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進展
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数日後。
私は朝出社してから黙々と仕事に励んでいた。
あれ以来、特に天音からの連絡は無い。
梨香子さん曰く、傑くんも常に忙しく動いているらしいから天音も忙しいのだろうと予想がつく。
「唯香、お昼行こう」
「うん。あ、駅前にできたカフェに行かない?あそこのランチが美味しいって先輩が言ってた」
「いいね、行ってみよ!」
昼休み、営業事務をしている同期入社の堀井 侑芽と共にランチに向かう。
侑芽とは入社前の最終面接の日に出会い、その後も内定式と入社式で顔を合わせるようになり、仲良くなった。
新入社員研修の間も一緒にあれこれ会社の部署について話したり、帰りにご飯を食べに行ったり飲みに行ったりと、その頃から今でも社内ではお互いが一番仲が良いと自負している。
時間が合えばこうして一緒にランチに行くこともしょっちゅうだ。
ランチタイム中の会話の内容は専ら社内のことに関しての話や仕事についてがほとんど。
とは言え女特有の悪口なんかが飛び交うわけでもなく、純粋に今営業部が関わっているプロジェクトについてだったり社内の新商品についての話が多い。
「唯香は?総務の方はどう?」
「うん、私はいつもと変わらず。新人教育でてんやわんやだけど、基本はルーティンワークを黙々とこなすのみ」
「はぁー、私はそういうの苦手だからやっぱ総務は無理だ。毎日同じ作業って飽きない?」
「うーん、私はそういう系の方が得意だからね、飽きたって思うことはないかな」
答えながらランチプレートに乗るサラダをフォークで口に運ぶと、侑芽は
「正に"適材適所"ってやつだね。私は今の仕事が向いてるわ」
と笑って同じようにサラダを口に運んだ。
侑芽は緩くパーマのかかったセミロングの髪とぱっちりとした二重が特徴の、可愛い系の美女だ。男ウケが良さそうなふわふわした服を好み、メイクもそれに合わせて淡い色合いをよく使う。そのためふわふわ系女子だと思われているものの、実際は自分の意思が強いハッキリとした女性だ。
見た目でぶりっ子だなんてよく誤解されてしまうものの、本人は男性どころか恋愛に対して全く興味が無い。ただの美容オタクで自分の"好き"を貫いているだけ。恋愛して縛られたり行動が制限されるのが嫌だから、と独身を貫くと今から宣言している中々の珍しいタイプの子だ。
今まで相当恋愛で苦労してきたのが良くわかる。
私はそんな侑芽と一緒にいるのがすごく楽で、良くも悪くもバッサリと意見を言ってくれるからあまりはっきりしない性格の私にはとてもありがたい存在だった。
「そう言えば、この間唯香がイケメンと外車に乗ってどっか行ったって受付の子が噂してたけど、本当?」
淡々とした声に、パスタをフォークに巻く手が止まる。
「え、あれ見られてたの……!?」
「ってことは本当なんだ?」
しまった。墓穴掘った……。
「何々、どういうこと?唯香に男の影なんて私見たことないんだけど。詳しく教えなさいよ」
面白いものを見つけたかのような視線に、私は言葉を詰まらせる。
「いや、あれは別にそういう感じじゃ……」
「んな訳あるかって」
「……」
まさか見られていたなんて思わなかった。
もしかしたら他の社員でも見ていた人がいるのかもしれない。
「まぁ、唯香には元々浮いた話が全く無かったから、別人なんじゃないかって噂になってるみたい。私も知らないって答えたからその話は広まりはしないと思うけど」
それは私にとってはありがたい話だった。
確かに天音はイケメンだから、何かと目立つ。
今後もし、また食事に誘われることがあるようなら会社に迎えに来てもらうのはやめよう。
「……でもまぁ、もちろん私にはぜーんぶ話してくれるよね?」
「いや、その……」
「ね?」
「……はい」
圧を感じる侑芽のギラギラした視線に私は頷くしかなく、三年前にニューヨークで出会ったこと、そして先日傑くんの働く病院で再会したことを話した。
「会ったのも久しぶりだったから、成り行きでご飯に誘われて……」
ニューヨークで一夜を共にした話には触れずに、あくまでも傑くんの同僚と再会したのだと説明した。
侑芽は「へぇー……そんな偶然って本当にあるんだ?すごい」と驚きつつも納得したように頷いてくれた。
「じゃあ、その人とデートしてたんだ」
「っ……」
しみじみと呟いた言葉に、私は飲んでいたアイスティーを溢しそうになる。
「汚いわよ」
「……ごめん」
おしぼりを口元に当てて弁解する。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、あれはデートじゃないから。ただの食事だから」
「何子どもみたいなこと言ってんの。年頃の男女が一緒に食事をすることを世間一般では"デート"って言うのよ」
「……」
ぐうの音も出ない言葉に、私は文字通り何も言えずに口を噤むことしかできなかった。
「唯香にそんな浮いた話滅多に無かったから、私今すっごいにやけそう」
「それ本人に言う?」
「だって面白いじゃない。自分の色恋話には全く興味無いけど、唯香の話なら別だわ。すごい楽しみにしてるね」
「……続報に期待はしないで」
「めちゃくちゃ期待してる!進展あったら逐一報告してね!」
「……はい」
侑芽は自分が恋愛と無縁の生活をしているからか、知り合いのそういう話が大好物だ。
今までは私にもそんな浮いた話が無かったから話題にも登らなかっただけで。
侑芽はとても楽しそうにパスタを口に運んでは「おいしい」と満足そうに呟いていた。
「……進展なんてそうそうあってたまるかっての」
昼休みを終えて自分のデスクに戻り仕事に戻ること早二時間。
トイレから出て手を洗っているとスマートフォンが震えた音がして、ポケットの中から取り出す。
その画面を見て、「えっ!?」と思わず驚いて声が出た。
"明日、夜に少し時間が取れそうなんだ。また食事でもどう?"
なんとそれは天音からの連絡で、あまりにもタイムリーすぎて騙されてるのではないかとビクビクする。
……もしかして、どこかから監視されてる?
なんて馬鹿みたいなことを考えてしまう。
「……と、とりあえず、仕事終わったら返事しよう……」
平常心でいられなくて、一度画面を閉じた。
しかしそのままの状態で私が仕事に集中できるわけもなく。
案の定デスクに戻ってからも仕事が全く捗らないため、仕方なく周りから画面が見られないように素早く返信した。
"わかりました"
もう、ヤケクソだった。
最初は断ろうかと思ったものの、弱みを握られていたことを思い出して踏みとどまった。
そんなことをしたらおそらく天音は傑くんにあの夜のことを全てぶちまけてしまうだろう。
本人もそう言ってたわけだし。
別に、私だってもう二十歳を超えた大人なわけで。男女のそういう関係があってもなんらおかしいことはないのだけれど。
身内にそれを事細かく知られてしまうのはやはりいろいろな意味で無理だ。知られてしまったと仮定して考えるだけで死にそうになる。
仕方ない。どうせ食事だけだし。
頭を抱えたくなったものの、仕事中にそんなことができるわけもない。
「……はぁ」
ため息を一つこぼして、どうにか仕事に集中し直した。
私は朝出社してから黙々と仕事に励んでいた。
あれ以来、特に天音からの連絡は無い。
梨香子さん曰く、傑くんも常に忙しく動いているらしいから天音も忙しいのだろうと予想がつく。
「唯香、お昼行こう」
「うん。あ、駅前にできたカフェに行かない?あそこのランチが美味しいって先輩が言ってた」
「いいね、行ってみよ!」
昼休み、営業事務をしている同期入社の堀井 侑芽と共にランチに向かう。
侑芽とは入社前の最終面接の日に出会い、その後も内定式と入社式で顔を合わせるようになり、仲良くなった。
新入社員研修の間も一緒にあれこれ会社の部署について話したり、帰りにご飯を食べに行ったり飲みに行ったりと、その頃から今でも社内ではお互いが一番仲が良いと自負している。
時間が合えばこうして一緒にランチに行くこともしょっちゅうだ。
ランチタイム中の会話の内容は専ら社内のことに関しての話や仕事についてがほとんど。
とは言え女特有の悪口なんかが飛び交うわけでもなく、純粋に今営業部が関わっているプロジェクトについてだったり社内の新商品についての話が多い。
「唯香は?総務の方はどう?」
「うん、私はいつもと変わらず。新人教育でてんやわんやだけど、基本はルーティンワークを黙々とこなすのみ」
「はぁー、私はそういうの苦手だからやっぱ総務は無理だ。毎日同じ作業って飽きない?」
「うーん、私はそういう系の方が得意だからね、飽きたって思うことはないかな」
答えながらランチプレートに乗るサラダをフォークで口に運ぶと、侑芽は
「正に"適材適所"ってやつだね。私は今の仕事が向いてるわ」
と笑って同じようにサラダを口に運んだ。
侑芽は緩くパーマのかかったセミロングの髪とぱっちりとした二重が特徴の、可愛い系の美女だ。男ウケが良さそうなふわふわした服を好み、メイクもそれに合わせて淡い色合いをよく使う。そのためふわふわ系女子だと思われているものの、実際は自分の意思が強いハッキリとした女性だ。
見た目でぶりっ子だなんてよく誤解されてしまうものの、本人は男性どころか恋愛に対して全く興味が無い。ただの美容オタクで自分の"好き"を貫いているだけ。恋愛して縛られたり行動が制限されるのが嫌だから、と独身を貫くと今から宣言している中々の珍しいタイプの子だ。
今まで相当恋愛で苦労してきたのが良くわかる。
私はそんな侑芽と一緒にいるのがすごく楽で、良くも悪くもバッサリと意見を言ってくれるからあまりはっきりしない性格の私にはとてもありがたい存在だった。
「そう言えば、この間唯香がイケメンと外車に乗ってどっか行ったって受付の子が噂してたけど、本当?」
淡々とした声に、パスタをフォークに巻く手が止まる。
「え、あれ見られてたの……!?」
「ってことは本当なんだ?」
しまった。墓穴掘った……。
「何々、どういうこと?唯香に男の影なんて私見たことないんだけど。詳しく教えなさいよ」
面白いものを見つけたかのような視線に、私は言葉を詰まらせる。
「いや、あれは別にそういう感じじゃ……」
「んな訳あるかって」
「……」
まさか見られていたなんて思わなかった。
もしかしたら他の社員でも見ていた人がいるのかもしれない。
「まぁ、唯香には元々浮いた話が全く無かったから、別人なんじゃないかって噂になってるみたい。私も知らないって答えたからその話は広まりはしないと思うけど」
それは私にとってはありがたい話だった。
確かに天音はイケメンだから、何かと目立つ。
今後もし、また食事に誘われることがあるようなら会社に迎えに来てもらうのはやめよう。
「……でもまぁ、もちろん私にはぜーんぶ話してくれるよね?」
「いや、その……」
「ね?」
「……はい」
圧を感じる侑芽のギラギラした視線に私は頷くしかなく、三年前にニューヨークで出会ったこと、そして先日傑くんの働く病院で再会したことを話した。
「会ったのも久しぶりだったから、成り行きでご飯に誘われて……」
ニューヨークで一夜を共にした話には触れずに、あくまでも傑くんの同僚と再会したのだと説明した。
侑芽は「へぇー……そんな偶然って本当にあるんだ?すごい」と驚きつつも納得したように頷いてくれた。
「じゃあ、その人とデートしてたんだ」
「っ……」
しみじみと呟いた言葉に、私は飲んでいたアイスティーを溢しそうになる。
「汚いわよ」
「……ごめん」
おしぼりを口元に当てて弁解する。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、あれはデートじゃないから。ただの食事だから」
「何子どもみたいなこと言ってんの。年頃の男女が一緒に食事をすることを世間一般では"デート"って言うのよ」
「……」
ぐうの音も出ない言葉に、私は文字通り何も言えずに口を噤むことしかできなかった。
「唯香にそんな浮いた話滅多に無かったから、私今すっごいにやけそう」
「それ本人に言う?」
「だって面白いじゃない。自分の色恋話には全く興味無いけど、唯香の話なら別だわ。すごい楽しみにしてるね」
「……続報に期待はしないで」
「めちゃくちゃ期待してる!進展あったら逐一報告してね!」
「……はい」
侑芽は自分が恋愛と無縁の生活をしているからか、知り合いのそういう話が大好物だ。
今までは私にもそんな浮いた話が無かったから話題にも登らなかっただけで。
侑芽はとても楽しそうにパスタを口に運んでは「おいしい」と満足そうに呟いていた。
「……進展なんてそうそうあってたまるかっての」
昼休みを終えて自分のデスクに戻り仕事に戻ること早二時間。
トイレから出て手を洗っているとスマートフォンが震えた音がして、ポケットの中から取り出す。
その画面を見て、「えっ!?」と思わず驚いて声が出た。
"明日、夜に少し時間が取れそうなんだ。また食事でもどう?"
なんとそれは天音からの連絡で、あまりにもタイムリーすぎて騙されてるのではないかとビクビクする。
……もしかして、どこかから監視されてる?
なんて馬鹿みたいなことを考えてしまう。
「……と、とりあえず、仕事終わったら返事しよう……」
平常心でいられなくて、一度画面を閉じた。
しかしそのままの状態で私が仕事に集中できるわけもなく。
案の定デスクに戻ってからも仕事が全く捗らないため、仕方なく周りから画面が見られないように素早く返信した。
"わかりました"
もう、ヤケクソだった。
最初は断ろうかと思ったものの、弱みを握られていたことを思い出して踏みとどまった。
そんなことをしたらおそらく天音は傑くんにあの夜のことを全てぶちまけてしまうだろう。
本人もそう言ってたわけだし。
別に、私だってもう二十歳を超えた大人なわけで。男女のそういう関係があってもなんらおかしいことはないのだけれど。
身内にそれを事細かく知られてしまうのはやはりいろいろな意味で無理だ。知られてしまったと仮定して考えるだけで死にそうになる。
仕方ない。どうせ食事だけだし。
頭を抱えたくなったものの、仕事中にそんなことができるわけもない。
「……はぁ」
ため息を一つこぼして、どうにか仕事に集中し直した。
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