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VOL:1 予期せぬ同居

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「リシェルさん、何をやってるのよ、もう…全く役に立たないんだから」
「申し訳ございません。今からやります」


姑のアメリ―の叱責が今日も仕事から帰宅をしたばかりのリシェルに向かって飛んでくる。

家の中は朝、仕事に出た時からすればモノが散らばり、飲みかけ、食べかけの食器もテーブルの上にそのまま。リシェルが仕事に出た後、起床をする義両親の寝台は起きた時そのままでシーツを外しもしていない。

夕食を調理するため、水瓶を覗けば水を足してくれてもいないし、「腹が減った」と言う割には竈に火を起こしてくれてもいない。


「早く片付けて夕食にして頂戴。あぁそれと!昨夜のシーツはゴワゴワしていたわよ。デリケートな肌なんだからちゃんとしてくれないと!それから!この本はに読み終わったのよ。もう一度読み返せと言うのかしら」

「お義母様、本は図書館に返却のついでにお好きな本を借りて――」

「なかなか酷な事を平気で言うのね?この私に図書館まで歩けと言うの?この本を持って?信じられないわ」

「運動にもなりますし、図書館の中でのみ読める本も多いんですよ?」

「嫌だわぁ。一言言えばこの私に文句ばかり。育ちが悪いと考え方まで歪んでいるのね。あら?ごめんなさいね?そうそう、男爵家の出だものね。仕方ないわよねぇ」

「・・・」

「図星を突かれればダンマリなんて言いご身分だこと。だいたい貴女は私がどんな本を好むのかまだ判らないの?この本だって面白くも何ともないわ。もっとこう・・・そうね、次を読みたいと思わせるようなものを選ぶべきなんじゃないの?貴女、本っ当~にセンスがないのよ」

「申し訳ございません」

「謝ってる暇があるなら、夕食の前に私を気遣ってお茶でも淹れたらどうなの。仕事してるからってサボっていいなんて思ってるんじゃないでしょうね?」


茶を淹れれば、「熱い」「ぬるい」とその都度リシェルを罵倒しなければ気が済まないアメリー。疲れた体に鞭打って義両親の世話をするのも、リシェルはセルジオを愛している。その気持ちがあったからこそ。




ボスク子爵家の次男セルジオと4年間の交際を経て結婚をしたリシェル。

嫡男であったならいずれは子爵家の当主となるため、セルジオの両親とも同居となるであろう事は判っていたが、セルジオは次男。結婚をする為の両家の顔合わせでも同居の話は一切出ていなかった。

セルジオの両親も長男であるヨハネスに後を継がせるつもりでいたし、なんなら金に困っても手助けをする事は出来ないと顔合わせの場、リシェルの目の前でハッキリ言われたくらい。

が、しかし何処にでも予定外は発生するもの。

セルジオとリシェルがささやかな結婚式を挙げ、2カ月ほど経った頃にセルジオの両親が「間借りさせてくれ」とやって来て住み付いてしまった。

「カレンさんってね、年寄りを虐めるのよ」


ヨハネスの妻であるカレンはオーベル伯爵家の3女。
およそ人を虐めるような女性ではないが、要は馬が合わなかった、若しくは嫁いびりが酷く息子のヨハネスがカレン側に完全についてしまったからだろうとリシェルは感じていた。

リシェルの実家はマルセ男爵家。カレンに手でも上げようものなら格上の伯爵家に何を言われるか判らない。対面を兎角気にすることもあって義母であるアメリーは「子爵夫人」だからと殊更リシェルにはキツくあたった。

転がり込んできたは良いけれど、食費も家賃も一切負担をせず、挙句には小遣いをせびってくる。結婚して間もなく1年。予定では2年目で子供を含めた家族計画をする為にもう1つ2つ部屋数のある家を借りて引っ越す時期だと考えていたが、これでは貯まるモノも貯まらない。現実的に稼ぐ金と出ていく金がほぼ同額か足が出る。

今はまだ独身時代の貯金がセルジオにもリシェルにも多少はあるので生活は出来るが、現状のままでは未来の予想図は描けず、子供でも出来ようものならより節制をしなければ産前産後にリシェルは働けないのだから生活も出来なくなってしまう。


リシェルの実家は兄が父から家督を譲り受けて継いでいるものの、父親が引退を考えたのも3年前に起こった洪水による借金が原因。致し方ない借金だとは言え、復興をさせながら収益をあげねば借金は返せず金の事で実家を頼る事も出来ない。

アメリーはそれも知っていてリシェルを責め立てる。


「また野菜くずのようなスープに、なによこれは。出汁を取った後の鶏ガラじゃないの。どうせ給金を御大層な親孝行に使っているんでしょうねぇ。全く・・・こっちだって親なんですけどね?貴女はね、嫁いできた身。棄てた実家に金を落とすくらいならこっちには倍使ってもバチは当たらないわよッ!」


確かにクズと言えばクズだけれど、青果店の店頭にあるモノよりも等級は良い野菜だし、鶏肉もアメリーの言葉に間違いなく出汁を取った後のものだけれど、食材は全てリシェルが勤めるミケネ侯爵家の御用達から調達し、本来使用人の賄になるモノを貰って来たもの。

肉に味があるのもミケネ侯爵家から調味料すら分けて貰っているから。
そんな肉にかぶり付き、皿まで舐める勢いで食事をする舅のゴメスと姑のアメリー。


リシェルの悩みは姑アメリーの嫁いびりだけではない。
舅のゴメスについても悩んでいた。

ニヤニヤとリシェルを見つめる目も気持ち悪いのだが、ある日セルジオの帰りを待っている最中に椅子に座ったまま寝込んでしまった事があった。何か息苦しさを感じて深夜に目を覚ますと至近距離にゴメスの顔があった。

驚き過ぎて声も出ないリシェルにゴメスは「慰めてやろうか?」と顔を寄せて来てベロリと舌で顔を舐めようとした。リシェルは椅子から床に転げ落ち、這うようにして玄関を飛び出した。

玄関の前で蹲っていると、1時間程してセルジオ帰宅をした。
震えるリシェルをセルジオは抱きかかえるようにして部屋に入るとゴメスはアメリーの隣で鼾をかいて寝ていた。

「夢だったんじゃないか?父上は大抵朝まで起きないぞ?」
「あれが…夢・・・そんな…」


寝惚けていたにしては鮮明過ぎてとても夢だとは思えない。しかしゴメスが寝室に入り大鼾で寝るのもいつもの事で、リシェルが知る限りゴメスは朝まで小水ですら起きてきた事もなかった。

――夢だったの?でも…――

リシェルは困惑しながらも、その日以来どんなに眠くてもセルジオが帰るまでは眠る事をやめた。
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