紅い砂時計

cyaru

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第09話   モフ界の王子様とメリーさん

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ガチャリと扉を開くとそこは異世界。

「よーしよし。うぁっ!やったなぁ。このっ!このっ!」

パッと見は大きな毛羽立った毛布ような塊がモゾモゾと蠢いている。
が、それだけではなかった。

部屋の奥にある少し暗がりになった場所にはキラっと光る何かが幾つもある。
従者が「殿下!殿下!」と声を掛けるが大きな毛布ような塊から立ち上がったのが第7王子モスキー。
塊はモスキーの足元でむくっと高さを付けた。

「あ、あの…ヒャァウ!!」
「驚かせちゃったね。僕の友達でバウっていうんだ。アフガン・ハウンドという犬種でね。可愛いだろう?」
「殿下、ちゃんとご説明しないと!ルドヴィカ様が困っておられますよ」

モスキーが説明をしてくれている間に大きな塊の1つが近寄って来てルドヴィカの目の前でコロンと横になるのだが、見たことも無いような大きな犬なのか熊なのか。

「足元にいるのはヨーゼフ。セントバーナードという犬種だ。あとは・・・屋敷に住み着いてた猫がえぇっと・・・」
「殿下。8匹です。8匹」
「8匹だ!残念ながら全部白と黒のハチワレという模様で僕も区別がつかないんだ」
「は…はぁ…」
「後は飼ってる訳じゃないんだけど屋根裏とかにネズミが何匹かいると思う」
「ね、ねずみ・・・ですか」
「大丈夫だよ。夜中にしか遭遇した事はないからね」

――全然安心できないわ――

モスキーが手でネズミの大きさを示すのだが、どう考えても背後にいるハチワレ猫より大きい。そんな大きなネズミと夜中に遭遇したら喉が潰れるまで絶叫しそうだ。

従者が「殿下は狩猟と高原の散策がご趣味ですので」と耳打ちをしてくれる。
どうやら狩猟にはアフガン・ハウンド、高原の散策のお供がセントバーナードらしい。

――では猫は?――

考えている事が判ったのか、モスキーは「早朝のお供かな。重さで目覚めるんだ」と笑った。

呆気に取られてしまったが、伝えることは伝えねばならない。


「申し訳ないのですが子供を3人、私と同じ部屋で構いませんので当面置いて頂きたいのです」
「あぁダニエレが言ってた子供のことかな」
「はい、ティト、ベルク、ララという3人兄弟妹です」
「いいよ。数人増えたって問題ないけど一番小さな子は・・・泊りの使用人はいたかな」
「はい、メリーさんが本日の宿直となっております」
「だって。メリーは11人の子供達を育て上げてるから預けるといいよ」

――11人・・・かなりの子沢山なのね――

そう思ったのだが、モスキーに許しを貰いララをメリーに預けようとティトにララの居場所を聞こうとした時、ララと思わしき子供の泣き声が廊下を響いて来た。

「ララッ!!」

ティトとベルクは廊下を走り、声のする部屋に行ってみればララはメリーさんによって湯あみ中。

「なんです!レディの湯あみを覗こうだなんて!100年早いッ!」

クワッ!っと目を見開いたメリーさんに一喝されてティトとベルクは後ずさり。
ルドヴィカは同性だと言う事で入室を許可されたのだが、そこも異世界だった。

バスタブは王宮にもあったが、浸かるものではなくそこから湯を汲み上げるためのものだったが、国が違えば使用用途も違うのか。


ララを洗っている桶の湯がまるで泥水。
何度目かの洗髪で赤茶色だったララの髪の毛は薄いグリーンだった。

――ここまで色って変わる物なの?!――

「可哀想にねぇ…でもお兄ちゃんたちはこの子にはミルクをあげてたんだね。いいお兄ちゃんがいて良かったねぇ」

そこで驚いたのだ。バスタブの中にララが落ちないよう手で支えて体を浸ける。

「あの…バスタブって」
「驚いたかい?でもメッサーラではこうやってバスタブに浸かって全身を温めるんだよ」
「そうなのですね」

ララは乳飲み子と聞いていたのでまだ首もしっかりしていない赤子かと思ったが生後5、6カ月という所だろうか。湯で体を洗うと疲れと空腹からミルクをたっぷり飲んだララは寝息を立てはじめる。

「さぁ、手伝いをお願いしますよ」
「は、はい。あの・・・初めてなんですが・・・」
「大丈夫。最初は水を弾くと思うけど兎に角洗う!洗って洗って洗うのよ。いい?」
「は、はい」
「こういうのはね・・・順番にすると片方が逃げるから一度に両方を洗うのよ」

ララの様子を見ていたティトとベルクはメリーさんの両腕に抱えられて先ずは服のまま湯船に放り込まれた。そこにワッとメイドがなだれ込み、ティトとベルクの衣類を剥ぎ取っていく。

「やめろ!うわぁぁ!!」
「兄ちゃん!にいちゃぁぁん!!」
「静かに!目を閉じるんだよ!泡が目に入っちまうからね!」

ゴシゴシと洗われていく2人だが、ララ以上の酷い香りが湯殿に充満する。

「換気して!新しいタオル!それから・・・これは・・・固形石鹸ッ!」

透き通った湯が張られたバスタブにティトとベルクの2人が力なく浸かるようになるまで45分。洗いに洗われた2人も汚れを取れば全く違う髪色になった。

「へぇ。大きいお兄ちゃんはオレンジの髪、小さいお兄ちゃんはクリーム色かい」
「小さいっていうな!」
「私から見れば十分に小さいよ。私の年を追い越してからその減らず口を叩きな!」

メリーさんの年齢は54歳。間違いなく追い越せないだろう。
子供用の衣類があるのかと思えば急ぎ調達してきたようで、用意された服に着替えたティトとベルク。髪もついでに切ったり削いだりで整えて貰えば、痩せている事を除くと貴族の子息のようにも見える。

「なんか・・・動きにくいんだけど」
「兄ちゃん。腹減ったよ・・・それに眠い」

聞けばバスタブに浸かる事はそれだけで体力も使うので子供は眠くなってしまう子もいるのだとメリーさんは語る。


夕食は寝ているララは不在だが、モスキーとルドヴィカ、そしてティトとベルク。

「賑やかな食事はいつもよりも美味しく感じるよ」

モスキーが言う通り、ルドヴィカも「食事が楽しい」のだと実感する夕食だった。しかし眠気が限界にきてパンを手にして船をこぎ始めた2人。

「寝かせてあげよう」

モスキーの指示で使用人に抱きかかえられて運ばれて行った2人。
おそらく生まれて初めてであろう沈み込む寝台に寝かされたのだった。


そして・・・子供たちが寝入ってしまいルドヴィカも興味がなかった訳ではない。
使用人に体を洗ってもらい「どうぞ」と勧められたバスタブにチャポン・・・。

「ファァァ・・・気持ちいい~」

湯殿から出た後は今まで感じた事のない爽快感と軽い脱力感を覚えた。

――子供が眠くなるはずだわ――

こうしてルドヴィカの慌ただしい1日がやっと終わったのだった。
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