死神と真人

野良

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怨霊

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 モリタへの報告が終わってから、俺は担当の地区へ戻った。それから数日、何事もなく任務をこなす日々が続いた。真人まなとも相変わらず、俺につきまとっていた。
 それがーー真人の存在が、最近なんだかイラつくようになってきた。
 彼は無邪気に俺を慕う。俺が下界にいる間はずっとそばにいて「景色が綺麗」だのくだらない話ばかりする。
 俺はそんな慕われる人間ではない。俺のこと、何も知らないくせに、笑いかけてくるんじゃない。
 いつでも口に出しそうだった。

 ある日、怨霊が現れたと連絡があった。
 怨霊とは、この世に恨みを抱いて死んだ人間の霊だ。攻撃的で、生きている人間にも死んだ人間にも攻撃を仕掛けてくる。
 死神は戦ったりしないが、この怨霊を捕獲することも仕事のひとつだ。
 捕まったあと、怨霊は存在を消される。もう生まれ変わることはない。

 スマホを見て、怨霊の位置を把握する。市内の廃病院。先日、若者のリンチ事件があってひとりが死んだ。
 近づく奴はいないと思うが、早めに対処しておくに越したことはないだろう。今から現場へ行かなければ。
「死神さん、どこへ行くんですか?」真人が言った。
「ついてくるな」
「どうしてですか?僕もお手伝いしますよ」
「ダメだ。……大体、なんでいっつも俺につきまとうんだ?お前がやるべきことは、彼女を笑顔にすることだろ」
「僕は……死神さんと一緒にいたいんです。もちろん麻ちゃんの様子も見てますよ。それと同時に、死神さんの役にも立ちたいんです」
「俺に構うのはやめろ。迷惑だ」
 俺が言うと、一瞬真人は傷ついた顔をした。しかしすぐに真面目な顔をして、言った。
「……なんでそんなに、ひとりになろうとするんですか。人は、ひとりでは生きていけないでしょう?」
「……うるっせぇんだよ!」俺はかっとなり、真人の胸倉をつかんだ。「お前に何がわかんだよ。俺は……」
 俺は、誰のことも信じない。
 人間に情なんてもたない。
 少しでも感情が動かされることがあれば。
 俺は死神でいられなくなる。
 チッ、と舌打ちをして俺は真人を突き飛ばし、ひとり廃病院へ向かった。

 もうすでに夜になり、辺りは真っ暗だった。
 俺はもう開かなくなった自動ドアを通り抜けて中へ入る。
 家具や調度品が無くなった、だだっ広い空間に足を踏み入れる。
 天井も、所々抜け落ちて、鉄骨が剥き出しになっている。
 どことなく気配を感じる。怨霊のものか。回収し損なった霊がいなければいいが。
 朽ち果てた階段に身を隠し、様子を伺う。……いた。およそ10メートル先に怨霊の姿があった。
 その姿は生前のものとさほど変わらない。やはりリンチ事件で死んだ奴だったようだ。学校の制服を着た、若い男。
 しかし、異常な雰囲気を醸し出していた。顔は俯いているためよく見えないが、近寄っただけで攻撃されそうだ。自分を死に追いやった奴を探しているのか、辺りを徘徊している。
 俺は捕獲用のアイテムを握り締めた。
 その時。
「死神さーん?いませんかー?」
 真人の声が聞こえた。
 ……嘘だろ。このタイミングで。
 突き飛ばし「迷惑だ」とも言ったのに。
 なぜついてくる?
「死神さん?」
 怨霊に気付かれた。
 そう思った瞬間、俺は真人の元に走りより、腕を掴んで引き寄せた。それとほぼ同時に近くにあった壁が壊れた。怨霊が攻撃したのだ。
「逃げろ!」俺は真人の手を取ったまま走った。
 そうして怨霊と距離を取り、物陰に隠れる。
「あれは……何なんですか?」真人が言った。
「怨霊だ」俺は銃のような形の捕獲用のアイテムを取り出し、安全装置を外した。「この世に恨みを持って死んだ霊だ」
「どうするんですか?」
「捕まえる。危ないから、ここを動くなよ」
 俺は物陰から飛び出し、銃を構えた。怨霊の姿は見えなかった。……どこへ行った?
「死神さん!上です!」
 真人の声で上へ銃を構える。怨霊は頭上から俺に攻撃しようとした。
 銃の引き金を引く。先から捕獲用の網が出てきて、怨霊を被う。
 怨霊は逃れようともがくが、そのまま自動で霊界に転送された。
 俺はふーっと長い息を吐く。被害なしで捕らえることができた。
 真人は物陰で座り込んでいた。
「この馬鹿。何でついてきたんだ」俺は彼の手を取り、立たせた。その手は、恐怖のせいか震えていた。
「……怒ってますか?」
「怒ってねえけど……でも、これでわかっただろ。もう関わるな。目的を果たす前に、消えるところだったぞ」
「……ダメです」
「は?お前まだ……」
「僕が、ダメなんです。死神さんがいないと……実くんが言ったように、麻ちゃんが他の男の人と仲良くなるのを見ると苦しくて、黒い感情に飲み込まれそうで……」
ーー怨霊にならないように、気を付けておきな。
 モリタの言葉を思い出す。
「そういうことか……」俺はため息をつく。
 俺はどうしても、こいつと一緒にいなければならないらしい。
 イライラしても、喧嘩しても。
「死神さん?」真人は不思議そうにこちらを見る。
「……わかったよ。ずっとそばにいる。その代わり、仕事の邪魔はするな」
 彼の顔がぱっと輝く。……そんなに嬉しいか?
「やっぱり、死神さんはいい人ですね」
 何にも知らねえで、と思ったが、口に出すのはやめた。
 こいつには何を言っても無駄だ、という諦めがあった。
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