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Chapter2
12 side隼也
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……誰かに、似てる。
舞花の子どもを見て、まずそう思った。
日本人にしては彫りの深い顔立ち。相手は外国人か?
いや、でも髪の毛は黒髪だった。もし外国人ならもっと明るい気がする。
肌の色は舞花と同じで白いし、寝起きでもぱっちりとした二重はとても可愛らしいものだった。
相手とは付き合ってたわけじゃない。
しかもその男には他に好きな人がいた?
つまり、遊ばれたのか?遊ばれて捨てられたのか?
舞花は違う、自分が勝手に産んだだけだと言うけれど。
そんなの"はいそうですか"って理解できるほど、俺はまだ人間ができていないし、冷静にもなれない。
そう考えながら運転手に連絡し迎えに来てもらい、三年前と同じマンションに帰った。
少し冷静になろうと、洗面台で顔を洗う。
バシャ、と水を顔に浴びると、少し頭が冷えた気がした。
そのまま排水溝を見つめ、顔から滴り落ちる雫をボーッと眺める。
しかし答えの見えない問いばかりが頭の中を占めており、深い溜息を吐いた。
隣に置いてあったタオルで顔を覆い、水滴を取った後に自然と鏡に目を向ける。
───その時に、思った。
「……あれ……?」
既視感があった。
それは、つい先ほどに舞花の子どもを見た時と同じもので。
昔から日本人離れしていると言われるこの顔。
癖のあるこの黒髪。
頭の中をある仮説が過り、慌てて上着とスマートフォンを取って家を飛び出した。
向かった先は、実家だった。
久しぶりに帰った実家はすでに寝静まっており、俺が帰ってきたことにはおそらく誰も気付いていない。
俺は一直線に自室に向かった。
本棚の奥、漫画や雑誌が溢れそうなほどある中で一際存在感を放っている、一冊のアルバムを手に取る。
震える手で、その表紙を捲った。
一ページ、また一ページと捲り、その度にドクンと心臓が大きく音を立てる。
そして、目的の写真を見つけた時。
「……マジかよ」
俺は膝から崩れ落ちるように、その場に座り込んだ。
アルバムのページには、自分の幼い頃の写真が何枚も挟まっており、そのどれもが舞花の子どもと瓜二つというくらいにそっくりだった。
常盤副社長が、舞花の子どもは二歳だと言っていた。
確か、子どもは一年たたないくらいで産まれてくるとどこかで見たことがある。
つまり。
「……あ、の、時の……?」
三年前の、甘い一夜が蘇る。
舞花は俺が忘れていると思っているようだが、俺はあの日のことをしっかり覚えている。
三年前の、舞花を欲望のままに抱いた日のことを。
あの時は確かに汐音と別れた後で自暴自棄になって、昔から俺を甘やかしてくれる舞花の優しさにまた甘えてやけ酒に付き合ってもらって。
その時、何故かそれまで幼馴染としか思っていなかった舞花が突然誰よりも魅力的で、可愛くて。そう見えて自分でも驚いた。
夢中で求めて、夢中で抱きしめて。
今まで何人か恋人と呼ぶ存在がいたことはあれど。
あんなに狂おしいほどに甘くて濃密な時間は、俺の人生の中で確実に初めてだったと言える。
それくらい、俺の全身が舞花を求めて離さなかった。
翌朝起きたら舞花がいなくて、どれほど焦ったか。
連絡しても出てくれないし、やっと連絡がついたと思ったらすぐに切られちまうし。
終いには転勤の事後報告と音信不通。
あの時の俺は、周りから言わせれば"発狂"していたらしい。
舞花に嫌われた。
頭の中はそれしかなくて、舞花を失ってしまったことで俺は誰が見ても壊れてしまっていた。
誰かに当たるわけじゃない。物に当たるわけでもない。
一心不乱に、何も考えないように仕事にのめり込んで。
休みの日には一人で酒に溺れた。
そうでもしないと、舞花のことを思い出して胸がはち切れそうなほどに苦しくなってしまうから。
……俺は馬鹿だ。
今まで近くにいるのが当たり前で、その存在の大きさに気が付いていなかった。
あの日の、舞花から香るグレープフルーツの甘酸っぱい香りが忘れられない。
似たような香りの香水を見つけて、すぐに買ってしまったくらい、全身が舞花を求めていた。
舞花がいなくなってから、初めて気付いた自分の気持ち。
こんなにも、狂おしいほどの感情を俺が持っていたなんて。知らなかった。
そんな状態で三年過ごし、皮肉にも邁進していた仕事で評価されて、予定よりも早く昇進した。
そして数日前、会社に取引先の副社長が訪ねてきた時。
その隣にいる秘書が舞花だと気が付いた時に、俺は言葉を失って目を見開いた。
目の前の光景が、信じられなくて。
夢でも見てるんじゃないかって。幻覚でも見てるんじゃないかって。
本気でそんな心配をしてしまうくらいには、名刺を凝視してもそこに舞花がいることが信じられなかった。
三年ぶりの再会は、思いもよらぬ場所とタイミングで。
心の準備もできていなくて、焦って何度も視線を送ってしまった。
仕事に集中しなければ。そう思い直して仕事モードに頭を切り替えるものの、そんなの無理に決まっていた。
身体は勝手に動いて常盤副社長との話を進めていくのに、頭では全く違うことを考えているのだから困ったものだ。
見送りの時に思わず舞花だけにわかるように口を動かしたのは、本当に舞花なのかどうかを確かめたかったからだ。
しかし、まさかこの三年の間に子どもを産んでシングルマザーになっていただなんて。
あの時の一夜でできた子どもなのか……?
鳥肌が止まらない。
でも、そうだとすると全ての辻褄が合う。
時間も、タイミングも、舞花が"相手には他に好きな人がいる"と思っていることも、付き合ってたわけじゃないことも、相手が妊娠も出産も知らないことも。
俺に瓜二つなのも、その名前が"隼輔"ということも。
「っ……」
アルバムに、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
そこには、どの写真にも俺の隣で笑っている舞花がいて。
舞花が映っていない写真を探す方が大変なくらい、どこを見ても様々な表情の舞花がいる。
どうしてあの時の俺は、そんな当たり前のことに気が付かなかったんだろう。
今更後悔したって遅いのに。時間は巻き戻らないのに。
俺は自分のことばかりで、舞花のことを何も考えていなかった。
「……最低なのは、俺じゃねぇかよ……」
今頭の中にある仮説が本当だとしたら。
舞花は、どんな気持ちで妊娠の事実を受け止め、どんな気持ちで出産したんだろう。
それも、土地勘も無く知り合いもほとんどいない街で。誰にも連絡できず、たった一人で。
想像も絶するような、壮絶な日々だったのではないか。
まだ何もわかっていないのに、そう考えただけで無性に今すぐ舞花に会って、抱きしめたくなった。
舞花の子どもを見て、まずそう思った。
日本人にしては彫りの深い顔立ち。相手は外国人か?
いや、でも髪の毛は黒髪だった。もし外国人ならもっと明るい気がする。
肌の色は舞花と同じで白いし、寝起きでもぱっちりとした二重はとても可愛らしいものだった。
相手とは付き合ってたわけじゃない。
しかもその男には他に好きな人がいた?
つまり、遊ばれたのか?遊ばれて捨てられたのか?
舞花は違う、自分が勝手に産んだだけだと言うけれど。
そんなの"はいそうですか"って理解できるほど、俺はまだ人間ができていないし、冷静にもなれない。
そう考えながら運転手に連絡し迎えに来てもらい、三年前と同じマンションに帰った。
少し冷静になろうと、洗面台で顔を洗う。
バシャ、と水を顔に浴びると、少し頭が冷えた気がした。
そのまま排水溝を見つめ、顔から滴り落ちる雫をボーッと眺める。
しかし答えの見えない問いばかりが頭の中を占めており、深い溜息を吐いた。
隣に置いてあったタオルで顔を覆い、水滴を取った後に自然と鏡に目を向ける。
───その時に、思った。
「……あれ……?」
既視感があった。
それは、つい先ほどに舞花の子どもを見た時と同じもので。
昔から日本人離れしていると言われるこの顔。
癖のあるこの黒髪。
頭の中をある仮説が過り、慌てて上着とスマートフォンを取って家を飛び出した。
向かった先は、実家だった。
久しぶりに帰った実家はすでに寝静まっており、俺が帰ってきたことにはおそらく誰も気付いていない。
俺は一直線に自室に向かった。
本棚の奥、漫画や雑誌が溢れそうなほどある中で一際存在感を放っている、一冊のアルバムを手に取る。
震える手で、その表紙を捲った。
一ページ、また一ページと捲り、その度にドクンと心臓が大きく音を立てる。
そして、目的の写真を見つけた時。
「……マジかよ」
俺は膝から崩れ落ちるように、その場に座り込んだ。
アルバムのページには、自分の幼い頃の写真が何枚も挟まっており、そのどれもが舞花の子どもと瓜二つというくらいにそっくりだった。
常盤副社長が、舞花の子どもは二歳だと言っていた。
確か、子どもは一年たたないくらいで産まれてくるとどこかで見たことがある。
つまり。
「……あ、の、時の……?」
三年前の、甘い一夜が蘇る。
舞花は俺が忘れていると思っているようだが、俺はあの日のことをしっかり覚えている。
三年前の、舞花を欲望のままに抱いた日のことを。
あの時は確かに汐音と別れた後で自暴自棄になって、昔から俺を甘やかしてくれる舞花の優しさにまた甘えてやけ酒に付き合ってもらって。
その時、何故かそれまで幼馴染としか思っていなかった舞花が突然誰よりも魅力的で、可愛くて。そう見えて自分でも驚いた。
夢中で求めて、夢中で抱きしめて。
今まで何人か恋人と呼ぶ存在がいたことはあれど。
あんなに狂おしいほどに甘くて濃密な時間は、俺の人生の中で確実に初めてだったと言える。
それくらい、俺の全身が舞花を求めて離さなかった。
翌朝起きたら舞花がいなくて、どれほど焦ったか。
連絡しても出てくれないし、やっと連絡がついたと思ったらすぐに切られちまうし。
終いには転勤の事後報告と音信不通。
あの時の俺は、周りから言わせれば"発狂"していたらしい。
舞花に嫌われた。
頭の中はそれしかなくて、舞花を失ってしまったことで俺は誰が見ても壊れてしまっていた。
誰かに当たるわけじゃない。物に当たるわけでもない。
一心不乱に、何も考えないように仕事にのめり込んで。
休みの日には一人で酒に溺れた。
そうでもしないと、舞花のことを思い出して胸がはち切れそうなほどに苦しくなってしまうから。
……俺は馬鹿だ。
今まで近くにいるのが当たり前で、その存在の大きさに気が付いていなかった。
あの日の、舞花から香るグレープフルーツの甘酸っぱい香りが忘れられない。
似たような香りの香水を見つけて、すぐに買ってしまったくらい、全身が舞花を求めていた。
舞花がいなくなってから、初めて気付いた自分の気持ち。
こんなにも、狂おしいほどの感情を俺が持っていたなんて。知らなかった。
そんな状態で三年過ごし、皮肉にも邁進していた仕事で評価されて、予定よりも早く昇進した。
そして数日前、会社に取引先の副社長が訪ねてきた時。
その隣にいる秘書が舞花だと気が付いた時に、俺は言葉を失って目を見開いた。
目の前の光景が、信じられなくて。
夢でも見てるんじゃないかって。幻覚でも見てるんじゃないかって。
本気でそんな心配をしてしまうくらいには、名刺を凝視してもそこに舞花がいることが信じられなかった。
三年ぶりの再会は、思いもよらぬ場所とタイミングで。
心の準備もできていなくて、焦って何度も視線を送ってしまった。
仕事に集中しなければ。そう思い直して仕事モードに頭を切り替えるものの、そんなの無理に決まっていた。
身体は勝手に動いて常盤副社長との話を進めていくのに、頭では全く違うことを考えているのだから困ったものだ。
見送りの時に思わず舞花だけにわかるように口を動かしたのは、本当に舞花なのかどうかを確かめたかったからだ。
しかし、まさかこの三年の間に子どもを産んでシングルマザーになっていただなんて。
あの時の一夜でできた子どもなのか……?
鳥肌が止まらない。
でも、そうだとすると全ての辻褄が合う。
時間も、タイミングも、舞花が"相手には他に好きな人がいる"と思っていることも、付き合ってたわけじゃないことも、相手が妊娠も出産も知らないことも。
俺に瓜二つなのも、その名前が"隼輔"ということも。
「っ……」
アルバムに、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
そこには、どの写真にも俺の隣で笑っている舞花がいて。
舞花が映っていない写真を探す方が大変なくらい、どこを見ても様々な表情の舞花がいる。
どうしてあの時の俺は、そんな当たり前のことに気が付かなかったんだろう。
今更後悔したって遅いのに。時間は巻き戻らないのに。
俺は自分のことばかりで、舞花のことを何も考えていなかった。
「……最低なのは、俺じゃねぇかよ……」
今頭の中にある仮説が本当だとしたら。
舞花は、どんな気持ちで妊娠の事実を受け止め、どんな気持ちで出産したんだろう。
それも、土地勘も無く知り合いもほとんどいない街で。誰にも連絡できず、たった一人で。
想像も絶するような、壮絶な日々だったのではないか。
まだ何もわかっていないのに、そう考えただけで無性に今すぐ舞花に会って、抱きしめたくなった。
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