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第三章

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"もう会わない"


大雅にそう宣言してから、早いもので一週間が経過していた。


「芽衣」

「紫苑。おはよう」

「おはよ。……今日も?」

「うん。行ってない」


大雅に宣言した通り、わたしはあれから朝大雅を待つことはしなくなった。

それが正解なのかはわからない。だけど、心のどこかで一つ区切りがついたような、踏ん切りがついたような。そんな気がしていた。


「芽衣、本当にいいの?」


本音を言えば、やっぱりわたしは大雅のことが好き。多分この気持ちをなかったことになんてできなくて、この先もわたしは大雅のことだけを想って生きていくのだと思う。

悲しいし、切ない。

だけど、これ以上大雅の人生の邪魔をしないためにわたしが自分で決めたことだ。納得しているし、これでいいんだと思う。


「うん。いいの。今までわたしのわがままを貫き通してたのが間違いだったってわかったから」


これからは、わたし自身のことを考えて生きていかなきゃ。


「芽衣……」


紫苑が心配そうにわたしの手を握ってくれて、わたしも握り返す。

その温かさはわたしの心までもを包み込んでくれているよう。


「紫苑も、今までたくさん迷惑かけちゃってごめんね。ありがとう」


お礼を告げるとふるふると首を横に振った。


「わたしは、何があっても芽衣の味方だからね。これからもずっと。わたしが芽衣を支えるからね」

「紫苑……。本当にありがとう」


紫苑の存在にわたしがどれだけ救われているかを、彼女は知っているのだろうか。

どんなに苦しくなっても、悲しくなっても、紫苑の存在でわたしは笑顔を無くさずにいられる。

本当は言いたいことがあるはずなのに、それを飲み込んでわたしの気持ちを尊重してくれた。わたしを否定しないでくれた。

つらくても苦しくても、不安に押しつぶされそうになっても、紫苑がわたしを抱きしめてくれるから。紫苑がわたしと一緒に泣いたり喜んでくれるから。紫苑がその明るさと優しさでわたしを包み込んでくれるから。

紫苑がいなきゃ、わたしはわたしでいられなかったと思う。それくらい、わたしは紫苑に感謝してる。


「わたしも、何があっても紫苑の味方だよ。いつもわたしばっかり支えてもらっちゃってるけど、紫苑もいつでもわたしに頼ってね。頼りないかもしれないけど」

「もう、芽衣は自分のことだけ考えてればいいのに。でも、ありがとう。わたしも何かあったら一番に芽衣に相談するね」

「うん!」


ぎゅっと握った手からは温かさが溢れていて、二人で笑い合った。




その日の放課後、わたしは学校の正門のところで待ち合わせをしていた。


「芽衣!お待たせ」

「お母さん」


珍しくよそ行きの格好をしたお母さんと合流して、校舎の中に戻る。

今日は夏休み前の三者面談の日だ。


「先生に会うのも久しぶりだから少し緊張するわね」

「変なこと言わないでよ?」

「変なことって何よ、芽衣こそ学校でのこと何も話してくれないから、お母さん不安でいっぱいよ」

「もう、心配しなくても大丈夫だって」


わたしが大雅にもう会わないと宣言した次の日、わたしはお母さんに大雅との話をした。

涙ながらにわたしを抱きしめてくれたお母さんは、"芽衣が決めたことならお母さんは何も言わない。だけど、芽衣は一人じゃない。お母さんもお父さんも、ずっと芽衣の味方よ。それだけは忘れないで"と言ってくれた。

それ以来大雅の話はせず、いつも通りにしてくれている。

お母さんも紫苑も、優しすぎるよ。



お母さんと軽口を言い合いながら自分のクラスにやってきたわたしたちは、前の生徒が終わって出ていくのを見送り、「じゃあ次三上さん、どうぞ」との先生の声に返事をして教室に入った。

普段はだるそうな喋り方で生徒と同じレベルで言い合いしている先生が、今日はピシッとしたスーツで幾分真面目に見える。

そのギャップに笑いそうになりながらも、先生と向かい合うように置かれた二つの椅子にお母さんと並んで腰掛け、「よろしくお願いします」と礼をしてから面談が始まった。

「では早速ですが、以前進路希望調査票を記入していただいて、芽衣さんは進学希望と伺っています。ご両親も芽衣さんは進学希望でお間違いないですか?」

「はい」


結局わたしは紫苑にアドバイスをもらった通り、進路希望調査票に"進学希望"とだけ記入して提出した。

はっきりとした大学名は何も考えられず、やりたいこともわからないからそうとしか書けなかったのだ。


「三上、ぼやっとでもいいからどこか考えている大学はあるか?憧れてるところとか、こんなことしてみたいとか県内がいいとか上京したいとか、そんなことでもいい」

「全然。就職できるとも思えないし今のところ就職する理由も無いし、元々進学希望だったっていうだけで、具体的なことはまだ何も。自分が何を学びたいのかも正直よくわかってなくて」

「うん、なるほどな」

「……先生、どうでしょう。うちの子の成績は」

「えぇ。定期考査の成績もうちの学校の中では申し分ないものですし、以前行われた模試の結果も良かったです。このまま行けば目指せる大学も多いと思います。それは将来の選択肢が増えることなので、成績はこのままキープできるように頑張りましょう。あとは最近少し早退や保健室にいることが多いようでして、今のところ単位に影響はありませんが今後も増えると危なくなってきます。ですので──」


まだぼんやりとしたわたしの進路希望を、先生が一つずつ具体的になるように様々なことを提案してくれた。


「今のところ将来の夢もやりたいことも特になくて進学してから考えるという生徒も多いです。だから三上、今はぼんやりしてても何も焦る必要はない。大丈夫だからな」

「はい」

「一緒にじっくり考えていこう。……お母さん、いくつか資料を見繕って本人にお渡ししておくので、ご家庭でもよく話し合ってみてください」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。あ、あの、それと普段の学校生活はどうでしょう。この子、学校でのことは全く話してくれなくて……」

「ちょっとお母さん!」

「いいじゃない、こんな機会じゃなきゃ聞けないんだから」

「もうー……」

「ははっ、ご心配するお気持ちもよくわかります。でも普段から生活態度も良くて仲の良い生徒との笑顔がよく見られますよ」


お母さんがしつこく先生に学校でのことも聞くものだから、先生も困りながらも話し始めていつのまにかわたしの話で盛り上がる教室内。

ようやく面談が終わった頃には予定より大分時間がオーバーしてしまっていた。

今日はわたしが最後の面談でよかった。

後に待っている人がいたら申し訳なさすぎる。


「長居してしまって申し訳ありませんでした」

「いえ。ご心配は尽きないと思います。何かあったらいつでもご相談ください。三上もな。いつでも相談に乗るから。先生のこと頼ってくれていいからな」

「はい。ありがとうございます」

「娘のこと、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。今日はお越しいただきありがとうございました」


お母さんと二人で頭を下げて、教室を出る。


「芽衣」

「ん?」

「お母さんは、芽衣がどんな選択をしたとしても、芽衣を全力でサポートするからね」

「……ありがとう」

「サボりじゃないのは知ってるから叱るつもりはないけど。最近早退が多いなあっていうのはお母さんも感じてた。保健室に行くほど何か悩みがあるならなんでも相談してね」

「うん」

「さ、今日はこのままファミレスでも行っちゃおうか?」

「晩ごはん、お父さんの分は?」

「そんなの、適当にスーパーでお惣菜買って行こ。たまには女二人ってのもいいでしょ?」

「うん。そうだねっ」

「あ、でもお父さんには内緒よ。バレたらお父さん、拗ねちゃうから」


お母さんとお父さんの話をしながらファミレスに向かい、ちょっと早めの晩ごはんを食べてから家に帰る。


"芽衣、面談どうだった?"


紫苑から来ていた連絡に


"とりあえず進学希望ってことで話してたんだけど、お母さんが途中で学校生活のこととか聞き始めるからもう本当嫌だったー"


と返す。


"ははっ、面談あるあるだよねー。子どもには子どもの世界があるんだからそっとしてほしいとか思っちゃう"

"本当だよね。でも、そうやって心配してもらえるのも当たり前じゃないんだよなって思っちゃった"

"そうだね。感謝しないとね"


その日は寝るまで、紫苑と他愛無いやり取りを繰り返していた。

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