紅い砂時計

cyaru

文字の大きさ
上 下
8 / 34

第08話   苛立つ王太子

しおりを挟む
王宮の中は静かな用で従者たちが速足で部屋を出入りしていた。

ルドヴィカが気を許していたと思われる御者をつけ、行き先を常に報告をさせていたのだが馬車の前に飛び出してきた少年を医療院に運んだところからルドヴィカは消息を絶ったのだ。

大きな怪我も見当たらず、ルドヴィカの立場からすれば順番待ちをしている患者に割り込んででも診察をしてもらえたはずだが、なかなか戻ってこない事に不審に思った御者が受付に問うてみれば「そんな子供の診察はない」と返された。

慌てて医療院の中を隅々まで調べたのだがルドヴィカだけでなく少年の姿も無かった。

御者は急ぎ後をつけていた兵士に報告をし、王宮に知らせに走る兵士のほかは医療院の周辺を捜索。しかしルドヴィカと思われる女性も少年も見つからなかった。

身に纏っている衣類など明らかに平民とは異なり、遠くまでは行けないはず。
逃亡の可能性を考えて後をつける兵士の他に御者も息のかかった者にしたのだが、まんまと逃げられてしまったのだ。

思っている以上に体力があるとしても、ルドヴィカは金を持っていない。
ルドヴィカの荷物はまだ馬車に積まれたままで夜会でもないため身につけている宝飾品も質素なもの。

宝飾品を金に換えるために真っ先に行くのは買取店。その他に宿泊しそうな宿屋も全て手を回したのだが訪れたという報告は上がっては来なかった。


「どうなってるんだ!お前たちは何処を探したんだ!」
「くまなく探しました。娼婦たちの寝床も立ち入って探したのですが・・・」
「見つけていないんだから探した事にならないだろう!何としても探し出せ!僕の妃なんだぞ!」

――ならお前が探せ――

命じられた兵士も文官もジェルマノを心で毒吐く。
こうなってしまったのもお前が引き起こした事だろうと去り際に小さく舌打ちをしてジェルマノに背を向けた。


「怒っちゃダメだ。ほら、お腹の子もパパ怒らないでってってる」
「五月蠅いっ!」
「もぉ~怒りんぼぉ。ご機嫌斜めのパパは怖い


ジェルマノが更に苛立つのは腹を撫でながら甘えてくるミレリーの存在もだった。
先進国でもある隣国では「胎教」と言って子が腹にいるうちから良いものに触れさせることで感受性豊かな子が生まれると聞き、連日多くの従者を従えてミレリーは外出を繰り返していた。

今日もルドヴィカが帰国の挨拶に来た時に、これ見よがしに腹を突き出し見せつけたかと思えば「腹が張る」と中座。何をしていたかと言えば令嬢を集めて茶会だった。

茶会で何か収穫があったかと言えば「レース編み」だと言う。
半年ほど前に侯爵家の令嬢が真新しいと持ち込んだ編み物だが、いつの間にかミレリーがその伝承者となっていた。

ミレリーは自分の事をファッションリーダーや、インフルエンサーだと自負しているが実のところは違う。

真新しいものを見つけてくるのは他の令嬢で、その手柄を横取りし、さも自分が皆に広めた風に立ち回るのだ。当然上手くいくこともあれば全く話題にならない事もある。

悪阻が軽かったミレリーはまだ腹の膨らみのない頃は足繁く夜会にも出向いていた。ウェストの切り替え位置を下げたミドルライズのドレスは確かに他の令嬢とは全く違っていたのだが腰の位置が下。極端な短足胴長に見えるとあって全く流行らなかった。

1度の夜会で3、4回は色違いのドレスに着替えるため無駄に開催時間は長いのに主賓は不在。出てくれば陳腐なドレス。新しいデザインはお針子にも無理をさせるし布地も特別に取り寄せになる。
特別予算を組んだまでは良かったが結局は無駄に金を使っただけ。

ミレリーを上手く利用している家はまだいいが、そうでない家は王家に対しても不信感を抱くようになっていた。


そして大失態も既に犯していた。ミドルライズドレスの僅か1か月後のことだった。

大陸には自国を含め7つの国があるが、その中の1つは特に異文化の国。
女性の正装は全身を布で覆い、見えるのは目だけだがその目もヴェール越し。その国の女性は1度の結婚式で2人の夫を迎える。1人は生身の人間、もう1人は神だ。そして食べても良い肉は羊の肉だけ。特に牛と豚は禁忌中の禁忌。

今後の経済を考えれば国賓待遇でも足らない王子とその妻を迎えた宴の席でやらかしたのだ。

背中は尻の切れ目まで見えるほど大きく開き、少し膨らんだ下腹と子が出来て多少大きくなった胸を強調するドレス。ニップレスも着けずに登場したのだ。

そしてその国の王子の腕に纏わりついたかと思えば王子の前で全身を布で覆った妃を「あれ?もう1人男いるんじゃなかった?」さらにその装いを見て「冷え性?」と問い、「明日の晩餐、牛の希少部位を使ったステーキをご馳走する」と口走ってしまった。

その国で「冷え性」というのは財を使い果たし寒さを凌ぐのもようような落伍者を示す。肉は以ての外。ファッション以外はてんでからきしのミレリーに悪気はないのだが、悪気が無いだけ余計に悪質だと現在国交断絶寸前だった。

国交が途絶えれば石炭に代わる資源と各国が注目をしている石油は手に入らない。ルドヴィカが成果を持ち帰る事でなんとか隣国経由で石油が買えるかどうか。それすらまた隣国の突きつける条件を飲んでの交渉に挑まねばならない。ルドヴィカが行っている折衝が不調で終われば国も終わる。そこまで追い込まれていたのである。


しかし周囲の苦労などミレリーには何も見えていなかった。
出産前にどうしても成婚の儀を行いたいというミレリーはルドヴィカが帰国後にジェルマノと挙式をする日を「花嫁が入れ替わっただけ」だとごり押しをして進めていた。

文官たちはルドヴィカがミドラン家の養女になった事で成婚の儀は流れたと参列をしてくれる各国に「諸事情により成婚の儀は取りやめ」と知らせを出したのだが、成婚の儀をしないのなら飛び降りると王宮のバルコニーでひと暴れした。

残念なことに腹の子はジェルマノの子。産声を上げれば王族ともなるため成婚の儀は予定通りに行われることになったのだが取りやめと一度は通達されておりなんとか知らせを持って走った者に追いついたから良かったものの国が恥をかく寸前だった。

文官たちも全く準備もしていなかったため、やっつけ仕事になるのだが連日の徹夜を余儀なくされている。

そこにルドヴィカの失踪。

「お義姉様ってぇ。人の迷惑とか考えない事しちゃうんです
「その迷惑の原因が解ってそう言ってるのか?」
「生まれ持った性格ってーの?そういうの治らないってーしぃ」
「ミレリー。何度も注意を受けたと思うが話し言葉はちゃんとしてくれ」
「え~。可愛くなぁい?あとぉ~そろそろ愛称ってーかぁ」
「いい加減にしてくれ!妃になると言う自覚も無いのか!」
「だってぇ。自覚出る前にベビーたんできた?」


ジェルマノを更に苛立たせるだけのミレリーに部屋付の侍女もメイドも空気になる。話を振られては面倒だがどうせ数日後には名実ともに夫婦になるのだからと部屋から出ていき、ジェルマノはミレリーと2人きりにされ、助けを呼ぼうにもその声を聞き届ける者は誰もいなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

でしたら私も愛人をつくります

杉本凪咲
恋愛
夫は愛人を作ると宣言した。 幼少期からされている、根も葉もない私の噂を信じたためであった。 噂は嘘だと否定するも、夫の意見は変わらず……

彼は別の女性を選んだようです。

杉本凪咲
恋愛
愛する人から告げられた婚約破棄。 ショックを受けた私は婚約者に縋りつくが、冷たく払われてしまう。 彼は別の女性を選んだようです。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

愛する人は幼馴染に奪われました

杉本凪咲
恋愛
愛する人からの突然の婚約破棄。 彼の隣では、私の幼馴染が嬉しそうに笑っていた。 絶望に染まる私だが、あることを思い出し婚約破棄を了承する。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

式前日に浮気現場を目撃してしまったので花嫁を交代したいと思います

おこめ
恋愛
式前日に一目だけでも婚約者に会いたいとやってきた邸で、婚約者のオリオンが浮気している現場を目撃してしまったキャス。 しかも浮気相手は従姉妹で幼馴染のミリーだった。 あんな男と結婚なんて嫌! よし花嫁を替えてやろう!というお話です。 オリオンはただのクズキモ男です。 ハッピーエンド。

処理中です...