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第二章 セルロ村の幽霊

12.物書きとコーヒー

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 アンデッドとは本来、魔力で操られた死体のことを指す言葉だ。
 その姿はまるっきり死んだときのままで、まさに「歩く死体」と呼ぶべきものだ。俗に言うゾンビ。並大抵のダメージではその動きを止めることはできないため、操っている側の術師を倒す必要がある。ここがまた一つ、厄介な点だ。
 ――では、俺が昨夜対峙していたあの敵は一体何だったのか。
 アンデッドは前述の通り死体であり、肉体は確かにそこに存在する。だから当然物理攻撃は有効であるはずだ(それで殺せるかは別として)。だが奴には剣は通らなかった。そして生憎魔法が有効かは調べる余地がなかった。
 そしてあの姿。身体や衣服には傷一つなく、その佇まいはアンデッドとは違ってどこか茫洋としていた。半透明なのも説明がつかない。もしかしたら本物の幽霊⋯⋯とも考えたものの、そう考えたら俺は幽霊に殺されかけたということになり鳥肌が止まらなくなったのでやめた。こわい。
 
 まあ、そんなわけで。
 早速行き止まった俺は、情報収集のために彼のもとを訪ねることにしたのだ。
「よう。昨日はよく眠れたか?」
 寝ぼけ目を擦った視界に入ったのは、昨日俺を助けてくれたロイファーという男の姿だった。そしてここは彼の家の寝室。あのあと彼の家にお邪魔することにしたのだが、昨日は一睡もできなかった。
 ベッドは確かに柔らかいし、静かだったからここに非はない。
「ぐっすりとはいきませんでしたね、流石に」
「それもそうか」
 ドアに腕で寄りかかっていた彼は、頬だけで笑う。一見すると仏頂面の強面だが、やはりこういう人こそ真の善人だったりするのかもしれない。という勝手な俺の持論だ。
「じゃあ、そのエルフを起こしたら居間まで降りてくるといい。遅めの朝食にしよう」
「すみません、そこまでして頂いて⋯⋯」
「いいさ。俺の勝手なお節介だ」
 ドアをそっと閉めて彼は一階へと降りていった。
 静寂が訪れた部屋を改めて見渡してみる。空き部屋なので床のタイルや壁紙などは古さが否めないが、目立ったほこりやクモの巣などは見受けられない。
 彼一人暮らしではこの部屋は空き部屋で普段使っていないはずなのだが、どういう訳か掃除が行き届いている。不思議な部屋だった。元は誰かと住んでいたのかもしれない。
 そもそも一人暮らしで二段ベッドはおかしい。
「先輩、朝ですよー」
 二段ベッドの上ですやすや眠る彼女を揺すり起こす。昨日は俺はそっちのけで居眠りしていたクセに、まだ寝足りないのかこの年齢不詳は。
「ぬぅぅ⋯⋯あさはきらいだぁ⋯⋯まぶしー」
「知らないですよ⋯⋯」
「羊がいっぴき⋯⋯羊がにひき⋯⋯」
「は?」
 スヤァ。
「寝るなぁああああ!!」
 ちなみに、彼女は三日に一回はこんな感じだ。
 とんだ茶番だったが、無理やり彼女を叩き起して俺は朝食をとることに成功した。
 硬いフランスパンを冷たいミルクで流し込む。
 向かい合わせで座るロイファーさんは、コーヒーを飲みながら万年筆を指で回していた。
 空腹が一段落ついたところで、俺は訊ねた。
「あの、ロイファーさんって本業は物書きなんですよね?」
「ん、ああ」
「あれ、そうだったの?」
 ほげーっとパンをかじってばかりいたハイル先輩がようやく口を開く。寝足りないとばかりに眠たげな目だ。
「てっきりただの狩人かと思ってたよ」
「先輩、この人には普通にタメ口なんですか?」
「? だって歳下でしょ、多分」
「さらっと年齢バレてますけど」
「大丈夫大丈夫」
 あのおばあさんには敬語で、三十代前半くらいの彼にはタメ口⋯⋯あれ、なんか急に現実的すぎて嫌になってきたんだが?
 おばあさんへは気遣いの敬語ということで結論づけることにして、話は本題へ戻る。
「まあ、俺はどっちでも構わないさ」
「物書きか⋯⋯本は出してるの?」
「何冊かはな。読んでみるか?」
「ふふ、もちろん」
 朝食を食べ終えた俺たちは、早速彼の書斎へと案内された。
「いやひろ⋯⋯」
 その部屋には大きな本棚が一つ左側にどっしりと構えており、その周りに積み上げられている無数の本たちとともに一際存在感を放っていた。その奥にある年季の入った机には、数枚の用紙と万年筆が放置されている。どうやら書き途中のようだ。
「すごい⋯⋯本がこんなにたくさんある」
「この本全部あなたが書いたの?」
「冗談だろ、エルフじゃあるまいし」
 いやいくらエルフの一生でもこの量は書き上げられないだろ、とツッコミつつ。椅子に腰掛けたロイファーさんから三冊の本を受け取った。
「こっちが俺の書いた本だ。自慢できるほどの出来でもないけどな」
「ありがとうございます」
「弟子くん、早速読んでみようよ!」
 俺はそのうちの一冊を手に取り、一ページ目をめくる。俺は元々本は読まない――そもそも本を買う資金面での余裕はない――ため、文字を追うのは少々苦痛になりそうな気がしていたのだが、そんなことはなかった。
 手に取ったその小説は、とある一人の冒険者の冒険譚だった。簡潔な文章と予備知識のいらない明快なストーリーに、俺はついのめり込んでしまったのだ。
 そしてその作者が今目の前にいるというこの事実――。
「すごい⋯⋯」
 時を忘れたように読みふけっていた俺は、最終頁の最後の段落まで読み終えたところで本を閉じ、思わず声が出た。
「すごく、面白かったです⋯⋯!」
「はは、そうか。そりゃあ良かったよ」
 ロイファーさんはコーヒーの入ったカップから口を離して笑った。文字を追う、という新しい方面から訪れたこの興奮に俺は浸り続けた。
「⋯⋯人間の一生でも、こんな面白い物語が書けるんだね」
 パタン、と同じように本を閉じた先輩は言う。
「人生の大先輩からそんなお褒めの言葉をいただけて、俺も光栄だよ」
「あはは⋯⋯でもそんなには⋯⋯」
 うやむやに彼女は笑って誤魔化し、思い出したように「あっ」と短く叫ぶ。
「そう言えばこの物語、史実なんだね」
「史実?」俺は首を傾げる。
「そう。実際にあった物事を書いてるってこと。この本だって、昔いた大魔法使いの伝説が題材だし」
 椅子に寄りかかっていたロイファーさんが、驚いたように前のめりで訊く。
「お前、この伝説を知ってるのか!?」
「うん。子供の頃に聞いた。っていうか会った」
「おいおい、エルフ様々だな⋯⋯」
 予想外の出来事に驚いたように、彼は期待ともとれる微笑を湛える。それと同時に、冷めきっているであろうコーヒーのカップを机に置く。
「この元ネタを知ってるヤツがいるとは驚きだな。お前の言う通り、俺が書いた小説はすべて俺の見聞きしたことが題材になってる」
「見聞きって、じゃあこの冒険小説も何かの伝説なんですか?」
 それにしては、やけに忠実に伝わっている気がするが⋯⋯
「いいや、その本の主人公は俺の親父だ」
「へ!?」
 素っ頓狂な返事が出てしまったが仕方ない。
 自分の身内の一生を小説にするなんて大胆にも程がある。
「俺の家系は代々王家に仕える親衛隊でな。俺も実際弓兵として王国のために戦っていた」
 まるで他人事のように彼はさらりと自分の過去を言ってのける。きりっとした切れ長の目は、どこか遠い昔を懐かしんでいるようだった。
「へぇ。なんで辞めちゃったの?」
「いや先輩、デリカシー⋯⋯」
「はは、別に気にしなくていい。それにを追うお前らになら、俺はどの道話す義務があるからな」
 冷めたコーヒーが飲み干され、空になったカップが再び机に置かれる。
 一呼吸おいて、彼はこう言った。
「俺の相棒だった馬鹿が、死に際に言ったんだよ。『お前は小説を書け。そして俺のことを本にしろ』ってな」
 そして、彼はその『相棒』の名をこう語った。

「――シュプリンガー」
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