紅い砂時計

cyaru

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第14話   沈黙の時間

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国と国の付き合いは目に見える部分では仲良く手を取り合い、時に固い握手を交わすものだが見えない部分は違う。より早く相手の弱みを掴んで取引を有利に進めようと間者を送りこんだり、王族間で姻戚関係となってより深い情報を得ようと試みる。

メッサーラ王国はダニエレ以外にも王宮内には何人も間者を送り込んでいる。
それは隣国も同じ。

莫大な鉱山の利益に胡坐をかいている間に、どうすれば利を産むかと考えた国は大きく差がついた。

ルドヴィカが折衝に向かった隣国の名はベトンス王国。
ベトンス王国が折衝で欲したのは国境を接する山の稜線付近に鉄塔を建てる事。
何の鉄塔かと言えば電波の中継をする為の鉄塔だった。

国王は最初その話を聞いた時に「やぐらか?」と考えた。
電波と言う目に見えないものを何度文官が説明をしても理解出来なかった。

国王が理解をしたのは国境付近の櫓については穀物の関税。税収も毎年右肩下がりで回復が見込めないため隣国への輸出に関しては関税を引き下げることと枠の拡大、輸入については引き上げ。

そうすれば隣国で売られるこの国の穀物は安い価格で提供できるようになり、輸出量が増える。ベトンス王国からの品には高い関税となるので今よりも税収が見込める。

「櫓の設置を許可するんだ。それくらいは飲ませろ」

ルドヴィカに無茶苦茶な要求を飲ませろと指示はしたが、折衝は折り合いをつける場でもあるため「譲歩案」も国王はルドヴィカに指示をしていた。


――まさか今になってやはり折衷案は飲めないなどと言うのでは?――

そうなればこの場にルドヴィカがいないのは非常に不味い。
パレードに出ているからと逃げられるのは僅かな時間となる。パレードが終われば2人だけでなく国王たちも城に戻るのは当然のことで「ご一緒しましょう」と言われてしまえば逃げ場も無い。


「本日は誠に目出度いですな」

まだどうすべきか迷いがあり、方向性が定まらない国王の元にベトンス王国の大使夫妻が現れた。

「いえ、忙しい中参列を下さり感謝にたえません。ささ、どうぞお座りください」
「いや、確認のみですので結構」

強い固辞の言葉に国王の肩はビクリと跳ねた。
愛想笑いを浮かべながら大使の顔を見る。立場としては国王の方が圧倒的に上なのだが腹をすかせた蛇の前に飛び出したカエルになった心境。

「いやはや素晴らしい式だった。ご子息もさぞかしこの日を迎えられて感無量だったと見える」
「そ、そうですな・・・もう19年も婚約をしておりましたので」
「このように大事な式の間際まで一行を我が国に足止めをしてしまい申し訳ない」
「いやいや、これも王族となれば避けては通れない道。良い経験になった事でしょう」
「ははっ、なんと人が悪い」
「え?」
「成婚と同時に代替わりの戴冠式。他国の大使もこのサプライズには国への報告をどうするかとご子息とは違った意味で言葉を失っておりましたよ」


急場しのぎだとは言え、戴冠式でしか身につけないマントを引っ張り出したのは悪手だった。

戴冠式のマントはその国を背負うと言う意味があり、戴冠式以外で身に纏う事はない。各国の大使が「成婚の儀」だとしか思っていない所に代替わりを示す「戴冠式」の装いで登場すれば困惑は必須。

だが、その分インパクトは十分で豪奢なマントは全ての視線を集めた事で身に纏っているのがジェルマノの他にミレリーだと言う事はバレてはいない。
国王は胸を撫で下ろしそうになったが窮地は脱していなかった。

先ほどは固辞したのに「座っても?」と問う大使に国王はソファを勧めた。
どっかりと腰を下ろした大使夫妻の目の前に国王夫妻も腰を下ろすが生きた心地がしない。

「で?国王。いや…代替わりをしたので先王とお呼びした方が?いやいや失敬。それ以前の問題だった。貴殿は何処のどなただ?」


国王も王妃もハッときがついた。
大使は祝いの言葉を述べる際一言も「ジェルマノ」や「王太子」とは言っておらず国王の事も敢えて「国王」などと呼称をしなかった。

「我が国の勘違いかも知れないのだが・・・確か貴国の代替わりは国王の死去に伴うとなっていたと思うのだが?」
「・・・・」
「いつ、如何なる時も国王が2人と言う混乱を招く状況を防ぐため、死去の翌日に即位。と私は思っていたのだが不勉強なようで何時、切り替わったのかご教授願いたい」
「・・・・」

大使の言う通りなのだ。無駄な混乱もあるが、午前中は先王、午後は新国王となれば各種の書類が差し戻しなどになった経緯があり、この国では先王の死去の翌日から新国王の体勢になる。
国王が同日に2人存在する日はあり得ないのだ。

そして、弱小国となっていても一国の国王。崩御に伴い葬儀も行わず慶事の成婚の儀を行うのもおかしな話。

戴冠式で使うマントならミレリーの腹が隠せる。
それだけしか頭になく、見た者がどう受け取るか間では考えていなかった。

「仮に先王だとしてもだ。代替わりは昨日、今日で決まるような事柄ではない、それは御承知されておられよう」
「勿論だ。緊急な事でもない限りどの国でも同じだ」
「では、先ごろの条約。これは如何様にお考えで?」
「あの条約は正規のものだ。見直しをする事はあれど覆る事はない」
「えぇ…王太子妃が名代で御座いましたからな」

大使の目がキラっと光る。

「我々は王太子妃だからと希望した先王、貴方や王太子が来ない事も譲歩して話し合いを重ね条約を結んだ。しかしそれでは前提がおかしなことになりませんかね?」

「いや、それは!」

「我々は王太子妃だから条約を結んだ。その際にこの国の継承の形がどうなろうとそれは口出しをする気はない。ただ将来的に王妃になる事は予測は出来ても帰国し僅か1か月で王妃にとなれば・・・その事もお伝え頂かねば今後の対応というものもあります。よもや・・・我が国に失態を犯させ瑕疵を問うおつもりで秘匿されていたと?」


国王は何と答えればこの場を脱するのか。
隣に座る王妃に救いの目を向けるが王妃は視線を逸らせた。

戴冠式用のマントは王太子妃がルドヴィカではなくミレリーだと言う事を隠すためだったと言えば、結んだ条約は反故になる。ベトンス王国を騙して条約を結んだことになってしまうからである。

継承する際の形式が変わり生前に譲位する事になったのだとその件を突っぱねても、ベトンス王国に帰国後すぐに王妃となる事を告げず、王太子妃として扱わせたことになる。

自国でもそうだが他国でも王族が来たとして、それが継承権のない王子や王女なのか、王太子クラスなのか、国王クラスなのかで当然扱いは変わる。

そこに「失態」を思わせるよう動いたと思われてもおかしくない。

前者を正とすれば戦争は免れない。後者を正とすれば戦争にはならずとも国交断絶は不可避。

あと1つ大使は国王に道を残してはいる。
双方の都合の良い部分だけを組み合わせたように見える答えだが一番選んではいけない答えだ。

「隠し子に王位を継がせた」という答えだが、その場合国王は譲位をしたとなり国王ではなくなるし王太子はジェルマノではないと認める事にもなる。当然ルドヴィカが結んで来た条約も白紙。完全に詰みの答え。

いずれも選ぶ事が出来ない国王に大使は口角を上げた。

「答えて頂こう!」

大使の声に国王も王妃も沈黙する事しか出来なかった。
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