一なつの恋

環流 虹向

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昼飯のフードファイトをこっそりと支えてくれた奏と音己ねぇが普段よりも甘エビを食べられなくなってしまったことに俺は申し訳なく感じ、肩もみでもしますかと言ったら、音己ねぇに1時間歩くコンビニに付き合わされることになった。

闇しかない田舎道でわざわざコンビニに行かなくてもいいのにと思いつつも、俺は音己ねぇの足元を照らして携帯のマップアプリが教えてくれるコンビニに向かう。

一「なんで車で行かないの?」

音己「腹がつっかえる。」

腹より胸が出てるだろと言いたくはなったが、ぐっと抑えてそうなんだと言うしかなかった。

音己「むーこは一と付き合いたいんじゃないの?」

と、音己ねぇは珍しく俺に話を振ってきた。

一「高校生の時に1回付き合って殺されかけたから無理。」

音己「奏シェルター?」

一「そう。音己ねぇが短期留学行ってる時にあった奏シェルター。」

そう言うと、音己ねぇはなるほどなと頷いて何かが繋がったのかスッキリした顔をする。

音己「今日の昼の様子からして、むーこは一から離れられない。」

音己ねぇはそう断言をして俺の目を見て険しい顔をする。

一「…なんで?昔より一緒にいる時間少なくしてるし、俺が嫌な事はちゃんと断ってる。」

音己「一はむーことどういう関係になりたいんだ?」

音己ねぇは腕を組み、頭を右に傾ける。

それは奏が頭を悩ませた時と一緒の行動で俺は内心驚いた。

一「俺は…」

と、口に出そうとしたのは『友達』と言う言葉だったけれど、俺が理解してる“友達”とは違っていて頭を悩ます。

音己「…何にもなれないなら嫌ってもらった方がむーこのためにも自分のためにもなる。」

一「好きって言ってくれるのに…?」

音己「好意は全人類満遍なくに渡せる事は出来ない。世の中の9割9分はどうでもいい奴と嫌いな奴なんだ。」

一「それでも好きって言ってくれる奴は一緒にいたい。」

音己「それは1番やってはいけない自己中だ。むーこが求めてる関係性になれないなら、昼みたいなことはやめた方がいい。」

一「…なんで。」

俺は自分でも分かっている答えを違うと否定してもらいたくて音己ねぇに質問する。

音己「愛を偽った言葉と行動は人を1番傷つけるんだ。一は理解してると思ったけどな。」

と、音己ねぇは少し遠くで光を放っているコンビニに向けて1人歩き出してしまう。

その音己ねぇ俺はついていけなくて1人ゆっくりと青白く光るコンビニ横にあった錆びたベンチに座り、頭を冷やす。

…自分でも分かってた。

今まで遊んできた知り合いにはただご機嫌をとるために嘘をつきまくって、その場を盛り上げて、その中心にいられるために自分の本心を隠したまま過ごしてた。

名前も顔も覚えてない女も、俺の虚言で去った彼女も、隠し事をしない好青年とババァが言うような男に彼女を取られた時だって、ただその場で起きたことを受け入れて1人になった瞬間、自分自身を憎むんだ。

突き通せない嘘を吐くくらいなら正直に言えばいいのに、そんなこともできない臆病な俺は大人と呼ばれる酒が呑める歳になっても、5歳の時に芽生えた感情が今でも俺を支配してる。

けど、15年も嘘をつき続ける生活をしてきてそれが俺の当たり前になってしまったから今から変わろうという勇気は出ない。

だから高校生の時に出会ってから別れるまでと同じような行動を夢衣にとってしまって、気を惹かせてしまう。

こうしていたら昔と似たような道を辿ってしまうかもしれないのに、俺自身が変われないせいで夢衣にも奏たちにも迷惑をかけてる。

…だから、俺から人は離れて行ってしまう。

何度も同じ過ちを繰り返すし、
見た目の優位性もない、
何かしらに能力が長けてるわけでもない、
自分の資金力もない、
人として愛情の伝え方もまともにできない、
そういう俺には最期にはなにも側にないんだ。

だからそのことに早く気づいた姐さんは俺から去っていったし、まともな生き方が分からない奴と見定めてツツミさんは俺と仲良くする。

そういう俺は使い古したナフキンと同じ。
もう少しで穴が空きそうで、触れてしまったらノリものらずにくたびれているのが分かるけど、用途で使えるものなら使うだけのもの。
少しでも乱暴に扱えば一瞬でゴミ箱だ。

俺はもう穴が空いてしまったけれど、雑巾として油汚れを拭き取っている薄汚れたナフキンに今はなっている。

それでも誰かに必要としてくれるから俺は存在出来るし、真新しいナフキンを使いたくない者への気持ちを考えたらwin-winな関係だと俺はそう思い込んでいる。

「なんでアイス選ばないんだよ。」

と、煤汚すすよごれの空を見上げていた俺の目の前に音己ねぇの顔が出てくる。

一「徒歩つらい。」

音己「背負うか?」

一「無理だろ。」

俺は立ち上がり、音己ねぇが持っていた買い物袋を持って家に戻る道を一緒に歩く。

一「また貯め買い?あと3日しかいないけど。」

音己「最後の夏は1人でゆっくり過ごすのもいいかなって。」

と、音己ねぇは少し口元を緩めて微笑んだ。

一「最後?」

音己「親が離婚するからあの別荘はお母さんの物になる。売って自分の貯金と合わせて海外に飛び回るんだって。」

そんなこと、奏から聞いてない。

一「奏は?」

音己「まだ知らない。ちゃんと昼にバイトと学校行ってるからね。」

一「…俺に言っちゃっていいの?」

音己「一は言わない奴って知ってる。」

悲しい話をしているはずの音己ねぇはなぜかずっと微笑みながら俺と目を合わせて話してくれる。

あの日、俺が頭から落ちた日よりも前に見せてくれていたいつもの笑顔をしてくれている。

音己「嫌いになったから別れるわけじゃない。ただ結婚っていう枠組みにはめられてるのが2人の生きる枷になってたらしいんだ。」

一「…ん?昔からってこと?」

音己「私が生まれる前から奏が独立するまで。ずっと。」

一「好き同士で結婚したわけじゃないの?」

俺は分からなくなってたくさん質問してしまう。

あんなに仲が良くて子どもの成長を影から静かに見守っていた2人を俺は奏の笑顔ごしに見てたから信じられなかった。

音己「言っただろ、今も好き同士。好きだから相手のことを思って自由にするんだ。」

一「…でも一緒にいたいじゃん。」

音己「側にいて感じる幸せも、離れて感じる幸せもあるんだ。一はまだ理解してなかったのか?」

と、音己ねぇは乱暴に俺の頭を撫でて溶けかけのモナカアイスを買い物袋から取り出して食いだす。

音己「親も人。私も人。何思ってるか聞かないと分からないことだらけだし、言ってくれた言葉が本当かどうかは分からない。けど、私の側にいる人は嘘つかない奴らって思ってるから私も側にいる。」

一「嘘ついたら?」

音己「咬み殺す。」

と言って、いい音を立てながらモナカアイスを大口で食べ進める音己ねぇ。

俺は音己ねぇならやりそうだなと思い、これからもずっと音己ねぇには嘘をつけないなと思った。

一「俺のアイスは?」

音己「ゴリゴリくん。」

一「え!?早く言ってよ。溶けてんじゃん。」

俺は買い物袋の1番下に入っていたソーダ味の氷菓子を取り出すけど、すでにジュースになっていた。

音己「聞かないからだ。」

そう言って音己ねぇは最後の1口を食べ終えて手についた食べカスを払う。

一「…俺も、こっちに残りたい。」

あの日以来、1度考えて口に出していたことをやめて、俺は自分の思っていたことをすぐに言ってみた。

音己「ダメだ。全部終わらせたら来い。」

一「夏休み終わっちゃうじゃん。」

音己「その前に終わらせればいい。」

音己ねぇはまたいつもの音己ねぇの顔に戻ってしまい、俺もいつも通り分かったと首を縦に振ることしか出来なかった。




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