伯爵様の恋はウール100%

cyaru

文字の大きさ
上 下
19 / 34

第17話   デイトに誘われて~ガチ困る

しおりを挟む
茶会が終わり、ボーン子爵家に戻ったヘリンは自室の椅子に腰かける。
テーブルに出したままの、あと少しで完成する等身大の仔猫を模したフェルトの人形を手のひらで弄ぶように転がして考え込んだ。

――婚約、もう解消して欲しいって言った方がいいかなぁ――


父親のロムニーは考えなくていいと言ったが、ボーン子爵家が事業をする上で「ゼスト公爵家」の家名が多少なりとも恩恵を齎しているのも事実だし、ゼスト公爵夫妻はヘリンの出自を知っても「関係ない」とずっとへリンには優しくしてくれた。

子爵家で育つ以上に今、物事を知っているのも、マナーや所作が褒められるのもゼスト公爵家を抜きには語れない。

婚約を続ける事で、ゼスト公爵家がボーン子爵家に支払う借金は減る。
期間が満了すれば問題ないが、人の気持ちはいつ変わるかも判らない。

ヘリンは婚約の期間が満了しても2年結婚が出来ない期間がある。結婚出来るのは20歳からなので期間が満了する時18歳のへリンにはまだ「時間がある」のだ。

だが、スカッドは先に20歳を迎え、ヘリンを選んだとしても待つ状態になる。
2年は短いようで長い。10歳から12歳の2年と20歳から22歳の2年は違う。

本当に好きな人がスカッドに出来た時、身を引けばゼスト公爵家は残債を一括で支払う事になる。ヘリンが出来る事はそうなりそうな時、世話になったゼスト公爵家の負担を減らすために1日でも長く婚約続ける事だった。


「どうしたらいいと思う?」


返事を返すはずのない作りかけの人形にヘリンは話しかけた。


「思うとおりにすればイイヨ」
「えっ?!」

声は人形の声ではない。侍女の声だった。

「お嬢様は何を悩んでいるんです?」
「ん~。なんだろう」
「何でも聞きますよ?私に話をしても他に漏れることはありませんから」
「あのね…婚約を解消しようと思うんだけど…したくないっていうか…」
「なるほど~解消したい・・・その気持ち!判ります。そっちはどうでもいいんですけど、どうしてしたくないんですか?」
「この関係だから人形も作れるでしょう?人形作るの楽しいの。でも…」
「ムウトン様との関係なら旦那様に相談されてみては?羊毛の出荷もありますし家同士の取引もあると思いますけど」
「そうなんだけど・・・ムウトン様はスナーチェ様の婚約者だし‥解消するとお店にも影響するかなって」

侍女も考えるが、ヘリンの言う通りでムウトン伯爵家はビルボ侯爵家と婚約で繋がっている。ヘリンがスカッドと婚約を解消しても、ムウトン伯爵家とビルボ侯爵家の関係は変わる事は無い。

だからこそ、ややこしい。
ムウトン伯爵領の領民がボーン子爵家を頼りアンテナショップを出店している。その経緯は今の関係があるからなので、婚約を解消した後もアンテナショップなどでボーン子爵家とムウトン伯爵家が繋がる事をビルボ侯爵家がどう見るか。

答えが出ないまま夜が更けていった。


★~★

ボーン子爵ロムニーに執務の手伝いを申し付けられてヘリンは気忙しい日々を過ごす。
茶会に出なくていい日は体だけでなく、気分も軽くなる。

そんなある日、ゼスト公爵夫人に呼ばれて出向いた際の帰りぎわにスカッドが「チケットが取れた」とヘリンをデートに誘った。


歌劇のタイトルを聞いてヘリンはマーシャを思い浮かべた。

ボーン子爵領の友人であり大親友のマーシャが最近準男爵家の子息と婚約をした。ささやかなお祝いと贈られたチケットで婚約者と観た歌劇に感想を述べる時でさえ感極まって号泣する始末。

「死ぬまでに一度は観るべき歌劇。NO.1よ!」

コテコテの恋愛ものらしいが、1人で観るのは周囲に気を使ってしまいそうだし、侍女と女2人で観るのも肩身が狭そうな劇場内が容易に想像できる。

それまでならスカッドを誘ったが、スナーチェがもれなく付いてきそうだし、付いてこないにしても、行く事を知れば前回のようにネタバレをされそうな気がする。

何よりへリンの心の中でスカッドはもう優先順位が低くなっていた。



目の前でチケットを差し出すスカッドを茫然と見るヘリンにスカッドは顔を覗き込むようにしてもう一度声を掛けた。

「リン?聞こえてる?」
「あ、ごめんなさい。どうしたの?」
「だから、歌劇のチケットが取れたんだ。この所・・・茶会ばっかりだったろ?どうかなと思って」
「それって…2人で?」
「当たり前だろ?僕はリンと観たいんだ」

――何言ってるのかしら――

スカッドの後ろに花畑でも見えるんじゃないか?とまでヘリンは思ってしまった。


スカッドへの思いはもう恋ではなかったが婚約解消を言い出せていない今は婚約者。
へリンにはスカッドと「2人だけで」と言うのが面倒にも思える。

「行こうよ。なかなか取れないチケットなんだ」
「そうみたいね」
「迎えに行くからさ。えぇっと…15時開演だから13時半には迎えに行くよ。その日はいつも執務も無かった日だろう?久しぶりなんだ。楽しもうよ」

――歌劇は観たいけど…なんだかなぁ――

目の前で嬉しそうにはしゃぐスカッドはヘリンの良く知るスカッド。

以前と変わらない笑顔を向けるスカッドに、気持ちは真逆に舵を取り始めたヘリン。

「ごめんなさい、その日はみんなと人形を作る約束をしてるの」
「人形?」
「えぇ、領民のみんなと作っているのよ」
。いつでもいいじゃないか。この歌劇に取れる時間が1秒もないっていうのかい?」
「そうじゃないけど」
「執務の手伝いならまだしも・・・人形だろう?」

――その人形作りがあるから私は気持ちを保っていられるのよ!――

やり取りが面倒になったヘリン。
これ以上人形作りを貶されたくない思いもあった。

「父の手伝い」という断る理由も断ち切られ、へリンは頷くしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...