上 下
8 / 25
Chapter2

2-3

しおりを挟む
和葉は自分のデスクに座り、只管仕事に打ち込んでいた。


「(まさか、こんな偶然。この間会ったことでさえびっくりしたのに)」


会社で康平とまた遭遇することになるなんて。

溜息をついてからコーヒーを一口飲んで、またパソコンに向き合う。


「(今日は残業しないで帰ろう。ここにいると、なんだか落ち着かない)」


そんな様子を見ていた由美は首を傾げたものの、特に気にすることもなく視線を元に戻した。

数十分後、コーヒーが無くなった和葉はもう一杯入れようと席を立つ。

歩き出そうとした和葉に由美が


「和葉ちゃん、今日コーヒーの量多くない?大丈夫?」


と声をかけて。


「え?そうですか?……そういえばこれ何杯目だっけ……?まぁいいや」


由美への返事もそこそこに自問自答しながらマグカップを持って歩き出した和葉を見て、由美は眉を下げた。


「(どうしたんだろう)」


その時会議室のドアが開いて、由美はそちらに顔を向ける。

康平の後に哲平が出て来て、2人揃ってこちらに目をやった。

男性の目が離れた隙に哲平が由美に和葉はどこに言ったかと口パクで聞く。

するとあっち、と給湯室を指差した由美に頷いて、哲平は康平を送るべくエレベーターに向かった。

和葉が戻って来た時、2人はエレベーターに乗るところで。

音に気が付いた和葉が振り返ると、康平とバッチリ目が合った。

どちらも表情は変えずにただ見つめ合う。

哲平はそんな光景を見ていられなくて、さりげなくエレベーターの【閉】ボタンを静かに連打するのだった。
康平を玄関で見送った哲平は、これからどうするべきか考えながら十階に戻る。

康平の言っていたことがどうしても気になる。でも無理矢理聞くような軽い話ではなさそうだし、それはしたくない。

でも今のままじゃ、一生和葉から話してくれないことくらいわかっている。

知りたければ、結局は聞くしかないのだ。


「(知らなきゃ、救えない)」


よし、と意気込んで再びエレベーターに乗った。

和葉はエレベーターを見送った後、デスクに戻るとコーヒーを飲むことなくトイレに行った。

鏡を見ながら大きく息を吐く。

目をぎゅっと瞑ってゆっくり開いて、口角をクイっと上げてトイレを出た。

会議室のお茶を下げ、資料をまとめてテーブルを拭いていると哲平が入って来た。


「打ち合わせ、お疲れ様でした」


ニコッと笑いながら言って纏めた資料を哲平に手渡す。


「うん。ありがとう」


受け取った哲平はまた和葉が無理に表情を作っていることに気付いて、何を思ったか資料をまたテーブルに置いて両手で和葉の頰を優しく挟んだ。

いきなりのことにうわ、と体を反転させた和葉は、至近距離にある哲平の顔にビックリして言葉を詰まらせた。

哲平の目が、和葉の目を捉えて離さなかった。


「だから、無理に笑うなって」


そう言いながら無意識に下唇を親指で優しく撫でる哲平に、和葉は一瞬固まったかと思うと次の瞬間みるみるうちに顔が赤く染まっていった。

それを見た哲平も自分の行動に気付いてまた驚いて。


「……え!?あ、ごめん!」


バッ!と離れた哲平は後ろを向いて頭を掻き、和葉は顔を真っ赤に染めてふるふると首を横に振った。


「ちょ、っと頭冷やしてくる。本当ごめん。気にしないでっ」


資料を忘れたまま哲平は走って会議室を出て行って。


「(キス、されるかと思った……)」


和葉はへなへなとその場に座り込んだ。


「……本当、ずるいよ」


撫でられた下唇が、やけに熱をもっているように感じた。



「(俺は一体なんてことを……!)」


頰の火照りを取るためトイレで顔を洗う哲平を、偶然居合わせた他の男性社員は怪訝な表情で見つめた。

そんなことも気にならないほどに哲平は動揺していて。

顔から雫が落ちるのも気にせずに鏡に映る自分を見つめて、その後に自分の親指を見つめて。

さっきの和葉の赤い顔を思い出してしまい、また哲平もまたボンッと効果音が鳴ったように真っ赤になった。

ポケットに入れていたハンカチで顔を荒々しく拭く。

そして資料を会議室に忘れたことに気が付いて、溜息を吐きながらトイレを後にした。

そっと会議室に戻ると、既にそこには和葉の姿は無く。

資料も見当たらず、首を傾げながら自分のデスクに戻ると探していた資料が置いてあった。

一番上にポストイットが貼ってあり、


《お忘れ物です。》


と綺麗な文字で書いてあった。

それは紛れも無く和葉の字で、ポストイットを剥がして見つめていると


「……どうぞ」


後ろからコトン、とデスクに置かれたコーヒー。

顔だけ振り向くと和葉が何食わぬ顔でお盆を持っていて。


「あ、りがとう」


お礼を聞いた和葉は、作った笑みではなくクスッと笑って自分のデスクに戻って行った。

思わずニヤける口許を隠すように下を向いて座った哲平とにこにこと戻ってくる和葉を見比べて、由美は嬉しそうに微笑んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

最後の想い出を、君と。

青花美来
ライト文芸
その一ヶ月は、私にとっては宝物のようなものだった。

ワンナイトLOVE男を退治せよ

鳴宮鶉子
恋愛
ワンナイトLOVE男を退治せよ

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...