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第二章 セルロ村の幽霊

8.アンダースタン?

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 ある朝、俺は目覚めた。
 窓から差し込む朝日に、まぶた越しに意識の覚醒を促されて。久々に心地の良い目覚めだった。起き上がり、ゆっくり伸びをしてみる。
「あ、やっと起きたね」
 伸びを解いたタイミングで、真横を振り向く。
 ハイル先輩が横にあったベッドに寝転び、頬杖をつきながら俺を眺めていた。両脚を空中でぷらぷらさせながら、面白そうに彼女は微笑む。
「おはよー。君本当に昨日はずっと床で寝てたね」
「え?」
 改めて自分の体の下を見てみると、俺は床に横になっていた。体のところどころに床のタイルの痕らしきものがついている。
 ――そういえば昨日は⋯⋯
 先輩が散々暴れた古民家をあとにして、彼女の希望通り俺たちは街の宿屋に泊まることにしたのだった。だったのだが。
「ねぇ、一緒に寝る?」
「え、全力で遠慮します」
「えー、でも仕方ないよ。ベッド一個しかないんだし。大丈夫だよ、別に変なことしないから」
「誰がその言葉を信用するのやら? あとベッド一個しかない部屋にしたのはあなたの悪意⋯⋯」
「私は弟子にそんなことする人じゃないよ! あ、それともなに? 私と同じベッドで寝るのがそんなにに恥ずかしい?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯別に」
「あはは、照れてる~」
「もう⋯⋯俺は床で寝るんで話しかけないでください」
 ――回想終了。はて、そんなことあったっけ。
 なるほど、それでこんなに腰が痛いわけか。俺の貞操を守るためとはいえ⋯⋯いささか犠牲が大きかったかもしれない。昨日の怪我は回復薬でなんとなく治したものの、傷だけは残りそうだ。
 大きなあくびをして、もう一度伸びをする。
「いい朝だね」
「そうですね」腰は痛いけど。
「私も久々にベッドで寝たから、よく眠れたよ。いい夢も見れたし」
「⋯⋯先輩、昨日はほんと、すみませんでした」
「ん? 一緒に寝るの断ったこと?」
「ちゃうわ」
 なんでそれで俺が謝るんだよおかしいだろ。
「わざわざ、誘拐された俺を助けてもらったことです」
「あー。あれならいいよ、全然。アジトに突っ込むの楽しかったし」
 楽しかった、というのは彼女らしい表現だな。逆に俺は散々に痛めつけられて、一ミリも楽しくなかったのだが。
 あと一つ、気になって仕方ないのが⋯⋯
「先輩、その髪⋯⋯」
「髪?」
「ボッサボサですけど、いいんですか?」
 ハイル先輩の綺麗な銀髪は、ベッドで寝転んで寝たせいか毛先がくるくるになっていた。いかにも寝起きといった感じというか、寝癖レベル100というか。女の子の寝起きというのは、毎日こうなのだろうか。
「うーん⋯⋯寝る前に結っとけばよかったかな」
 肩の辺りの髪を指でくるくるさせながら、彼女は言う。
「俺がいてあげましょうか?」
「え、君こういうのできる人? じゃあお願いしようかな⋯⋯」
 意外と思われるかもしれないが、俺は結構最近――といっても冒険者として旅に出る前まで、一緒に暮らしていた妹の髪の手入れをなんとなく手伝っていた。ついでに言うと妹は俺にまったく似ていない。どうやったらこんな兄の家系にあんな美少女で完璧は妹が生まれるのかと疑問に思うレベルで。
 彼女と俺が似ているところと言えば、ステーキの食べ方が下手くそなことくらいだろう。
 そんな話はさておき。
「ねぇ、今日はどうしようか?」
 鏡の前で俺に髪をかされながら、期待感露わに彼女は言う。俺の答えが楽しみだとでもいう顔だ。だから俺はちょっと困らせてみたくなる。
「そうですね⋯⋯今日は真面目に俺の修行に付き合ってくれますか?」
「え?」
 そう。俺の狙いは、「俺らしくない」を演出して彼女の意表を突くことだった。だからこれは真っ赤な嘘。本心とは一ミリも関係ない。そもそもの話俺は彼女の弟子になった覚えはない。そのはずなのだが⋯⋯
「君がそんなこと言うなんて、珍しいね。昨日のでやる気が出た?」
「えっ、まあ⋯⋯はい」
「じゃあやってみる? 私の真面目な修行。君に耐えられるかな?」
 そうくるか⋯⋯
 らしくない俺の心境を無理に詮索したりせず、彼女はどこまでもポジティブらしい。ポジティブシンキングだ。感情のベクトルが常にプラスに働いてそうだな。
 というわけで。
 俺と先輩は朝の早い時間に宿を出て、近くの適当な屋台で朝食をとった。そして回復薬や包帯などの買い出しに行き、しばらく街を歩いていた。
「回復薬、こんなに買ってどうするんです?」
「後々必要なの。多分ね」
「はあ」
 前にも言った通り、彼女が具体性に欠けることを仄めかしているときは大抵ロクなことを考えていない。そして俺にもロクなことが起きない。これは一種のジンクスと呼べるものだろう。そのジンクスに漏れず、今回もまた。
「ないなー、丁度いい依頼」
 街の小さな広場に掲げられている掲示板に、彼女は虫のごとく貼りついて見入っている。
 朝っぱらから買い物に付き合わされて疲弊した俺は、そこらのベンチに腰掛けて大きく息を吐いた。途中の店で買ってきたココアを啜りながら、不満を垂らす先輩を眺めていた。 
 広場の中心には申し訳程度のぱっとしない噴水一つだけあり、その周りに椅子二個とテーブル一個のセットがいくつか並べられている。二三人の子供が元気に走り回っているが、それもどこか物寂しさを上乗せしているようだった。
 ここは王国の首都から地理的にずいぶん離れているので、魔物の出現が少なめな分活気がなかった。そのため、彼女の見ている冒険者への依頼の掲示板にも大していい依頼はなかったみたいだ。
「依頼って⋯⋯俺いきなり実戦ですか?」
 掲示板の前で気持ちしょんぼりする先輩に訊く。
「そりゃーそうでしょ。何事も実践してみないと身につかないからね。それに、それで人助けになるんだったら一石二鳥でしょ」
「確かにそうですけど⋯⋯」
 俺はまだ彼女の言う修行とやらも、実戦に向けてのものは経験していない。こんな状態で丸腰で挑めと言うのか。
「ま、こういうのは運に任せた方がいいかもね」
 責任放棄がわかりやす過ぎる⋯⋯さっきまで割とまともなこと言ってたのに台無しじゃないか。言っていることはもっともなのだが。
「適当に山登りでもしようかー」
「えぇ⋯⋯」
「えーとか言わない! 返事は『はい』か『アンダースタン』か『アイシー』だけしか認めないから!」
「⋯⋯アンダースタン。山登りサイコー」
「よろしい」
 さて、どこがよろしいのやら。

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