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Chapter1

3-2

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「……なに?どうかした?」


平静を装い問いかけるものの、むにゃむにゃとしている隼也は私の腕に絡みついてくる。


「ねー……帰んの?」

「うん。もう遅いし」

「やだ。泊まってって」

「なんで……」

「無理。寂しい。俺を一人にしないで」


空いた手で目を擦りながら、子どもみたいに駄々をこねる隼也。

これ、絶対悪酔いしてるよね。やっぱ飲ませすぎたか。

隼也の手の力は強く、抜け出そうにもびくともしない。

むしろ、グイッと腕を引っ張られたかと思うと、そのまま隼也の上に乗っかるように倒れ込んだ。


「ちょっ……!なに、どうしたのっ」


服越しとは言え、初めて触れたその胸は見た目よりも筋肉質で、固い。

立ち上がろうにも、背中に隼也の腕が回ってきて、身動きが取れなくなってしまった。


「まいかぁ……行かないで」

「っ!」


甘えるような声に、私は困惑を隠せない。

こんなに弱っている隼也は、今までで初めてかもしれない。

一体どうしてしまったのだろう。私にこんなに甘えるなんて。

もしかしたら、私のことを汐音ちゃんと間違えているのかも。

だって、そうじゃなきゃおかしい。

そうじゃなきゃ、今抱きしめられている理由が、説明できないから。

いつのまにか私はベッドに寝かされ、隼也が馬乗りになるように私の上にいる。

帰ろうと思った時にリモコンで部屋の照明は消したから、カーテンの隙間から覗く月明かりだけが私たちを照らしていた。

隼也は私を見下ろしながら、顔にかかる長めの前髪をクッと後ろに流す。

そして露わになったその切長の目が、ゆっくりと私を捉えた。

さっきまで寝ていたとは思えない、色気があふれるその姿。


「……しゅ、んや?」


心臓が、おかしい。

バクバクと、聞いたことがない音量で動いていて、聞いたことがないスピードで脈を打っている。

自分の身体が、自分のものじゃないみたい。

無意識のうちにごくりと唾を飲み込む。

私の両手を包み込むように、隼也のそれで優しく繋がれて。もっと心臓がうるさくなる。誰か落ち着く術を教えてほしい。

熱を帯びた目に、私の呼吸がどんどん浅く早くなっていった。


「なぁ、舞花」

「な、に?」


その目は私を捕らえたまま逸らすこともせず、真っ直ぐに私を見つめてくる。


「俺、今やばい。舞花がめちゃくちゃに可愛く見える」

「……え?」

「舞花って、こんなに可愛かったっけ?」

「隼也……?」


聞き間違いかと思って、何度も聞くものの。


「可愛い。食べちゃいたい」


隼也は、そんなこと私に今まで言ったこともないのに。


「なにを、言って……」


言い終わる前に、重なった唇。

一瞬だけ触れて、すぐ離れて。

それだけで、私は言葉も呼吸も止まってしまう。

それを見て、隼也はフッと笑う。


「っ……」


優しくて、いやらしくて。身体の奥が疼くような、そんな笑顔。

全身が沸騰するかのように熱い。

鼻と鼻が触れ合う距離で、隼也は私に甘く囁く。


「……舞花、俺ダメかも。今、舞花のこと抱きたくて仕方ない」

「しゅんっ……」


私の言葉を吸い取るかのように重ねられた唇。

今度は、さっきみたいに触れるだけじゃなくて、ねっとりとした濃厚なキス。

驚きの余りされるがままだった私は、突然入り込んできた舌に翻弄される。


「ん……んっ」


歯列をなぞられ、私の舌に吸い付くように激しく絡めとられ、甘い声が漏れた。

いやらしい水音が辺りに響き、チュッと鳴った音と共に、少し顔を離してからうっすらと開いた目。

長い睫毛が、目元に影を落とす。

数秒目が合って、すぐにまた激しいキスが降ってきた。

唇に、頰に、首元に、耳に。

縦横無尽に駆け巡るように、私の身体に落ちるキス。

その度に、私は甘い吐息をこぼすことしかできない。

両手を掴まれているから逃げることもできないし、ましてこんなキスをされてしまったら、身体に力が入らなくて突き飛ばすこともできやしない。

耳の中に入り込んできた舌が、ぐちゅぐちゅと音を立てて動き回る。その音が脳内までもを刺激して、私の奥底が、甘く疼いた。

ようやく私の手が解放されたかと思いきや、今度は隼也は自分の右手だけで私の両手を掴んで離さない。

そして空いた左手は、私の背中をツー……と撫でる。

ビクン、とその微かな刺激に身を捩れば、隼也は面白そうに口角を上げた。


「なに、舞花って耳も弱いし、首も弱い。背中も弱いの?」

「はぁ……ん……」


その手は次第に腹部を通って、胸に近付く。


「やば……舞花、可愛いよ」


汐音ちゃんと間違えているのなら、もうやめてほしい。

私の名前を呼んで、汐音ちゃんを見ているのならば、やめてほしかった。


だって、こんな抱かれ方したら。

……私が、大切にされているように、錯覚してしまう。

私のことを愛してくれているんじゃないかって、錯覚してしまう。

隼也は、私のことなんて好きじゃないはずなのに。

私のことなんて、ただの友達としか思っていないはずなのに。

どうして、こんなに優しく私を抱くの?

わからない。わからないよ、隼也。


───でも。


今だけは、この快楽に溺れてしまいたい。
だって、ずっと夢見ていたんだ。

隼也と一緒に歩く未来。

隼也と共にいる未来を。

私は、遠い昔からずっと隼也のことが好きだったのに。

私のことを見ていない隼也を、もう何年も見続けていて。もう無理だ、って。隼也が私を見てくれることは無いって。そう諦めていたのに。

こんな風に抱かれてしまったら、蓋をしてしまい込んでいたはずの気持ちが、ぶり返してしまう。

好き。大好きだよ。隼也。


「舞花……」


今だけ。今だけでいいから、私の名前を呼んで。私を見て。

私だけを、感じて。


───果てたのは、どちらが先だっただろう。

いつのまにか、そのまま眠ってしまっていた。
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