屈させるなと」
 そう言って彼が部下の男から受け取ったのは、一枚の衣服だった。
 だがそれはやはり、俺の想像通りだった。
 彼は俺の上着にマッチで火を点け、地べたにころがる俺の目の前に放り投げた。
「…………ぁ」
 先輩に買ってもらった上着が、たちまち燃えていく。
 無力なんだな、俺は。人からもらったものすら大事に出来ないなんて。悔しいというより、申し訳ない。彼女が最後の希望だったかもしれないのに、俺が選択を誤ったばかりに⋯⋯
 筋肉マンが俺の前でしゃがみこむ。
「お前、自分が無力だと思うか?」
 思う。
「俺たちをぶっ殺したいと思うか?」
 思う。
「誰かの助けが欲しいと思うか?」
 思う。助けてほしい。でも今は頷くことすらできない。
「お前がそう思うのは自由だ。だけどな、それでなんとかなるほどこの世界は甘くねぇんだよ。お前みたいなガキが一人でなんとかやっていけるほど、世界はお前に優しくねぇんだよ」
 そうだな、って思った。
 でもそんなの、俺が一番わかってることなんだ。
 わかってたはずなんだ。
 それなのに。
 どうして俺は、「救われた」なんて錯覚してしまったんだ?
 お前を救ってくれる人なんていやしないだろ?
 誰もお前を必要としてないだろ?
「お前の考えは甘ぇ。俺はな、お前みたいな中途半端なガキが一番嫌いだ」
 わかってんだよ。俺だって、アンタみたいな理不尽な大人が一番嫌いだ。
 ぶん殴ってやりたい。
 切り刻んでやりたい。
 ぶっ殺してやりたい。
 でもそれは全部、妄想の中の夢物語なんだ。
 俺一人の力なんかでは、現実をひっくり返したりすることはできないんだ。
「ハッ、恨め恨め。惨めなお前には最期に、これをくれてやるよ」
 タガが外れたように、彼は部下から大きめのマチェットを受け取り高く掲げた。
 マチェットの刃が俺の頸に迫る。
 終わった。
 何もかも、終わった。
「――ほんとだよね。本当に惨めだよ、
 聞き覚えのある声。寸前で止まった刃。
 ――直後に吹き飛んだ、刃を握った男の手首。男のうめき声。
 窓際に佇んでいたのは、やはり彼女だった。

「その子に代わって、私がお仕置きしてあげるよ」


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