一なつの恋

環流 虹向

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 ダメだ…。
また、集中出来なくてみんなに迷惑かけてる。

一「…ごめん。」

俺はみんなの集中を害してしまい、申し訳なさでいっぱいになり筆を持っていた手を膝に置く。

奏「一が悪いわけじゃないんだ。」

海斗「そうだ。一が謝ることじゃない。」

明「俺も気づかなかったんだ。ごめんね。」

将「今日の夜、俺らも行くから。大丈夫。」

みんな俺にそう言ってくれるけど、いつもより筆の進みが悪いじゃんか。

今日で出来上がると思っていたこの『天畔の織星あまほとりのおりぼし』は予定してた完成時間が過ぎてもまだ終わりが見えない。

奏「…今日はここでおしまいにしよ!」

と、奏は手を止めて手を1度パチンと叩く。

一「でも…」

明「8月25日の当日消印有効だからまだ余裕だよ。」

明は俺が持っていた筆を取り、片付け始める。

海斗「まだ1週間は置いとけるんだ。少しぐらい休憩してもいい。」

将「とりあえず、飯行くかー。」

と、みんなは手早く道具をどんどん片付けていってしまう。

全員で集まれる時間はすごい貴重なのに俺のせいでみんなの時間を蔑ろにしてしまうなんてダメだ。

一「…やろう。今日終わらせようって言ったじゃん。」

奏「中途半端な気持ちを筆に乗せる方がダメだよ。いつも言ってるじゃん。」

…ああ、そうだった。

俺に絵を出会わせてくれた奏と初めて絵を描いた時、自分の手から生み出されるこの場にないものが何もない画用紙に写し出されていくのがとても嬉しくて心踊ったんだ。

そんなある日、俺が奏の得意な風景画を真似て描いた時に、

「下手くそ。」

と、その絵を描いたこともない奴が俺の絵を侮辱したんだ。

俺は奏より絵が下手と分かっていたから奏の描く様子を真似て、劣っているところなんとか補おうとしていたのに何もしてなくて知らない奴のその一言でその日は画用紙とクレヨンを机に置いたまま家に帰った。

自分で下手くそと認めていたって他人からの侮辱が痛いほど心臓を押しつぶして筆を持とうという気にさせてくれなかったんだ。

その次の日、奏にまた一緒に練習しようと誘われたけどどうしてもやる気分になれなかった。

すると奏はその場で俺のことを罵った奴の似顔絵を描き、そいつの後頭部にその似顔絵を液体のりで貼り付けた。

「こいつの本当の顔。」

って言って、指していたその似顔絵は人とは思えないくらいトゲトゲした毛が生えていて口元は牙を剥き出し、大口を開いて生ゴミのようなものを吐いていた絵だった。

そいつは自分の頭に乾燥ぎみの液体のりをつけられ、剥がそうとしたけれど頭皮が痛くて泣き出し、怒られる必要のない奏は先生と親にその日1日怒られてしまった。

けど奏は俺より人物画が苦手なのに、自慢げに笑顔でその絵を見せてくれたことに俺は衝撃を受けた。

その絵は保育園のゴミ箱に捨てられていたところを俺が拾い、小学校の頃にお年玉で買った机にしまっていて今は毎回実技テスト後に見るのがお決まりになった。

そして、その事があった次の日。
奏はまた俺と絵を描こうと言って、画用紙とクレヨンを持ってきた。

俺は奏に下手でもなんで描こうと思ったのか聞いてみると、

「描きたいから描くんだよ。」

それが楽しいから、悲しいから、怒っているから、幸せだから、なんだっていい。
その絵を描きたいって思ったら描く自分が好きと奏は幼いながら気づいていて、ずっと描きたいものを描いていた。

だから描きたいと思えないときは一旦お休みするんだと、風邪を引いてるときは毎回言っていた。

俺の師匠、奏が言うんだからそうなんだろう。

今、正直に言うと俺は絵を描きたいと思えない。

どうしても違うことを考えて一筆間違えてみんなの足を引っ張りたくないと思っているから。

自分の気持ちと頭を今だけ、この絵から離れさせよう。

一「分かった。飯行こ。」

俺は自分がやるべきことの優先順位を頭の中で並べ替えて、1度筆を休めることにした。





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