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第18話 負傷するダニエレ
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その日は少し慌ただしかった。
「どうされたんです?」
ルドヴィカは桶を抱えて走っていくメイドを呼び留めた。
「ダニエレさんが怪我をして帰って来たんです」
「ダニエレが?!怪我の具合は?どうなの?」
ダニエレは数日報告にも訪れず、別の間者からどうやら気付かれた模様とだけ短い知らせがあっただけで、部屋に倒れ込んでいた。飲み仲間を装った筆頭公爵家の従者として潜り込んでいる間者が部屋を訪れなければ夜には儚くなっていたかも知れない。
大使館に転がりこまなかったのは間者と気付かれぬようにダニエレなりの配慮なのだろう。ダニエレが運ばれたと言う部屋まで急ぎ向かったのだが、モスキーは首を横に振るだけで中には入れてくれなかった。
「どんな状態であっても大丈夫です。部屋に入れてください」
「ダメだ。ダニエレからは現在聴き取りをしている。君を部屋に入れることはできない」
「そんな・・・怪我が治ってから聴き取――まさか?!」
間者の宿命でもあるが得た情報は治癒してからではなく、可能な限り早く報告をする。治療は後回しになる事も多く命を落とす間者も少なくない。
祈る事しか出来なかったルドヴィカは廊下の扉の開閉が邪魔にならない場所に座り込んだ。もう空も白みかけた頃、モスキーに肩を叩かれダニエレの眠る部屋に入る事が出来た。
全身を包帯で覆われていたダニエレは消え入りそうな声でルドヴィカを呼んだ。
「お嬢・・・」
「ダニエレ」
「へま・・・しちまった」
「いいの。喋らないで。ずっとここにいるから」
ダニエレの指先だけが動く手。
激しい拷問を受けたようだが、しばらく養生をすれば元気になると聞きルドヴィカは安心した。
その指を手で包むように覆うと掌の中で指が動く。
「どうしたの?お水?」
「痣・・・」
「痣?私の?」
ルドヴィカは腕をまくり、左腕の紅い痣をダニエレの指先に当てた。
「赤い砂時計の痣か・・・ダニエレは君になら心を食われても良いと忠誠を誓ったって事だね」
「この痣に何かあるんですか?」
「迷信だよ。メッサーラの一部の地区ではその痣を持つ女性には全てを投げうってでもって言い伝えがある。だからどうなるという訳ではないけど、ダニエレに取っては命を助けて貰ったり、返しきれない恩を受けたっていう思いがあったのかも知れないね」
返しきれない恩と言われてもピンとこないが、じぃぃっとダニエレを見ると口元が動いた。
「パン」
「え?あの差し入れてたパン?」
「なんだ・・・ダニエレ。餌付けか!クハハハ」
モスキーに笑われて、ダニエレは目と口、鼻の穴しか見えない包帯だらけの顔で目を閉じるという抵抗を見せた。
「暫くは安静だね。骨折もしてるし傷病休暇をやるよ。で、ルドヴィカさん。ちょっと僕の部屋に来てくれる?」
「はい。あの…殿下」
「どうしたんだい?」
「治療もあったのに・・・座り込んでしまったりして失礼しました」
「いいよ、いいよ。ダニエレが心配だっただけでしょ。それを言うならこんな時間から君を呼び出す私こそ謝罪をしなければいけないよ」
朝の空気がピリリと頬に刺さる。
冷えついた空気も纏ったモスキーの後をおってルドヴィカはダニエレの眠る部屋を後にした。
モスキーの後をついて、執務室ではなく、執務室に隣接する部屋に招かれたルドヴィカは先にソファを勧められた。モスキーは言葉を掛けながらお勧めの ”烏龍茶” と一口サイズの菓子の入った籠を準備した。
「さて、今回のダニエレなんだけどね」
「はい」
「誰の差し金か・・・知りたい?」
「それは勿論です。私が動く事で何か解決になるのなら・・・」
「っていうと思ったからやっぱり言わない」
「殿下!それはズルいです」
「だってダニエレは君のことを守りたいからどんな責め苦でも口を割っていないんだよ?」
「解りました。大人しくしています。だから教えてください」
「試したようで悪いんだけど、まだ当面君をここから出す気はない。でも会って欲しい人はいる。意味は解るよね?」
「解ります。殿下、もし私がこの国、そして過去の婚約者や家族に情があるとお考えでしたらそれは間違いですので書き換えをお願いしますわ」
「書き換えって…面白い事を言うね」
淹れた茶を口に含み、ルドヴィカが部屋の前で座っていた時も報告を受けて要約したものを本国向けに発信させたモスキーは「やっと一息」ともう一口茶を飲んで、カップを置いた瞬間にルドヴィカに直球を投げた。
「どうされたんです?」
ルドヴィカは桶を抱えて走っていくメイドを呼び留めた。
「ダニエレさんが怪我をして帰って来たんです」
「ダニエレが?!怪我の具合は?どうなの?」
ダニエレは数日報告にも訪れず、別の間者からどうやら気付かれた模様とだけ短い知らせがあっただけで、部屋に倒れ込んでいた。飲み仲間を装った筆頭公爵家の従者として潜り込んでいる間者が部屋を訪れなければ夜には儚くなっていたかも知れない。
大使館に転がりこまなかったのは間者と気付かれぬようにダニエレなりの配慮なのだろう。ダニエレが運ばれたと言う部屋まで急ぎ向かったのだが、モスキーは首を横に振るだけで中には入れてくれなかった。
「どんな状態であっても大丈夫です。部屋に入れてください」
「ダメだ。ダニエレからは現在聴き取りをしている。君を部屋に入れることはできない」
「そんな・・・怪我が治ってから聴き取――まさか?!」
間者の宿命でもあるが得た情報は治癒してからではなく、可能な限り早く報告をする。治療は後回しになる事も多く命を落とす間者も少なくない。
祈る事しか出来なかったルドヴィカは廊下の扉の開閉が邪魔にならない場所に座り込んだ。もう空も白みかけた頃、モスキーに肩を叩かれダニエレの眠る部屋に入る事が出来た。
全身を包帯で覆われていたダニエレは消え入りそうな声でルドヴィカを呼んだ。
「お嬢・・・」
「ダニエレ」
「へま・・・しちまった」
「いいの。喋らないで。ずっとここにいるから」
ダニエレの指先だけが動く手。
激しい拷問を受けたようだが、しばらく養生をすれば元気になると聞きルドヴィカは安心した。
その指を手で包むように覆うと掌の中で指が動く。
「どうしたの?お水?」
「痣・・・」
「痣?私の?」
ルドヴィカは腕をまくり、左腕の紅い痣をダニエレの指先に当てた。
「赤い砂時計の痣か・・・ダニエレは君になら心を食われても良いと忠誠を誓ったって事だね」
「この痣に何かあるんですか?」
「迷信だよ。メッサーラの一部の地区ではその痣を持つ女性には全てを投げうってでもって言い伝えがある。だからどうなるという訳ではないけど、ダニエレに取っては命を助けて貰ったり、返しきれない恩を受けたっていう思いがあったのかも知れないね」
返しきれない恩と言われてもピンとこないが、じぃぃっとダニエレを見ると口元が動いた。
「パン」
「え?あの差し入れてたパン?」
「なんだ・・・ダニエレ。餌付けか!クハハハ」
モスキーに笑われて、ダニエレは目と口、鼻の穴しか見えない包帯だらけの顔で目を閉じるという抵抗を見せた。
「暫くは安静だね。骨折もしてるし傷病休暇をやるよ。で、ルドヴィカさん。ちょっと僕の部屋に来てくれる?」
「はい。あの…殿下」
「どうしたんだい?」
「治療もあったのに・・・座り込んでしまったりして失礼しました」
「いいよ、いいよ。ダニエレが心配だっただけでしょ。それを言うならこんな時間から君を呼び出す私こそ謝罪をしなければいけないよ」
朝の空気がピリリと頬に刺さる。
冷えついた空気も纏ったモスキーの後をおってルドヴィカはダニエレの眠る部屋を後にした。
モスキーの後をついて、執務室ではなく、執務室に隣接する部屋に招かれたルドヴィカは先にソファを勧められた。モスキーは言葉を掛けながらお勧めの ”烏龍茶” と一口サイズの菓子の入った籠を準備した。
「さて、今回のダニエレなんだけどね」
「はい」
「誰の差し金か・・・知りたい?」
「それは勿論です。私が動く事で何か解決になるのなら・・・」
「っていうと思ったからやっぱり言わない」
「殿下!それはズルいです」
「だってダニエレは君のことを守りたいからどんな責め苦でも口を割っていないんだよ?」
「解りました。大人しくしています。だから教えてください」
「試したようで悪いんだけど、まだ当面君をここから出す気はない。でも会って欲しい人はいる。意味は解るよね?」
「解ります。殿下、もし私がこの国、そして過去の婚約者や家族に情があるとお考えでしたらそれは間違いですので書き換えをお願いしますわ」
「書き換えって…面白い事を言うね」
淹れた茶を口に含み、ルドヴィカが部屋の前で座っていた時も報告を受けて要約したものを本国向けに発信させたモスキーは「やっと一息」ともう一口茶を飲んで、カップを置いた瞬間にルドヴィカに直球を投げた。
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