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第二王子の求婚
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リルムデン皇国の使節団と向き合い、真正面にいる第二王子は例えるならばベンガルトラだろうか。
ひと際その存在感を感じずにはいられない程の威圧感が部屋の中に漂う。
この国が置かれている状況は一言で言えば芳しくない。
自立をしているようで、食料の大半は他国からの輸入に頼っていて輸出については額は伸び悩んでいる。主産業が第一次産業であるこの国では天候などに大きく収支が影響される。
食料品の関税だけでなく、入国税など何とか低い水準で押さえてはいるものの相手の機嫌次第という弱点がある。対等に話をするには圧倒的に足らない国力なのだ。
前国王はそれを自国民の所得税、住民税、贅沢税、消費税で賄ってきた。
子供たちを学ばせるよりも働かせないと日々の食べ物にも困る一般の民の識字率も低い。
一定の年齢になった子供たちは家を出され、騎士団など衣食住の食住に困らない場所に行く。
兵の数なら多そうに見えるがそうではない。剣も槍も「真似事」にちかい者達の烏合の衆に過ぎないため、酒場で声が通りその場を諫めるのは裏社会の人間たちである。
無料の上、昼と夕方の2食の軽食を付けて識字率を上げるようにしてはいるものの、食事だけが目当てでパンを配給してもらえばその場で帰ってしまう者も多い。
前国王の残した負債は余りにも大きかった。
「貴国としての最善策。我がリルムデン皇国の傘下に収まる事だと思うがどうだ?」
「それは我が国に属国になれと?」
「かなり直訳しているが、端的に言えばそう考えて頂いて問題ない」
「お断りいたします。属国となれば民は今まで以上に困窮してしまいます」
「だが、ザイデン国の食料輸出量が制限をされればどうなる?今までと同等の量を買うのにまた増税をするか?本末転倒であろう。我が傘下に入れば他国の脅威は払しょくする事を約束しよう。勿論食料だけではなく武力行使についても我が軍を要所に配する事で当面の危機は回避できると思うがね」
「だとしても、属国、植民地となる選択をする事は出来ません」
比較にならない程の国土と軍事力を有し、民の生活もこの国の貴族にも劣らない生活。全てが上回るリルムデン皇国だが、協定を結ばない限り数年後には食糧難になる事も想定はされていた。
国内自給率をあげても全てをカバーできるほどの肥沃な大地ではない上、他に産業がない。
午前中の会議は平行線のまま昼となってしまった。
ヴィアトリーチェは侍女を1人連れて王宮内の庭園を歩く。
日傘をさしかけてくれるくれる侍女に「あなたが日焼けしないように」と意識的に誰かの傘からはその身を外した。
「美しい白磁の肌が日に晒されてしまうがよろしいのか?」
ふいに掛けられた声に振り向くとリルムデン皇国の第二王子ガブリエルが立っていた。
共に従者、侍女を遠ざけ池のほとりを歩く。悔しいほどに洗練されたエスコートには従うよりなかった。
「話には聞いていたが、これほどに美しいとは思わなかった」
「ありがとうございます。庭師が聞けば喜びますわ」
「庭師?何故ここで庭師が出てくるのだ」
「え?庭園をお褒めくださったのでは?」
「私には花の美しさはよく判らん。野営をするのに燃えやすそうな木切れなら判断は付くがな」
「まぁ。ではこの庭園は燃さないでくださいませ。これでも庭師たちが丹精込めて育てている草木。王宮での気ぜわしさを紛らわせてくれると評判ですの」
少しだけ引かれる手に力と温もりを感じつつも20分ほど歩くと遠くに従者と侍女が見えた。
お互いが前を向いていたままの状態でガブリエルは一つ息を吸い込んだ。
「貴女さえ良ければ私の妻にならないか?」
「面白いご冗談を仰るのですね」
「いや、冗談ではない。面倒な事は嫌いな質でね。私の妻となればこの国には誰にも手出しはさせない。立場上王配となる事も可能だが、それは父が許さないだろう」
「国ごとわたくしに嫁げ‥‥そう仰いますの?」
「最も確実で最も有効な公私ともに最善の提案だ。何より私は貴女に心を奪われた」
外そうとした繋いだ手を引くが、ガブリエルの手からは解けなかった。
真っ直ぐにヴィアトリーチェを見つめている瞳には熱があった。
「我がリルムデンにとってもこの国は都合が良いのだ。外海に面していて港もある。大型船が入港できるほどの深さがある港はここだけだ。父はこの国を欲している」
無言でガブリエルを見やるが、ガブリエルは前を向いたままでヴィアトリーチェを見ようとはしなかった。繋がれた手だけがその言葉に「嫌悪」を感じるガブリエルの温度を伝える。
「この国への滞在は1週間だが、午後の会合では婚姻を含めた先程の話が出るだろう。私は‥‥あまり政略的な婚姻は好ましいとは思わないが、国を抜きにしても貴女を欲しいと男として考えている」
ガブリエルの言葉通り午後の会合ではヴィアトリーチェを召し上げたいとの話が出た。
ヴィアトリーチェ自身も公爵たちも強く反対出来ないのは、まさに道が残されていないからである。
話を断れば隣国の脅威の為に結ぼうとしていた協定は立ち消えとなり、その協定を結ぼうとしていた国から攻め込まれるという事だ。
敗戦国となり国の名前すら消える事を選ぶか、属国として女王を差し出すか。
その2つしか選択肢が残されていない。これが国力の差、守られれねば生き残れない者と、他も守れるものの違いを突きつけられて誰も言葉を発する事が出来なかった。
考える必要もなく、ヴィアトリーチェが選ぶ答えは1つ。
その為、執務室に集まった面々の前でヴィアトリーチェは務めていつもと変わらぬ口調で公爵、騎士団の団長に告げた。
「道半ば…いえ、まだその道すら出来ていないこの状態ですが、王位を元第三王子に引き継ごうと思います。彼ならあなた方とこの国を残せるでしょう」
「ですが、それでは陛下が――」
「攻め込まれ、国が無くなるよりはずっと良い選択でしょう?亡国の民となったものの行く末など想像に容易い。わたくしはそうはしたくはない。やっと立ちあがろうとしている民たちをまた奈落の底に突き落とすくらいならばこの身を差し出しましょう。幸いにガブリエル殿下はこちらに便宜を図ってくださるそうですし、詳細はこれから詰めれば良いでしょう」
手を組み、その手を額に何度も当てながらルクセル公爵は首を横に振った。
「私は、前回も今回も人身御供とするために娘を育ててきたのではない。何故…また」
「ルクセル公爵、いえお父様、それも運命なのでしょう。運命には抗えません。国を統べるつもりがこの段階で丸投げになってしまう不幸者をお許しくださいませ。さぁ、この話はここまで。またやる事が増えてしまいましたね。今日はもう皆さまゆっくりお休みくださいませな。明日から使節団を視察に案内せねばなりませんからね」
「陛下っ‥‥我ら騎士団は一丸となり抗戦する覚悟はあります。戦いましょう!」
「そうですよ。リルムデン皇国の部隊など蹴散らしてくれる」
「騎士団の皆様のお心は判りますが現状をごらんなさい。騎士の装備が整えられる者は少ないのです。騎士と言いながらも鈍、または木刀でしかその腕を振る事も出来ない者が大半。装備を揃えたくとも出すものはなく兵の数もあちらは5倍以上。無駄に命を捨てる事はしてはなりません」
ヴィアトリーチェの言葉通り、数だけの騎士団と揶揄されても不思議ではない。
「くそぉ!何もかも言いなりなんて!あの愚王のせいだっ」
騎士団長の壁にのめり込む拳から悔しさが伝わってくる。
悔しさと諦めを飲み込むしかない部屋には重苦しい空気がたちこめた。
翌日にリルムデン皇国への回答を控えた視察の最終日。
日程を無事にこなし王宮への帰路に付いた一行に暴徒化した民衆が立ちはだかったのだった。
ひと際その存在感を感じずにはいられない程の威圧感が部屋の中に漂う。
この国が置かれている状況は一言で言えば芳しくない。
自立をしているようで、食料の大半は他国からの輸入に頼っていて輸出については額は伸び悩んでいる。主産業が第一次産業であるこの国では天候などに大きく収支が影響される。
食料品の関税だけでなく、入国税など何とか低い水準で押さえてはいるものの相手の機嫌次第という弱点がある。対等に話をするには圧倒的に足らない国力なのだ。
前国王はそれを自国民の所得税、住民税、贅沢税、消費税で賄ってきた。
子供たちを学ばせるよりも働かせないと日々の食べ物にも困る一般の民の識字率も低い。
一定の年齢になった子供たちは家を出され、騎士団など衣食住の食住に困らない場所に行く。
兵の数なら多そうに見えるがそうではない。剣も槍も「真似事」にちかい者達の烏合の衆に過ぎないため、酒場で声が通りその場を諫めるのは裏社会の人間たちである。
無料の上、昼と夕方の2食の軽食を付けて識字率を上げるようにしてはいるものの、食事だけが目当てでパンを配給してもらえばその場で帰ってしまう者も多い。
前国王の残した負債は余りにも大きかった。
「貴国としての最善策。我がリルムデン皇国の傘下に収まる事だと思うがどうだ?」
「それは我が国に属国になれと?」
「かなり直訳しているが、端的に言えばそう考えて頂いて問題ない」
「お断りいたします。属国となれば民は今まで以上に困窮してしまいます」
「だが、ザイデン国の食料輸出量が制限をされればどうなる?今までと同等の量を買うのにまた増税をするか?本末転倒であろう。我が傘下に入れば他国の脅威は払しょくする事を約束しよう。勿論食料だけではなく武力行使についても我が軍を要所に配する事で当面の危機は回避できると思うがね」
「だとしても、属国、植民地となる選択をする事は出来ません」
比較にならない程の国土と軍事力を有し、民の生活もこの国の貴族にも劣らない生活。全てが上回るリルムデン皇国だが、協定を結ばない限り数年後には食糧難になる事も想定はされていた。
国内自給率をあげても全てをカバーできるほどの肥沃な大地ではない上、他に産業がない。
午前中の会議は平行線のまま昼となってしまった。
ヴィアトリーチェは侍女を1人連れて王宮内の庭園を歩く。
日傘をさしかけてくれるくれる侍女に「あなたが日焼けしないように」と意識的に誰かの傘からはその身を外した。
「美しい白磁の肌が日に晒されてしまうがよろしいのか?」
ふいに掛けられた声に振り向くとリルムデン皇国の第二王子ガブリエルが立っていた。
共に従者、侍女を遠ざけ池のほとりを歩く。悔しいほどに洗練されたエスコートには従うよりなかった。
「話には聞いていたが、これほどに美しいとは思わなかった」
「ありがとうございます。庭師が聞けば喜びますわ」
「庭師?何故ここで庭師が出てくるのだ」
「え?庭園をお褒めくださったのでは?」
「私には花の美しさはよく判らん。野営をするのに燃えやすそうな木切れなら判断は付くがな」
「まぁ。ではこの庭園は燃さないでくださいませ。これでも庭師たちが丹精込めて育てている草木。王宮での気ぜわしさを紛らわせてくれると評判ですの」
少しだけ引かれる手に力と温もりを感じつつも20分ほど歩くと遠くに従者と侍女が見えた。
お互いが前を向いていたままの状態でガブリエルは一つ息を吸い込んだ。
「貴女さえ良ければ私の妻にならないか?」
「面白いご冗談を仰るのですね」
「いや、冗談ではない。面倒な事は嫌いな質でね。私の妻となればこの国には誰にも手出しはさせない。立場上王配となる事も可能だが、それは父が許さないだろう」
「国ごとわたくしに嫁げ‥‥そう仰いますの?」
「最も確実で最も有効な公私ともに最善の提案だ。何より私は貴女に心を奪われた」
外そうとした繋いだ手を引くが、ガブリエルの手からは解けなかった。
真っ直ぐにヴィアトリーチェを見つめている瞳には熱があった。
「我がリルムデンにとってもこの国は都合が良いのだ。外海に面していて港もある。大型船が入港できるほどの深さがある港はここだけだ。父はこの国を欲している」
無言でガブリエルを見やるが、ガブリエルは前を向いたままでヴィアトリーチェを見ようとはしなかった。繋がれた手だけがその言葉に「嫌悪」を感じるガブリエルの温度を伝える。
「この国への滞在は1週間だが、午後の会合では婚姻を含めた先程の話が出るだろう。私は‥‥あまり政略的な婚姻は好ましいとは思わないが、国を抜きにしても貴女を欲しいと男として考えている」
ガブリエルの言葉通り午後の会合ではヴィアトリーチェを召し上げたいとの話が出た。
ヴィアトリーチェ自身も公爵たちも強く反対出来ないのは、まさに道が残されていないからである。
話を断れば隣国の脅威の為に結ぼうとしていた協定は立ち消えとなり、その協定を結ぼうとしていた国から攻め込まれるという事だ。
敗戦国となり国の名前すら消える事を選ぶか、属国として女王を差し出すか。
その2つしか選択肢が残されていない。これが国力の差、守られれねば生き残れない者と、他も守れるものの違いを突きつけられて誰も言葉を発する事が出来なかった。
考える必要もなく、ヴィアトリーチェが選ぶ答えは1つ。
その為、執務室に集まった面々の前でヴィアトリーチェは務めていつもと変わらぬ口調で公爵、騎士団の団長に告げた。
「道半ば…いえ、まだその道すら出来ていないこの状態ですが、王位を元第三王子に引き継ごうと思います。彼ならあなた方とこの国を残せるでしょう」
「ですが、それでは陛下が――」
「攻め込まれ、国が無くなるよりはずっと良い選択でしょう?亡国の民となったものの行く末など想像に容易い。わたくしはそうはしたくはない。やっと立ちあがろうとしている民たちをまた奈落の底に突き落とすくらいならばこの身を差し出しましょう。幸いにガブリエル殿下はこちらに便宜を図ってくださるそうですし、詳細はこれから詰めれば良いでしょう」
手を組み、その手を額に何度も当てながらルクセル公爵は首を横に振った。
「私は、前回も今回も人身御供とするために娘を育ててきたのではない。何故…また」
「ルクセル公爵、いえお父様、それも運命なのでしょう。運命には抗えません。国を統べるつもりがこの段階で丸投げになってしまう不幸者をお許しくださいませ。さぁ、この話はここまで。またやる事が増えてしまいましたね。今日はもう皆さまゆっくりお休みくださいませな。明日から使節団を視察に案内せねばなりませんからね」
「陛下っ‥‥我ら騎士団は一丸となり抗戦する覚悟はあります。戦いましょう!」
「そうですよ。リルムデン皇国の部隊など蹴散らしてくれる」
「騎士団の皆様のお心は判りますが現状をごらんなさい。騎士の装備が整えられる者は少ないのです。騎士と言いながらも鈍、または木刀でしかその腕を振る事も出来ない者が大半。装備を揃えたくとも出すものはなく兵の数もあちらは5倍以上。無駄に命を捨てる事はしてはなりません」
ヴィアトリーチェの言葉通り、数だけの騎士団と揶揄されても不思議ではない。
「くそぉ!何もかも言いなりなんて!あの愚王のせいだっ」
騎士団長の壁にのめり込む拳から悔しさが伝わってくる。
悔しさと諦めを飲み込むしかない部屋には重苦しい空気がたちこめた。
翌日にリルムデン皇国への回答を控えた視察の最終日。
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