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「今日はありがとう。本当、母さんがごめん」

「ううん。すごく楽しかったし、ご飯もおいしかったよ」

「それ言ったら母さんすげぇ調子乗ると思う」

「ふふっ、でも本当のことだから」


外は当たり前だけどもう真っ暗で、空を見上げると月と星が見えている。


「あ、今日満月だ」

「本当だ」


そんな話をしながら歩いていると、不意に湊くんが


「千春ちゃん」


とわたしを呼ぶ。

そう呼ばれることにいまだ慣れていないわたしは肩を揺らすけれど、湊くんは空を見上げたままこちらを見てはいなかった。


「どうしたの?」

「……俺も、千春ちゃんにありがとうを言わないとと思って」

「え?」

「俺も、引っ越してから仲良い友だちもいないし、今まで中学なんて楽しくなかった。だけど、千春ちゃんと出会って俺も今はすごい楽しみ。学校も悪くないじゃんって思えた。だからありがとう」

「湊くん……」

「でも、多分学校が始まったら、また俺はいろんな噂されると思う。それに、俺と一緒にいたら千春ちゃんもいろんなこと言われる。だから、夏休みが終わっても学校では俺からは話しかけないようにするから」


そう言ってわたしの方を見た湊くんは、すごく寂しそうで切なそうな表情をしていた。

それは、わたしのために言っているんだろう。

そんなの気にしなくていい。わたしだって、いろんなこと言われる覚悟はしてるから一緒にいるのはやめない。

……そう、言いたいのに。


「湊くん……」


そう、言いたいのに。

うまく、言葉が出ないのはどうしてなの?


「だから、こうやって話せるのは夏休みまで、かな」


わたしの頭を撫でてくれる湊くんの声が、痛々しい。


「俺のわがままで夏休みも一緒にいてもらったし友だちになってもらっておいて失礼だってのはわかってる。だけど」


苦しいよ。そんな表情しないでよ。
そんな声、出さないでよ。


「俺、そんな方法でしか千春ちゃんの守り方、思いつかねぇから」


さっきまで幸せで楽しくて仕方なかったのに、一気にどん底に落とされたかのような気持ちになる。

気が付けばもうわたしの家に着いていて、まともに何も返せないままのわたしに、湊くんは片手を上げて去ろうとする。


「……み、湊くんっ」

「……ん?」


呼び止めて、どうするんだとか。

何を言うんだとか。

そんなの、何もわからなくて。

ただ衝動的に呼んだ名前に振り返ってくれた湊くんに、わたしは深呼吸をする。


「わたしはっ……わたし、この夏休みの間、湊くんに言われたから一緒にいたんじゃないよ」

「え?」

「わたしが、湊くんと一緒にいたかったから一緒にいたの」

「千春ちゃん……」

「わがままだなんて思ったことない。たしかにわたしは弱虫で、今湊くんに言われて学校で噂されるの怖いと思っちゃった。だけど、だからって湊くんと一緒にいるのやめたくないよ。どうしたらいいかはまだわかんないけど……。でも、わたし、このままバイバイなんて嫌だから」


放課後とか、学校の図書室とか、昼休みにちょっとだけとか。

そんな少しの時間でもいい。

こんなに仲良くなれたんだ。

わたしの初めての友だちなの。

それを、ほとんど嘘の噂に振り回されて一緒にいれないだなんて、そんなの絶対ダメ。

だけど、怖い気持ちもあって。

自分の感情が理解不能だ。


「だから、そんな寂しいこと言わないでよ……」


そう言った次の瞬間。

ふわり、と。何か温かいものに包まれた。


「……ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ」

「え……?」

「ごめん。そうだよな。俺、酷いこと言ったよな。俺が悪かった。だから泣かないで」

「泣いてなんか……あれ……」


気が付くと、自分の頬が濡れていた。


「やだ……なんで……」


それは拭いても拭いても止まってくれなくて、わたしを包んでいる温もりが湊くんだと気がついてからは、余計に止まらなくて。


「ごめん。ごめんな」


ただひたすらに謝ってくる湊くんに首を横に振りながら、湊くんが抱きしめてくれるその優しさに甘えてすがりついて、しばらく涙を流すことしかできなかった。
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