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第39話   酩酊するアナベル

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一緒に生活をする上で隠したい事もあるだろうとイルシェプから自分の心の声を相手に届かないようにする石を2つもらったアナベルは1つをツェーザルに手渡した。

この時、初日からなど誰が思っただろう。


「欲しいものとかあったら遠慮なく言って欲しい」

これからアナベルが使うという部屋に案内をされて、部屋の中にある扉を開け「ここは湯殿」「ここは不浄」「ここはクローゼット」と教えてもらうが、湯殿は違っていた。

カトゥル侯爵家にも勿論湯殿もあったのだが、広めの桶に足首までの湯をはり、使用人が小さな桶で体に湯を流しながら洗ってくれるのが当たり前だった。

扉を開けた先にあるのはバスタブと呼ばれる大きな器。

「わぁ。大きい。どうやって使うんですか?」

見たこともないのだから使い方が判らない。
ツェーザルはヘリを跨いで湯を張っていないバスタブの中に入った。

「足を伸ばしてザバーっと。湯が溢れ出るのがこれまた気持ちいいんだ」

バッとヘリを手でつかんでしゃがみ込んだアナベルは中を覗き込んだ。

「もう1人はそうですね」
「入ってみるか?」
「いいんですか?でも跨ぐって・・・ヘリが高いですね」
「誰も見てないしいいんじゃないかな」

アナベルの感覚は湖などで使用するボートのようなもの。
ボートに1人で乗ることなどないので、広さとしても同じくらいだったので言ってしまっただけ。

煽る気持ちも邪な気持ちも一切ない。
湯殿も使用人が体を洗うために常に一緒だし、その使用人は【サンスーケ】と呼ばれていてアナベルでも母でも汚れを流してくれる【サンスーケ】が女性だとは限らない。

が、バスタブに入ってツェーザルと向かい合わせになるとハッキリ言って窮屈だった。

「これは正直・・・クルものがあるな。抑えるのがキツい」
「そうですね…逆だといいのかしら」
「え?逆?」

キツいを意味違いで捉えたアナベル。
ツェーザルの胸に背を預けるように同じ方向を見てチョコンと座る。
ツェーザルの股の間にすっぽりと入り、先程よりは快適。

「この方がいいですね。キツくないですか?」
「きっつ・・・くないけど、色々と試されている気はする」
「でも、こんなに大きいと‥お湯ってどのくらいかし――あれ?こんなのあったかな?」
「ちょぉぉー!!!!」

お尻の辺りに突起があるような気がしてアナベルは触ろうとしたのだが、その手をツェーザルに握られてしまった。

石がなく心の声が筒抜けだったらツェーザルは庭にクレーターを作り蹲っただろう。


手を握られたアナベル。気が付いてしまった。

――わぁぁ!指の第二関節だけじゃなく第一関節のところもモフってる――

ツェーザルは毛深い。モフモフのフサフサでムートンを思わせる毛触り。
ついツェーザルが握った手を空いた手の指で撫でてしまった。

ゾワワ!!ツェーザルの毛がまたもや逆立つ。

「わぁ!ピン!ってなりましたよ?」

そう言いながらも「不味い!」と撫でた手を引っ込めてしまった。

「す、すみません…つい・・・」
「いや、構わないんだが‥毛深いと気持ち悪いとか言わないか?」
「全然?私は・・・少し前までマジルカオオカミと・・・」
「あぁ、そんな報告書があったな。似てると言えば似てると言われるかな‥毛深さだけだが」
「そんなことありません!その前髪の――」
「これはダメだ!これこそ目の毒だ!」

ツェーザルは額を手で押さえ、目に覆い被さった前髪を押さえた。
顔の痣は家族には見慣れたもので何も言われた事がなく、昔は気にも留めず視界も開けていた。

これが周囲に忌み嫌われていると判ったのは騎士団に入った後。
騎士を見に来る令嬢達にも「気持ち悪い」と言われ、触れると手が腐ると言った令嬢もいた。

アナベルはそっとツェーザルの額を押さえた手に手を当てた。

「目の毒なんかじゃないです。お城で見た時・・・可愛いなって‥男性に失礼ですよね。でも嫌な気持ちなんかなかったって事は知って欲しくて」

「気持ち悪くないのか?痣だぞ?」

「どうして痣が気持ち悪いのか、私には判らないです。その人だけを示すものなのに。私だって体のほら!手首の横とか、マシャリが言うには背中にも黒子ほくろがあるんですよ?痣が気持ち悪いなら黒子ほくろだって同じだし。何故嫌うのか私には判らないです」

「そんなこと初めて言われたよ」

「良さが判らないかな~人と違うからいいんですよ?」

アナベルの言葉にツェーザルは額を押さえていた手を緩め、自身で前髪をあげた。

「わぁぁ♡可愛い!触れてもいいですか?」
「それは構わないが・・・」

最初は指先が、そして手で頬を覆う様にしてアナベルの親指が痣を撫でる。

「リカルドも目の周りだけ色が違ってて。伯爵様は産毛もフワフワ。可愛い」


異様な雰囲気の湯殿。
バスタブに男女が一緒に入るというのはマジルカ王国では夫婦に許された行為なのだが、意味を全く分かっておらずボートに乗る感覚でいるアナベル。

ツェーザルに触れているうちに、アナベルはそれが【人間の男性】だというのは明後日の方向に飛んでしまい、今は【モフモフ】を愛でているだけの感覚。

「可愛い。伯爵様は耳たぶもタプタプなんですね~リカルドのお耳みたい。気持ちいい~」


「不味い!」とツェーザルが気が付いた時には遅かった。
各種魔法が使えるツェーザル。

日頃は気が張っているところもあるし、女性に恋心を抱いた事もなかったのだが、幼少期から母親には注意をされていた事を思い出した。

『いいですか?お前は好意を抱くと魅了にもにたフェロモンを出すのです』
『俺、魅了は使えないよ?』
『えぇ、魅了に似たもの。酩酊よ。だから注意をしなさい。貴方好意を抱いていると効果が増してしまうのよ?』

ハッとしてアナベルを見ると、あまりの気持ち良さにアナベルの目はとろんとなってしまい、何時の間にかツェーザルの髪や首も撫でまわしてしまっていた。

完全に酩酊魔法にかかって、デキ上がっていた。

が、モフモフタイムは長くは続かない。
部屋に案内に行ったっきりちっとも戻ってこない主。あれほど王太子や大公に釘を刺されたのに「まさか!」なのではとクルトが湯殿にやってきてしまった。

「うわっ!なんだこの甘い香り‥って!!なにやってんですか!」
「お、おぅ」

ヘニャヘニャになってしまったアナベル。目は飛んでしまっているしツェーザルが離れようとすると「だめぇ!」としがみ付いてくる。

「旦那様。酩酊魔法使うなんて最低ですよ」
「いや、そんなつもりはなかったんだ!っていうか!酩酊は相手が俺にっ!!」
「言い訳は後です。先ずは奥様を寝台に」
「お、おくさ・・・」
「違いますか?王命で奥様!もうこうなったら行為は別として男として娶る責任はあるでしょうに!王宮で娶る!って言ってたでしょうが!」

双方が好意を持ってしまっていたため、アナベルは元の状態にまで戻るのに1週間かかってしまったのは言うまでもない。

しかもその間、離れるのを嫌がるので不浄もだが、夜の寝台も一緒。
ツェーザルは自身の魔力による魔法だと言っても【酩酊】の恐ろしさを知ったのだった。
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