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入院
しおりを挟む私の抵抗虚しく、晶は私のお母さんに連絡をとってしまった。
お母さんは慌てて学校まで迎えにきてくれて、私を車に乗せた後に晶と何やら会話をしている。
そして私の隣に乗ってきた。
「晶、なんで……」
「なんでもクソもねぇだろ。このまま帰ったってお前が心配で何も手につかねぇよ。俺も一緒に行くから」
ダメだよ、それじゃあ、バレちゃう。
私の病気が、バレちゃうよ。
しかし、私はもう体力の限界が来ていたのか、段々と意識が遠のいていく。
眠るように意識を失う寸前、晶が私の手をギュッと握り、
「大丈夫だから、ちゃんと一緒にいるから」
とずっと言葉をかけ続けてくれていた。
*****
目を覚ました時、私は病室のベッドの上にいた。
窓から差し込む日差しが眩しくて、
「っ……」
声にならない声が出る。
その瞬間、左側で何かが動き
「……沙苗……?」
と、聞き慣れた声が聞こえた。
ゆっくりと視線だけをそちらに向けると、
「沙苗?……沙苗!?聞こえるか?」
なぜか、そこには私の手を握る晶の姿があった。
「あ……きら……?なん、で……」
「お前……車の中で意識失ってから丸一日意識が戻らなかったんだぞ。待ってろ、今ナースコール押すから……あと、おばさんにも連絡するから……」
晶の目は真っ赤に腫れていて、鼻水を啜ったかと思うとナースコールを押してくれた。
すぐにやってきた主治医の先生に
「無理しすぎだ」
と呆れられてしまう始末。
晶からの連絡で買い物に行っていたお母さんが戻ってきて、お父さんも仕事を切り上げてすぐに駆けつけてくれた。
みんな泣いていて、私は逆に笑ってしまって少し怒られた。
お父さんとお母さんが先生とお話ししている間、私の隣には変わらず晶がいてくれている。
「晶……全部聞いた?」
「……あぁ、聞いた」
「ごめんね晶。呆れたでしょ」
「あぁ。心底呆れたよ」
私の手を握る晶は、何度も頷いた。
「お前がそんな苦しみを一人で抱えていたことに気付きもしなかった。そんな自分に呆れた」
「それは違うよ。第一高校に入ってから全然会ってなかったんだし、気付かなくて当たり前なんだよ」
気付くわけがないんだ。晶は何も悪く無いんだ。
「確かに校内で会うことなんてほとんど無かったけど、俺はずっとお前と話したかったよ」
「え?」
「中学までは毎日のように顔合わせてたから、それが当たり前みたいになってて。この三年間、なんかつまんなかった。沙苗が近くにいないと、面白くなかったんだ」
「……うん」
「だから意味も無く美術コースの階に行ってみたこともあったし、作品が展示してあれば真っ先にお前の名前を探した。スマホがあるんだから連絡すればよかったんだけど……なんでだろうな。恥ずかしかったんだ」
全然知らなかった。
私も、プロチームからのオファーがどうとか関係なく、本当はただ晶に会いたかった。
意味も無く体育コースの階に行ってみようかって何度も考えた。
晶が言った通りスマホだってあるのに、何故か偶然を装った上で会いたくて。
晶に会いに来たと思われるのは恥ずかしくて。でも、会いたい。
まさか、全く同じように考えていただなんて思わなかった。
「だから卒業式の日、誘ってくれて嬉しかった。会いにきてくれて嬉しかったんだ。でもそれで浮かれて、目の前のことを見逃してた。いくら三年間疎遠だったとしても、この一ヶ月は誰よりお前のそばにいた。ずっと顔合わせて、一緒に話して、メシ食って。また馬鹿みたいな話して。……それなのに、本当はお前が具合悪そうにしてたことくらいとっくの前から気付いてたのに!……気付いていながら何もできなかった自分自身に、呆れてる」
「晶……」
「なんで俺に言わなかったんだ、って。なんで俺の絵なんて描いてんだよって。そんなのこんな身体で描く必要無かっただろって……治療が先だろうって……そう思っちまう自分にイライラする」
そんなことを言わせたかったわけじゃない。
晶が悲観することなんて何もないのに。
私が勝手に隠して、勝手にわがままを言って。それに晶を巻き込んだ。それだけだ。
バレた時に晶がどんな気持ちになるか、そこまで考えが及んでいなかった。
最後にいい思い出ができた、なんて自分に酔っていた私が悪いのに。
「ごめんな。気付かなくて。ごめんな、無理させて」
「なんで……晶が謝るの」
「腕引っ張ったの、痛かっただろ。知らなかったとは言え、酷いことした」
「それこそ晶が謝ることじゃないよ。私が隠してたのがいけないの」
「……でも、沙苗が弱ってるのはわかってたんだからもっと気を遣うべきだった」
「晶……」
晶は私の手を何度も優しく撫でて、私の頭も撫でてくれる。
それが温かくて、たまらなく優しくて心地良くて。泣きたくなるくらいに嬉しかった。
晶が握ってくれている左手を少しあげると、晶はそっと離してくれる。
そして、晶の目元にゆっくりと指を這わせると、滲む涙を優しく撫でた。
「……晶にだけは、バレたくなかったなあ」
「っ……でも、俺は知れて良かったよ。もうお前を一人にしないで済む」
「もうっ……なんでそんなに優しいのっ……ごめんね、心配かけすぎた」
「本当だよ……心配かけすぎなんだよバーカ。俺の絵なんて描いてる場合じゃねーだろ。周りの気持ちも考えろ」
「うん。本当、馬鹿だよね。ごめんね。自分のことしか考えてなくて、本当ごめん」
「……っ、冗談に決まってんだろ馬鹿」
「ははっ、馬鹿しか言ってないじゃん」
晶は、車の中で私のお母さんから全てを聞いていた。
病気のことを一人でずっと抱え込んでいたこと。
骨肉腫と診断されたこと、他の臓器や骨に転移しており、余命宣告されていること。
だけど腕を切るくらいなら死ぬと言って治療を拒否して、高校を卒業したこと。
そして最後に、一番描きたいものを描きたいと言ったこと。
晶は全てを知った時、腑に落ちたと言う。
私の体調不良の原因や、急に人をモデルに絵を描きたいと言ったこと。
「最後に、私が絵を続けるきっかけになった晶にお礼を言いたくて。それで、絵を描きたいと思ったの」
「んなの、言葉で言ってくれればいいだろ」
「……ううん。どうしても、絵が描きたかったの。絵でしか伝わらないものがあると思ったから」
自分の集大成と言えるような作品が、なんとか出来上がった。
今の私は、それが嬉しくてたまらない。
「いつか誰か人をモデルにして描くなら、絶対晶を描こうって決めてた。私の絵を好きだって言ってくれた晶を描くって、決めてた。だからあの絵、出来上がったら晶にプレゼントさせてよ」
「……当たり前だろ。モデルの俺が貰わなかったら誰が貰うんだよ。むしろ金出すから買ってやるよ」
「ふふ、ありがとう。でも、完全に乾くまで時間かかるから、待っててね」
「あぁ。だからお前も、それまでくたばるんじゃねぇよ」
「わかってるよ」
そして私はその日から、入院してようやく治療を開始することになった。
とは言え、すでに身体は病魔に蝕まれておりどうすることもできない。
どうやら私の年齢的に、かなり進行が早かったらしくもう手の施しようがないと言われてしまった。
あとは迫り来る死を待つだけ。
描きたかった絵を描いた。高校も卒業した。もう悔いは無い。
ただ、心残りがあるとすれば。
晶が私にしたキスを意味を知りたい。
そして、あの完成した絵を、自分の手で直接晶に渡したかった。
痛みに顔を歪めながら、そう思った。
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